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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
元暴力団幹部:秋津康弘
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第十三話「死地を逃れて」

 すでに死者の街と成り果てつつあるこの街を捨てて、西にある郊外へ。宗太が軽自動車を出すというので、俺が運転し、二人は後部座席に乗せた。


「荒い運転になると思う。しっかりシートベルトをしておけよ」


 未だ静けさに包まれる早川家周辺だが、いつ奴らが市街地から溢れるか分かったものではない。


「ルートはどうする?」


 後部座席に座る宗太に尋ねる。宗太はリュックから先ほどの地図を取り出して広げた。


「近道はこの広い通りをまっすぐ抜けて橋を渡って……っていう感じですね。ただ上手くいくとは思えません。ゾンビもおそらく道に溢れてるでしょうし、バイクに乗った人たちにも気づかれる」


「……なら土手っぷちからどうにか川を渡るしかないのか?」


「そうなりますね。別に難しい話ではないですし、農作業用の車も通るので小さい橋がいくつか点在していたと思います。そこからなら生きた人間たちはともかく、死んだ人間たちの目をかいくぐるという意味ではまっすぐ向かうよりはずっと安全に抜けられます」


「任せとけ」


 





「くそっ……ここもだめか」


 早川家を出て住宅街をぐるぐると回り広い通りに出ようと車を走らせる。先ほどよりも連中は数を増しているようで、狭い道を抜けて広い通りに出る度に大量の連中と遭遇する。宗太は地図をなぞりながらあらゆるルートを指定するが、公道という公道が連中によって埋め尽くされていた。


「次はどこに抜ける!?」


「南に向かって遠回りするしかないですね」


 その場でUターンをして南へと車を走らせる。狭い道でなら見なかった連中も住宅街を抜ける道路にちらほらと姿を現していた。


「……大丈夫かこれ。嫌な予感しかしないが」


 連中は車を見るたびに問答無用で迫ってくる。轢かれるという恐怖心はどこかへ行ったらしい。


「ダメだ!捕まってろ!!」


 急ハンドルをして、すんでのところで躱す。車に向かって倒れてきた奴は無事に躱せたが、何体か引っ掛けた奴が窓を激しく叩く。


「クソがぁ!!!」

 

 アクセルを思い切り踏んで一通のまっすぐな路地を時速七十キロで抜ける。車は時折連中を踏みつけて激しく上下に揺れ、ふかすエンジン音にまぎれて骨を砕く音や体を潰す音が聞こえてきた。


「もう広い通りに出る!!」


 もはや絶叫に似た声で宗太が叫ぶ。後部座席から指さす交差点には壁を作るようにして十数体の連中がたむろしていた。


「T字路だ!!突っ切れない!!速度落として!!ハンドル切って!!」


「分かってら!!!」


 バックミラーで後部座席を見る。不安に駆られた顔の詩音と目があった。


「できるだけ速度は落とさずにこのまま曲がり切る!!しっかり詩音を支えとけ!!」


 狭い路地の出口付近は既に亡者で溢れている。仮に曲がれたとしても通りはさらに数多くの連中が歩いているだろう。


 できるのか……?


 ふと我に返る。


 様々な雑音が聞こえているはずなのにエンジン音だけがやけに響いて聞こえていた。


 俺が今からやろうとしてるのは自殺行為なんじゃないか?連中の群れに突っ込んで逃げ切る?なんでそんなこと……


「秋津さん!!!もうぶつかる!!!!」


 宗太が後方から叫ぶ。


 直後車は出口をふさいでいた群れを轢いて宙を浮く。


 その瞬間すべてがスローモーションで再生される。


 斜め下に歓喜の声をあげて手を伸ばす連中が見えた。


「くっ!!!」


 ハンドルを思いきり切る。車は連中を踏みつぶし左の前輪と後輪を地面につけたまま横転しかける。


 助手席の窓に白目をむいた連中が張り付いた。


「ヤスヒロ!!!」


 うめき声を打ち消して詩音の声が聞こえた。ハンドルを強く握ってアクセルを踏み込む。


「おらああああああああ!!!!」


 轢いた連中の肉を削りながらガタガタと車体を揺らし、車が動き出す。


 鈍く大きい音を立てながら群がる連中を下敷きにして車が進む。


 

 ……なに悩んでやがる。一度決めたら最後まで突っ切るのが俺の仕事だろうが!


