エピローグ「新しい世界の歩き方。」
「突如我々を襲った原因不明の天変地異から十年の時が過ぎました。哀悼も祈りも追いつかないほどにたくさんの人が亡くなりました。人類史上過去最悪の被害は今でも拡大していくばかりです。しかし、ここ十年で世界は大きく変わりました。ネガティブな意味で変化していったのも確かです。ですが、それ以上に私たちは変革とも呼ぶべき変化の途中にあります。今や世界各地の内紛はほとんどが停戦状態にあり、もてあました手を繋ぐことに尽力しています。世界中が手を繋ぎあう。そんな言葉を笑うような人間はいません。もう夢や馬鹿馬鹿しい理想ではないのです。そう言い切れるのはそれが実際にこの世界で起こっているからです」
朝ごはんが並べられ始めるテーブルに座って僕とお父さんはテレビを観ていた。テレビの中に映っているのは日野陽平さんという人で僕のお父さんの知り合いでもある。僕も何度も会っているけどテレビの中の日野さんは同一人物とはおもえないほどキリっとしている。今は黒いスーツを着て、髪もぴったり整えてはいるけど、僕が会うたびこの人は灰色のパーカーとその辺で売ってそうなズボンを履いて、にへへっと笑う顔の上ではたまに寝癖が酷かったりする。
本当にこの人はすごい人なのかなぁと思うけど、日野さんはアメリカにやって来てから集まった難民をまとめて、決して貧困に困ることのないように物資の補給や区画整理、就職先を決めてあげたりして、すごい賞をもらったらしい。今はアメリカでもっとも有名な軍人、アイラ・マディソン少佐とともに未だ日本に残る人たちへの救助や支援を行っているとかなんとか。お父さんが言ってたけど僕はたぶん話の半分くらいしか理解できてない。
「ぼーっとテレビばっかり観てないで早く食べないと時間に間に合わないよ?」
おかあさんが席について僕たちをたしなめる。それもそうだなと思ってシリアルを口へと運んでいく。お父さんは未だにテレビを観ている。気持ちは分からないでもないけど、お母さんの機嫌が悪くなる前にさっさと食べてほしい。
忙しい朝の食卓にインターホンの音が飛び込んでくる。間髪入れずに「あまみゃああああ!!」とかしましい声が飛び込んでくる。ああもう。
何を言われるでもなく僕は席を降りて玄関の扉を開ける。
癖のないブロンドが静かに揺れて、頬にそばかすを蓄えた彼女は元気に笑って「おはようあまみゃ」と鳴いた。リサ・マコーミック。お隣に住む幼馴染だ。僕のことは名前で呼んでくれと龍太郎という名前を覚えさせようとしたけどどう頑張っても「りゅうたぇぉおう」とどうやって発音しているのか不明な言語を放つので仕方なく苗字を使ってもらっているけどやっぱりきちんと発音できてない。
リサは相も変わらず家に入り込んで僕の両親に挨拶をすると当然のように空いている席に座った。お母さんもまた当然のようにシリアルをリサに出す。いつから僕の家族になったんだ。
「今日は忙しいんだからいつもみたいに遊んであげられないぞ」
シリアルをかきこむリサに言うとお父さんが「なんだ、聞いてないのか?」と幸先の悪そうなことをいう。
「リサのお父さんに頼まれてなぁ。今日はリサも一緒だ」
おーまいが。寄せていた期待が陰った気がした。
テレビでは続いてアイラ・マディソン少佐が話している。いつ見てもかっこいいし、綺麗な人だ。アメリカ国民にも人気が高いので僕が少佐のサインを持っているのはちょっとした優越感でもある。
でもそろそろ出発しないといけない時間になってしまったので、続きは車のラジオで聞くしかない。
