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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
高校演劇部部長:雨宮陸2
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第十六話「田舎を歩こう」

 ひび割れて陥没したアスファルトの水たまりに青い空が映る。

 俺たちは店を出た後、田んぼに挟まれた狭い道路を歩いていた。ここ最近は人の多いところを避けて、街の端にある土手っぷちを歩いていた。周辺には何もないが、同時に誰もいない。食屍鬼と出くわすくらいなら何もない方がずっと良かった。


「この辺は本当に静かッスね」


「あぁ、こうなる前も自転車に乗った爺さん婆さんとか軽トラしか走ってなかったしな」


「これぞ田舎って感じね」


「一応地方都市ではあるんだけどな。駅周辺しか都市と呼べるところがねぇ」


「私は好きッスよ。ちょっと自転車走らせれば自然があって、ビル群があって。どっちかに飽きたらどっちかに行けばいいッス」


「どっちも中途半端だけどな」


「……雨宮、アレ」


 最上がその場に立ち止まって遠くを指さす。人影が二つ田んぼでよろよろと揺れながら立っている。

 今日は風が強い上に、当方少し視力が他より劣っているので風に煽られている案山子にも見えるが、最上にはしっかり見えているのだろう。


「数も少ないしそのまま通り過ぎられるんならスルーしたいところだな」


「向かって来たら雨宮先パイ、よろしくッス」


 完全に他人任せだが仕方がない。肩に抱えたポールを強く握った。


「逃げられそうなら逃げるからな。有沢、大丈夫か……?」


 藤宮に手を引かれながら歩く有沢に声をかける。そういえば、店を出てから声を聞いてない気がする。


「…………」


 手を引かれながら歩いてはいるが、声をかけられてもうつむいたままで返事をしない。


「……由利ちゃん?まだ眠いッスか?」


「……えっ?あ……ごめん結衣ちゃん、聞いてなかった。もう一回いい……?」


「……由利ちゃん大丈夫っスか?」


「うん……。全然大丈夫。ちょっとぼーっとしちゃっただけだから」


 有沢がかなり無理やりに笑顔を作ったのはすぐに分かった。何も言わずに最上と顔を見合わせる。


 ここ最近全員がまともに休憩も取れず、肉体的にも精神的にもキツい状況だった。まして有沢のようにもともと体が弱いのならとっくに限界を迎えた後だろう。今日は早いところ休憩するところを見つけたい。


「由利ちゃん、ちょっといい?」

 

 最上が有沢の額に手を当てる。


「……やっぱり少し熱があるみたい」


「本当ッスか!?……由利ちゃんそういうことは早く言わなきゃダメっすよ!」


「今日はこれ以上長く歩けないな」


「私は大丈夫ですから……。こんなところで休むわけにも行きませんし、先に進みましょう……」


「……そんなこと言っても……雨宮」


「なんだ?」


「おぶってあげて」


「えぇっ!!?」


 驚いて声をあげたのは俺じゃない。声の主はどういうわけか藤宮だった。


「俺は別に有沢さえ良ければ構わないんだが、なんでお前が驚く」


「いや、別に驚いたとかそういうわけじゃないッスよ!」


「ああそう。……ほれ有沢。しっかり捕まっとけ」


「あ……う……いいんですか部長?」


「有沢くらい小さくて軽いなら全然大丈夫だ。最上、ポール頼むぞ」


「任せて。一度やってみたかったの」


 俺からポールを受け取り、ぶんぶんと振り回す最上。お前実はそういうキャラだったの?



 有沢を背中に乗せる。確かに有沢の体は酷く熱を帯びていて、歩いていただけにも関わらず、その息は荒かった。


「雨宮先パイ」


 有沢をおぶった横から藤宮が話しかける。


「なんだ?」


「私も小さくて軽いんスけど」


「……なんで対抗してんの」



 正面の二体を見据える。田んぼに挟まれた道はこの一本のみ。曲がり道もない。田んぼを渡って迂回しようと思えば迂回はできるが、二体くらいなら相手をしてしまった方がいいかもしれない。


 できるだけ足音はたてずにゆっくりと近づく。パーカーを着た若い青年と作業服を着た老人の姿をした食屍鬼がこちらに気づき、田んぼからゆっくりと通りに出てきた。


「……スルーはできないみたいだな。最上、できるだけ一体ずつ相手にするように立ち回れ」


「雨宮見てたからだいたい分かってるわ」


「気を付けろよ」


「それも分かってる」


 最上は向かって左側に立つ老人の方へ向かい、横合いから思い切りポールで胴を殴りつけた。老人はゴンという固く鈍い音とともに田んぼに突き落とされる。


「最上後ろ!」


「分かってるって!」


 振り返って右足の踏み込みとともにポールを青年の頭の上に振り落とす。青年の首が折れたらしく、ぐらんと首を前に曲げたままふらふらと立っていた。


「……あぁ……これで死なないから嫌なのよ」


 ポールを逆手に持ち替えてみぞおちを穿つと青年はよろよろと後退した。なんか、ちょっとサマになりすぎじゃないか?


