第十四話「とある引きこもりの籠城日誌」
『はじめに』
……日誌のつもりだけど、はじめにということで一応あらかじめ書いておこうと思う。これを手に取った人のために必要かもしれないから。まぁ、誰かが手に取るかどうかも怪しいんだけどさ。
この日誌を君が手に取る時には俺はもうこの世にいないだろう。……なんて、ちょっと言ってみたかっただけ。いたらごめん。そっとこのページだけそっと破り捨てておいてほしい。
改めて、君がこの日誌を手に取ったなら、この日誌が何のために書かれたとかはすぐに分かると思う。
世界は……少なくとも俺の住んでる周辺地域はゾンビが大量に歩いていて、昔見た映画みたいになっている。まぁ、言わなくても分かるよね。
君が知らないことでいえば俺のことくらいだろう。簡単に話しておく。
俺はこの日誌を残したからと言って、何か重要な任務についているとか、ワクチンの研究員とか、或いはウイルスを作り出した張本人だとかそういうわけじゃない。
しがない元大学生。現引きこもりのろくでもない人間だ。
親からの仕送りでどうにか最低限の一人暮らし生活をしていた。親には大学を中退したことは伝えたけど、フリーターっていう些細な嘘をついた。実はバイトすらしてない。俺の親が生きていて、俺が生きて会えたなら謝っておきたい。
とにかく、そんな引きこもりの日誌になるだろう。
どうか、最後のページが「かゆ……うま……」とかにはならないように願いたい。
『一日目』
引きこもりだけど、外がゾンビでいっぱいのようです。
一日目といっても実はゾンビパニックの始まりからじゃない。俺自身の一日目だ。
新宿で起きた暴動事件が事の発端とするなら世間でのゾンビパニック三日目が俺のゾンビパニック一日目になる。正直、これを書いている今も夢の中なんじゃないかと思うけど、これを書く際、シャーペンカチってやるときにペン先を押しちゃうアレやって親指から血が出たし、めちゃくちゃ痛かったし、外は人影がうろうろしてるしたぶん夢じゃないんだろう。もっと頬をつねるとかかわいい方法で現実かどうかを確認したかった。
とりあえず、パソコンで情報収集して事の成り行きを知った。……それだけ。今は現実を受け止めるだけで精いっぱいなんだ。
『二日目』
避難はしない。というかすでに遅かった。各地の避難所がゾンビで溢れかえって大変なことになっているらしい。とりあえず籠城もしなきゃなので食料をありったけ集めて部屋に広げた。
ひと月もつかねぇ……?
ところでこういう日誌ってどういうとこまで書けばいいのかな?ゲームで集める日誌なんかは見てて恐怖を煽られるようなことから死ぬほどどうでもいいことまで書いてあるよね。
俺の今日の昼飯でも書く?君にはどうでもいいことかな?
ちなみに冷凍パスタでした(笑)
『三日目』
水分がなにより大事だと思ってとりあえず空いたペットボトルを集めて水を詰め込む。2chの書き込みでバスタブに水を溜めて飲用水や生活に使う水として使っているという奴がいた。なかなか賢いと思う。でも俺と同じ引きこもりらしい。
まぁ、引きこもり同士だし、ネットの海から君の事を応援しているよ。
いつか生きて会えたらそん時はよろしく。
『四日目』
することもないからツイッターを眺めている。普段からあまり呟いていない人はともかく、タイムラインを見ればいつも居たような人の書き込みが三日前とか四日前になっているのを見るとすごく落ち込んでしまう。
きっと山の方に逃げて繋がりにくいところで暮らしてるんだって、自分でそう思わないといつか心が折れるだろう。
俺は引きこもりだし、もともと友達も少なかった。でもツイッターでネトゲや同じアニメや漫画を好きな人同士で繋がって、少しだけどリプライの飛ばしあいだとか、ハッシュタグつけてアニメの実況とか、深いつながりではなかったけど友達みたいな感覚だった。
そういう人たちが一人一人タイムラインから消えていくのはすごくつらかった。
『五日目』
たまに自分の部屋からそう遠くないところで叫び声が聞こえる。キャーとか。うわあああとかそんなありきたりな叫び声。最近はその声で寝てても飛び起きる。
起きたくないのに。
キャーだとかうわあああだとかありきたりな叫び声って書いたけど、これは一種の合図みたいなものだ。
今まで聞いたことも無い断末魔をあげる前準備みたいな感じかな。
キャーとかうわあああってのはたぶんゾンビと正面から向き合っちゃったときに出る叫び声で、次に聞こえてくるのは文字じゃとても書き起こせないような断末魔だ。これを読んでいる君ならたぶんどっかで聞いたと思う。聞かなかったのなら随分運が良かったと思ってくれ。
俺はこの声を聞くたびに頭の中で声の主が捕食される瞬間を生々しく想像してしまう。皮膚を噛み千切られ、肉ごと咀嚼し、或いは骨まで奥歯で噛まれ、おびただしい出血をしながら、声帯から今まで出したことのない音を発して絶命していく姿が想像できてしまう。肉を食いちぎる音まで鮮明に。
たぶん俺は病気なんだろう。
『六日目』
俺自身は何も変わらないよ。たぶんね。
下の階だかなんだか知らないけど、床から、壁から、昼夜問わず何かが動いている音がする。時折何かにぶつかって落としたのかガタガタって聞こえたりする。
たぶん人間じゃないよねあれ。分かってる。
いよいよ身の危険が迫ってきたかなぁと言う感じです。相変わらず水も食料もあるし、餓死の危険はまだ迫ってないかなぁ。
俺はどうしたいんだろう。どうしたかったんだろう。最近そんなことを思う。
現状はこのままずっと引きこもって死ぬのを待っているだけ。ってのはよく分かっている。なんとなくもうあきらめてる。
なら、なんで俺はこんな日誌を残してるんだろう。
数か月したら俺は腐乱死体になって床のシミに成り果てて、ノートは誰にも読まれることなくずっとこの部屋に置き去りのまま。誰かが読んでくれるはずはない。書く前から分かり切っていた。
それでもたぶんきっと、俺は誰かに俺を知ってもらいたい。誰も呟かなくなったツイッターのタイムラインに一時間おきに「誰かいる?」って呟くのも、三日坊主が当たり前だった俺が毎日小まめにだらだらと日誌を書き上げるのも、誰かに俺を知ってもらいたくてしょうがないからなんだと思っている。
……どうせ無理なんだろうけどさ。
『七日目』
引きこもりスレ(元はそんな名前じゃなかった気がするけど今は引きこもりしか書き込んでないからみんなそう呼んでる)から何人か「外に出る」と言う人が出てくる。
俺はそのたびに引き留める。
それが彼のためにはならないのかもしれなくても引き留める。
仮に彼が安全を確保していた状態だとしても俺はこのスレから出てほしくなかった。もしくは、出たらいつかは死んでしまうから引き留めてるのかもしれない。
とにかく、今生きている人には今生きていてほしかった。どっか遠くの街でも近くの街でも違う国でも、生きている人に生きていてほしかった。
人間が苦手な引きこもりが今更こんなこと言うなんておかしいよね?でも、他にも同じこと考えてる人がどっかにいると思う。
人間が苦手なんて嘘だ。
ほんとは愛されたかったし愛したかった。
……紙がちょっとしおれてるのは今嗚咽を漏らしながら静かに泣いてるからです。
こんな世界なのに、五階建てのマンションの五階の一室から見る空は青くて綺麗で、世界が終わったのは嘘だよって言われたらたぶん信じるんだと思います。