朝も早いけど荷物を車に乗せて僕たちは出発する。後部座席で僕の隣に座るリサは動きからしてやかましい。
「ねぇ、あまみゃ。今年も同じとこ行くの?」
「そうだよ。毎年同じとこ行くんだ。でも毎年楽しいよ」
窓を開けて初夏のほんの少しの涼しさを体に浴びながら車はまだそれほど通りの激しくない道を行く。住宅街を抜けて、いつも行っている大型商業施設を横目に通り過ぎて、ハイウェイに入って、頬を揺さぶる風を浴びながら「ぶああああ!!」リサが大きく口を開けて風を食べている。
「危ないから顔出すなよー?」
「ふぁい」
ほらお父さんに怒られた。
ハイウェイを降りてガソリンを入れるついでにお母さんとリサと僕でコンビニに入る。お父さんはまたガソリンの価格が上がったと嘆いていた。なんでも十年前の価格の数倍らしい。
毎年、この日ばかりは何でも好きなのを買っていいと言われるので僕の好きなお菓子を詰め込んでいくけど毎年お母さんの方が多い。なんでも「私一人で食べるわけじゃないから」ってことだけど実際半分以上お母さんが食べてる。これで太らないのだから僕も将来的に太らないことを願いたい。
お昼前に僕たちは目的地に着いた。車から降りた時には両手を伸ばしてもずっと広がっている海が見えていた。空は雲一つなくて、どこまでも高くて、青い海は白い波を轟かせながら輝いている。
今年も僕はまたここにやって来たのだ。毎年来ているというけど三年以上前のことはあまり思い出せない。けど確かに僕は生まれる前からこの海にやってきているのだ。
僕が砂浜に降りるとリサはいつの間にか水着に着替えていて、砂浜を駆けだして海へと一直線に向かってそのままダイブした。すぐにぷかぷか浮かぶとすごい勢いで泳ぎだす。僕には真似できそうもないけどとりあえずは波打ち際で黒くなる土に自分の足跡をつける。
「龍太郎君」
名前を呼ばれた時、僕は心臓が跳ねあがった。振り返ってその顔を見ると僕は顔が真っ赤になっているのが分かった。
「少しは泳げるようになったのかな?」
僕の頭上に広がる青い空と同じ色の水着を着たその人は体を伸ばしながら僕に尋ねる。僕よりも結構歳が上だけど、たぶん僕はこの人が好きなのかもしれない。心臓の鼓動がそれを確かなものにする。
「浮かぶくらいならできるようになったよ……詩音姉ちゃん」
「あっはっはぁ……浮かぶだけかぁ!よーし!じゃあ今年も私と特訓だねぇ!」
それはすごくうれしいけど、なんだかとても恥ずかしい。
「えー!?あまみゃだけずるい!リサも教えてもらう!」いつの間にかこちらへ来ていたリサが詩音姉ちゃんの腕を掴む。
「お前泳げるじゃん!」僕と詩音姉ちゃんの時間を邪魔されてなるものか。
「意地悪いっちゃだめだぞ龍太郎君。お姉ちゃんそういう子嫌いだけどなぁ」
ぐぬぬ。ならしょうがない。僕は大人になるべきなのだ。背伸びしなくちゃ、詩音姉ちゃんは他の大人に取られてしまう。
「久しぶりだね詩音ちゃん」
「あっりくにーに結衣姉!一年ぶり!」
やって来たお父さんとお母さんに挨拶するため僕の下から去っていた姉ちゃん。いつになったら泳ぎを教えてもらえるのだろうか。未だ馴染めない海を見ていると白い波に乗っていた数人のお兄さんたちがサーフボードに乗ってばしゃばしゃと泳ぎながらこっちに向かって来る。……あれは。
「やっぱ詩音ちゃんかぁ!!」
僕の真横を通って駆けだした四人組のお兄さんたち。石井さん、花田さん、斎藤さん、山崎さんである。言うまでもなく僕の敵だ。たぶんこの人たちは朝っぱらから波に乗りっぱなしなんだと思う。
「また一段と大人っぽくなっちゃって……今いくつだっけ?」