「ぁぁあああ!!」


 最上はゴルフクラブのようにポールを下から振り上げ、だらりとぶらさがる首を打ち抜いた。


 青年の首が胴体から抜けて真っ黒な血を噴き出しながら宙を舞い、通りにコロコロと転がっていった。


「……えっぐ……。俺だってここまでやんねぇよ。お前ちょっと怖すぎ」


「しょうがないでしょ!!私だってあんなになるとは思わなかったわよ!!」


「最上先輩!まだ爺さんが残ってるッス!!」


「うぅ……そうだったわね」


 爺さんは田んぼからゆっくりと立ち上がってこちらに近づいてきていた。


「ためらうなよ!次も首もってけ!!」


「からかわないで!!」


 爺さんは通りと畑との段差につまずいてその場に倒れた。突然のことに最上が仰け反る。うめき声をあげながら最上の足を掴もうと必死で手を伸ばす。


「あぁもう……」


 ポールを振り下ろし、爺さんの頭を殴打し続ける。……これもこれでエグい。見ているのも地獄だが、やっている方はもっと地獄だ。人を殴りつける感触が伝わるというのはあまりにも酷なのだ。培ってきた倫理さえ壊さなければならないのだから。


 爺さんの手が止まったところで最上もその手を止めてへたりこんだ。


「気分は?」


「最悪よ……」


「そのうち慣れるさ」


「たまったもんじゃないわね」




 引き続きまっすぐな道を歩く。この辺りの家は土地を広く持っている家が多い。田舎の方は三世代で暮らす家も多いという話を聞いた。世帯収入が多い分こういう立派な家にも住めるのだろう。


「今日のお休み処はどこッスかね」


「さっきからちらほら大きい家があるからな。その中の一番いいところ見つけて休憩しよう」


「雨宮、あそこは……?」


 最上が指さす方向に大きな門を構えた日本家屋があった。まぁ、アニメに出てくるような大富豪の立派な日本家屋ではないが、他の家と比べれば大したものだ。


「そうだな。今日はあそこにしよう。選んでる余裕もないしな」



 大きな門は閉まっていたが、カギはかかっていなかったので中に入れた。人がいるという可能性は少ない。

 門の中は意外と質素なもので、広い庭に大きな家があり、その向かい側には小さな、といってもきちんとした二階建ての家があり、納屋もあった。


「お邪魔しまッス」


 藤宮が大きい家の玄関に手をかける。


「藤宮ちょっと待ってろ。最上、これ」


 庭に放置されていたスコップを最上に手渡す。


「一階を調べたら有沢を寝かせてくれ。俺と藤宮で二階を調べてくる」


「分かった」


「よし、最上から中に入れ」


 家にもカギがかかっておらず、ガラガラと戸を閉めた後で中に入る。


 漆喰の壁、高価そうな木彫りの梅の木と小鳥の置物、奥に続く長い廊下。どれをとってもまさに昔ながらの家といった風景だ。


 一応は三人で一階をぐるぐると回る。大きな和室がふすまと障子で三部屋ほどに区切られていた。他には風呂場、キッチン、居間といった感じだ。いずれも人も食屍鬼の影も無い。


「ひっ」


 奥の和室に向かった藤宮が小さく声を上げる。

 その声を聞いて俺も奥の和室へと向かう。足を踏み入れるまでもなく異様な光景が目に入る。

総立ちする鳥肌。大量の日本人形がこちらを見つめるようにして上座に並べられていた。


「これ、夜動いたりしないッスかね……。とりあえず雨宮先パイはここで寝てください」


「なんでそうなるんだよ」


 たしかに二十体はあるであろう人形がびっしり飾られているのは少し不気味だった。足早に部屋を後にする。


「とりあえず二階も見てくる。最上、有沢を見といてくれよ」


「分かった」


 二階に続くのは薄暗く狭い階段だった。先ほどの人形の件もあり、さすがにすこし足がすくんだがゆっくりと登っていく。足を進めた途端背中に違和感を覚えて振り返った。


「……なにやってんの藤宮」


 藤宮がシャツの裾を引っ張っている。


「……薄暗くて見えないッスからちょっと」


 確かに薄暗いが外はまだ昼過ぎで階段も見える。視界のほどは良好といったところだ。


「怖いとか?」


「はぁぁ!?何言ってんスか先パイ!先パイだってさっき人形見てビビってたじゃないッスか!」


「声あげたお前に言われたくない」


「……と、とにかく先進むッスよ。早く前に行ってくださいッス」


「はいはい」



 二階には似たようないくつかの寝室や子供部屋と思しき部屋があった。特に何も変わったことはない。




「二階オールクリアッス」


 藤宮と一回に降りて和室にいる最上と有沢と合流する。


「あら良かったわね」


「門もあるし、周りの塀はそこそこ高いし、ここなら数日休めるだろう。……有沢は大丈夫か?」


 押し入れから引っ張り出してきた布団を引いて横になる有沢に目をやる。


「熱を測ったら三十八度五分だった。結構酷い熱ね。生憎、熱の薬はないみたい。救急箱ごとないからきっとここを出るときに持って行ったんだわ」


「……調達する必要があるってことッスよね」


「まだ日も高い。暗くならないうちに薬局を探して薬をもらってこよう」


「大丈夫?」


「市街地まで行かなくったって薬局はその辺にもあるしな。さっさと行ってさっさと帰ってくるさ」


「そう……。私は由利ちゃんのこと見てるから。くれぐれも気を付けてね」


「藤宮」


 有沢の横に座って顔を覗く藤宮に声をかける。


「付いてきてくれるか?」


「えっ……あっ、も、もちろんッス!雨宮先パイを一人で行かせるわけにはいかないッスから!」


 


 ひどく疲れてはいたがきちんと休みをとるまで仲間のためにもうひと頑張りしなくては。

 最上からスコップを受け取って家を後にする。


 酷く風の強い午後、足早に田舎の道を歩き出した。

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