 アクセルは踏み込んだまま、ブレーキには足をかけずひたすら亡者の上を進んでいく。


「数が多すぎる!!」


「そうだな……だがもう突っ切るしかねぇよ!!土手まではあとどれくらいだ!?」


「大きく迂回してるからまだ二キロはある!!」


「くそっ……!!どきやがれ手前ら!!!」


 窓から見える景色は亡者で埋め尽くされている。ロクに前も見えていなかった。更に視界を塞ぐようにして轢き殺した連中の血が窓を濡らす。


「くそっ前が見えねぇ!!」


 連中を振り切る目的でハンドルを切った途端、急に視界が開けた。


「なっ……」


 目の前には小さな柵と小さな川。連中に乗り上げたまま猛スピードで抜ける車は言葉そのままに宙を舞った。






 酷い耳鳴りがして目が覚める。飛び出したエアバッグに頬をもたげどうにか声を上げる。


「無事か……!?」


「……どうにか」


「詩音も」


 後方の二人の声が聞こえてひとまずは胸をなでおろす。


 浅く小さな川に車ごと落っこちたらしく、川べりに生える雑草の緑が窓から見えていた。連中はまだこちらへ来ていないらしい。


「くそっ……エンジンがかからねぇ……出るぞ……」


 ドアを開けて表へと出る。橋から何体かの連中が乗り上げてそのまま川に落っこちていく。橋と川の高さは数メートルあって、すでに落っこちた連中が足の骨を折ったのか立ち上がることすらままならずにバシャバシャと川でもがいている。


「……今のうちだ!走れ!」


 落下する連中を後ろに川に沿って再び走り始めた。





 街は既に死地と化していた。読んで字のごとく死者の地だ。


 川べりから道路に上がるたびに連中の群れと鉢合わせる。そのたびに川べりへと戻り、走って奴らの視界から逃れていた。


「この街からはもう出られないのか・・」


「馬鹿なこと言うんじゃねぇ。なんとしても出るぞ」


「そうだよパパ。こわいひとのいないとこ早く行かなきゃなんだから」


「……強いなぁ詩音は」


 宗太が詩音の頭をぽんぽんと叩く。この状況を理解しているのかいないのか、どちらにせよ確かに強いガキだ。


 川べりはもう終点を迎え、通りに続く階段が見えてきた。


「……もう通りに戻るしかないみたいだな」


 車があったからこそ、失敗したとはいえ連中の群れを突っ切ることができた。生身であの数を相手にするのはいくらなんでも無理だ。今度こそ根性論じゃどうにもならない。


「登るしかないみたいですね」


 階段に差し掛かったところで市街地から大きなサイレンの音が聞こえてくる。


「……なんだってこんな時に……また奴らの仕業か……?」


「いや……このサイレンの音は」


 階段を登り切る前に身を屈めて道の様子を見る。


 群れと言うほどではないが視界に見える範囲で三十体くらいの連中が住宅街の道路にたたずんでいる。サイレンの音が聞こえると全員が市街地の方向を向いて歩き始めた。


「……まさかこの音に助けられる日が来るとは思わなかったな」


 若いころには随分と聞きなれたサイレンの音だった。そう、この音はいわずもがなパトカーのサイレンだ。


「……でもどうします?いくら気を取られているからって鉢合わせたら結局は……」


「そうだな……。歩きじゃどうしようも……」


 歩きじゃどうしようもない、と言いかけたその時住宅街を縫うようにして一台の車のエンジン音が近づいて来るのが聞こえた。


 通りに出て三人でその方向を向く。その姿はたぶんさっきの連中とそっくりだっただろう。


「……おい、あれ」


 白と黒のボディ、上に付いた赤いサイレン。これまたよく知る姿だった。……言わなくてもいいよな?