「十六歳になりました!花のJKですよぉ!」
「うひゃぁぁ……初めて会った時にはまだこんなだったのに。月日が流れるのは早いねぇ……」
これはまずい。石井さん達も詩音姉ちゃんと年が離れているけど、僕はまだちんちくりんで、向こうは立派な大人だ。なんかみんな適度にムキムキしてるし、詩音姉ちゃんが取られるなら、まずはこの中の誰かが奪い去っていくのだろう。
「そういえば今日は秋津さんは?」
「康弘ならそろそろこっち来ると思うけど?一服してから来るって」
石井さんたちの顔がこわばる。僕は心の中でガッツポーズをする。
「……おい手前ら。詩音囲みやがって何のつもりだ……?まさかナンパとか言うんじゃねぇだろうな?」
石井たちが振り返ると花柄のシャツに虎のパンツの趣味悪そうないでたちで詩音姉ちゃんのお父さんがやってくる。
「いや、そんなわけないじゃないっすか!俺ら詩音ちゃんのずっと小さい頃から知ってるんですよ!?ナンパだなんてそんな、俺ら詩音ちゃんのサブお父さんみたいなもんですから!」
「手前らが父親代わりじゃ詩音がロクな大人にならないだろうが」
詩音お姉ちゃんとそのお父さんは似てない。すごく似てない。なんでも複雑な事情があって親子になったらしい。その割には姉ちゃんは「康弘」って名前で呼んでるし、その康弘さんも傍目じゃ分かりにくいけど姉ちゃんには甘々だ。
「自分の姿を鏡で見てから言ってほしいものだな秋津」
その後ろから深い青のワンピースを着て現れたのは詩音姉ちゃんの「一応」お母さんだ。これもまた複雑な事情かなんかでってお父さんに濁された。秋津さんと成塚さんは結婚していないけど、娘がいて一緒に暮らしているって言われたので僕もそれ以上聞かなかった。なんだかすごくめんどくさいことは分かる。
詩音姉ちゃんのお母さんの片腕は義手らしい。そうは見えないけど。
「お前よりは出来た人間だと思ってるがね」
「また訳の分からないことを……詩音がグレなかったのは奇跡に等しいものがあるな」
お姉ちゃんがグレなかったのは二人がこんなことばっかりやってるからだと思う。
「いつになったらあの二人は仲良くできるのかねぇ。あれ、ひょっとして表向きの態度で家にいるときは仲睦まじかったりしないの?」
「……舞が康弘にあーんってしてる姿想像できる?」
「……ちょっと泳いでくるわ」
まるで具合でも悪くなったように斉藤さんは海に還っていく。その気持ちはなんとなく分かる気がする。
「おー龍太郎!お前もでかくなったなぁ!」バツの悪そうな石井さんは僕を見つけると秋津さんから逃げるようにしてこっちに来た。
「成長期ですから」ほんの少しの敵意とともに石井さんに返す。
「はぁー……おい!雨宮!お前の息子お前にそっくりになっちゃってるじゃねぇか!!」
「そりゃぁ……俺の息子ですから」
「おい龍太郎!お前ももう少しラフに生きなきゃだめだぜ!?人生面白くなるもんも面白くなくなっちゃうぞ!」
「でも石井さん……まだ彼女いないんだよね?」
「がーっ!!そういういらんこと言うのも雨宮にそっくりじゃねぇか!こりゃあほっとけねぇ!おい花田!一日でこいつを矯正するぞ!!」
そういうと僕を抱えて海へと走り出す。ああ……詩音姉ちゃんが遠くなっていく。
「おい石井!龍太郎君泳げねぇんじゃなかったのか!?」
「じゃあ浮き輪もってこい!んで数時間後には浮き輪なしで泳げるようにしてやるよ!」
無理だそんなの。詩音姉ちゃんじゃなきゃ。かくいう詩音姉ちゃんは笑って僕たちを見ていた。夏の思い出に切ないページが追加された。