 車は俺たちを通り過ぎて二十メートル先で止まる。早川親子は助けが来たのかと急いで向かっていったが、職業病ゆえに俺はそこから動けなかった。


「ヤスヒロ!!!こっちだよ!!」


「……ああ、今行く」


 仕方なくゆっくりと歩き出す。車の……パトカーのドアが開いて中からモッズコートを着た髪の長い女が出てきた。……マジかよ。


「君たちは生存者か……大丈夫だったか?」


 見覚えのある女が聞き覚えのある声で早川親子に声をかける。


「ええ。今からこの街を出ようとしていたのですけど車が壊れてしまったので」


「……ふむ。私もちょうどこの街から出ようと思っていたところだ。乗せて行ってやろう」


「ヤスヒロ!!おねーさんがのっけてくれるって!!」


 詩音が元気よく俺を指さす。


「他にも仲間がいるのか。おい!君も乗っけて……」


 こちらを向いた女の動きが止まる。俺はさっきから指先一つ動かせなかった。


「………………秋津ぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!」


 

 俺の名前を大声で叫ぶのは成塚舞。彼女は過去三度、俺の手に手錠をはめた人生の宿敵だった。






「あの……お二人は知り合いだったってことでいいんですよね」


 助手席から詩音を抱えながら成塚と俺に尋ねる。


「知り合い以下だ。言っとくがな宗太。警察だからって安心して頼りにするんじゃねぇぞ。俺よりタチが悪い女だ」


「それはお前が暴力団の幹部だからだ。一般市民にはめちゃくちゃ優しいぞ私は」


「っていうか宗太と詩音が座りづらそうじゃねぇか。後部座席に座らせろって言っただろうが」


「後ろは罪を犯した者が座る席だ。言っておくが助けたのはこちらの親子であって秋津は逮捕しただけだからな」


「いつの間に逮捕してんじゃねぇぞコラ」


「ヤスヒロ……なにか悪いことしたの……?」


 詩音が宗太の腕から俺を覗きこむ。


「してねぇぞ詩音。悪いのはこのクソアマだ。俺はいい人だっただろ?」


「お嬢ちゃんは詩音というのか。なぁ、詩音。パパから悪い言葉は使っちゃダメっていわれてるだろう?」


「うん」


「このクソヤクザはさっきから悪い言葉ばかり使ってるから悪い人なんだぞ。おねーさんはそれを逮捕した人だからいい人だ。分かったか?」


「分かった」


「無茶苦茶言ってやがる」







「そこの通りはさっきうじゃうじゃゾンビがいたところです。……迂回しながらどんどん土手まで行きましょう」


「うむ。助かるぞ」


 未だにまばらにゾンビはいるが群れの大半が市街地へむかったらしく、さっきよりは随分とスムーズに進んでいる。


「サイレンは成塚さんが?」


「ああ。まだ助けが必要な人がいるだろうと思って警察署で待機していたのだが、周りに感染者が集まりすぎてきたから、他のパトカーのサイレンを鳴らしてある程度まいてからこいつでここまでやってきた訳だ。どうだ?策士成塚と呼んでくれてもいいぞ」


「残念ながらお前は既に策にハマった後だったんだがな」


「なんだと?じゃああの感染者達はお前の仕業だったのか?今すぐ死刑にするぞ」


「なんでそうなるんだよ」


「……おそらく西に住居を移した他の生存者によるものだと考えています」


「確かに元から感染者で溢れていた市街地から西側の住宅街に集まってきていたな。とりあえず私たちも西へ行くのは分かっているのだが目的地は決まっているのか?」


「……いえ、とりあえずこの街から抜け出して安全な場所に向かうことしか考えていなかったので……」


「……なら数年前にできたショッピングモールに向かうか。あそこなら大量に食料も残っているはずだ」


「ショッピングモールねぇ……」


 俺が一言呟くと振り向いた宗太と目があった。


 考えていることはきっと同じだろう。


 俺たちがこうなった元凶のたまり場になっている可能性は十分にあった。しかし、生き延びるためにこれ以上奴らに好き勝手されても困る。少々危険な連中かもしれないが銃社会じゃないのでいきなりドカンということもないだろう。



 歩道にちらほらと見える亡者の影が伸びる夕暮れ。ようやく脱出した死地を振り返る。深い青の東の空に浮かび上がる白い月。遠くからは見えないがあの街はとうとう死者で埋め尽くされたのだろう。


「本当に長い一日だったぜ……」


 ため息をついて久々にゆっくりと誘われるようにしてまぶたを下ろした。

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