へとへとになって僕はお父さんとおかあさんと一緒にレジャーシートの上でくつろいでいた。太陽は高く昇っていつの間にかすごく暑くなっている。パラソルがなくちゃたぶん大変なことになっていたはずだ。
数時間にわたる地獄の特訓のおかげでリサに笑われながらも僕はバタ足で結構進むことができた。詩音姉ちゃんが褒めてくれたのは僕にとってかなり大きい。
石井さん達も疲れ果てたのかリサと一緒に結構な規模の砂のお城を作っている。何もかも本気で遊ぶ大人。お父さんとは反対の人たちだけどぼくはそれを羨ましく思った。
「りくにーたちはもうお疲れ?情けないなぁ」
一家そろっての言われようだけど僕はまだ子供なのでまだまだ遊べる。詩音姉ちゃんと一緒ならという条件付きで。
「秋津さん達なんてここ来てからぼーっと座ってるだけじゃん」
「うへへぇ。あれ見てよりくにー」
詩音姉ちゃんが指さす方向には砂で包まれたまま眠っている秋津さんがいる。胸には大きな突起がふたつ。ずいぶんとおっきぃ胸だ。あんなことできるのはこの世には成塚さんと詩音姉ちゃんしかいないだろう。
「力作だろう?すでにSNSに投稿済みだ。これであいつもみんなの笑われ者になる」
自信満々の成塚さんにお父さんもお母さんも笑った。目覚めた秋津さんはなんだか怒号を上げながらわめいている。少しも怖いとは思わなかった。
それからなんとなくみんなで並んで海を見た。どこまでも続く青い空と青い海。この海の向こうにお父さんたちが住んでいた国がある。前にお父さんが教えてくれた。その時お母さんは少し泣いていて、僕はいつも元気なお母さんも泣くことを知った。それと同時にお母さんを守らなくちゃという気にもなった。僕はお母さんのことが好きだから。
今はこんなに平和だけど、それがいつ崩れるとも分からない。新聞もニュースも先生もみんな言ってる。でも僕はその時どうすればいいのかをみんなに教えてもらった。
「みんなで手を繋ごっか」
詩音姉ちゃんがそう提案する。秋津さん達も詩音姉ちゃんの言う事には逆らえないのか、詩音姉ちゃんを挟んで手を繋いだ。僕はお父さんとお母さんとの間で手を繋いだ。「あまみゃ」鳴きながらその間にリサが入ってくる。まぁいいや。
お父さんは言っていた。
この世で一番大切なのはいつでもどんな時でも隣り合った人と手を繋いで生きていく事。
そうやって僕たちはこれからも生きていく。
僕にもそれが分かる。そうやってこれからも歩いていく。
それがこの新しい世界の歩き方なのだから。
というわけで完膚なきまでに終わりです。終わっちゃったなぁ。
あとがきっぽいことを書くと、この話の第一話を書いた時に最終話の内容は決まっていました。それは引きこもりだけど、外にゾンビがうろついているの二人のその後を見たいと言ってくれた方のおかげです。よく考えたら自分でも奥村君だけ救われてないなぁと思って、二人を真の意味で救いたくなったので最終話書くためだけに百何話も書きました。最終話は終末世界の歩き方。の終わりでもあり、引きこもりだけど、外にゾンビがうろついているの最終話でもあります。まだ読んでくれてるかなぁ。申し訳ないなぁ。
いろいろ勉強させてもらいました。今度こそ終わりです。ので、暁のデスペラードの執筆に戻ります。これと色合い全然違うしジャンルもニッチだし時代錯誤ですけど良かったら遊びに来てください。では、これにて。
全てのゾンビに幸あれ。そして去年亡くなられたゾンビの生みの親、ジョージ・A・ロメロ監督に些末なものですがこの作品を捧げます。これからもゾンビと監督の精神はネバーダイであります。




