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終末世界の歩き方。  作者: 上野羽美
DEAD ZONE
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第百話「chain・4」

 あったはずの痛みも来るはずの痛みもなく、俺はただ目を覚ましていた。生きてる。なんとなくそう思った。例えそれが何も見えることのない暗闇の中でも、俺は生きてると思った。

 暗闇の中をただ歩く。みんなの名前を呼びながら秋津さん、成塚さん、それから石井君たち。みんなの名前を暗闇の中に呼ぶ。ここはどこだろう。一番重要なことは頭を掠っただけでどこかへと飛んでいった。時も場所も自分の生死すらもその意味はとても希薄だった。ただみんなのことだけが頭を満たしていた。それからもう一人、誰かを探していた。けれど名前は出てこなかった。顔も思い出せそうもなかった。或いは知らないのかもしれない。


 足はまるで宙を浮いている様だった。コンクリートでも土の上でも芝生でもない。一切の無感触。かといって本当に宙を浮いているわけではないと思った。何を根拠にそう思うのかは知らないが自分はしっかり足を踏みしめている。行く先にも過ぎ去る先にも何も見えやしない。虚無の空間。そこで俺は彼らを求めて彷徨う。


 高低差もない。どこまで続くのかも分からない。進んでいるのかそうじゃないのかそれすらも判断がつかない。そんな空間に突如として高低差が生れ落ちる。暗闇の中で足を踏み外してあの不快な浮遊感が再び襲い掛かる。そうして、どこまでも落ちていく。


 このまま落下すれば死んでしまうのだろうか。それだけはいやだ。

 少し前の自分なら、すんなりとそれを受け入れたのだろう。絶望し諦観していたから。今は違う。

 手にしたものが多すぎる。託されたものが重すぎる。例えどれだけの苦難が待ち受けていようとそれをすべて最善へと導く覚悟でいた。例えどれだけ自分を卑下しようと、目的は見失いたくなかった。小さくとも確実に一歩を踏みしめていたかった。


 どこまでも落ちる。落ちるスピードは速いのかそうでないのかもわからない。ただ嫌な浮遊感が自分の背中から全身を伝わっていく。


「嫌だ」


 このまま落ちていくのは。せっかく進みだしたのに。零れる涙だけが上へと上がっていく。スタートを切りだしてすぐ、理不尽にもこれで終わり。そんなことがあってたまるか。

 だから俺はもがく。暗闇の中で必死に手を伸ばす。その手を誰かがつかみ取った。確かに感じた暖かい感触。ゆっくりと首を上に持ち上げると、突然光の差し込んだ暗闇の中に一人の人間の姿があった。逆光で顔は良く見えていなかった。


「大丈夫かあんた」


 聞き覚えのある声だったけど、思い出せそうにもなかった。その手は俺を奈落の底から引き上げることも無かったが俺は助かったと思った。


「こんなとこでなにやってんだか、他の奴らはいないのか?」


「あ……」頭の中に沸き上がった名前を口に出そうと喉が震える。


「他にも人がいるんだ!!秋津さんとか成塚さんとか石井君、花田君、山崎君、斉藤君……それから……雨宮君って高校生もいる!!お願いだ!!彼らも助けてやってくれないか!!」


 声の主はすぐには返答せずに笑った。


「随分と人がいるんだなぁ」


「でもみんな生きてる!こんな世界でまだ歩いてるんだ!!お願いだ!!彼らを助けてやってくれ!!」


「……どうにかしてやりたい気持ちもあるんだけどなぁ……悪いけどそれは無理だ」


「そんな……どうしてだよ!」


 声の主は後ろを振り返って、それから穏やかな声で続けた。


「俺の手がもういっぱいいっぱいなんだよ。片方の手はあんたを掴んでる。もう片方の手は……大事な人の手を握ってるんだ。だからもう助けられはしない」


「そんな、じゃあどうすれば」


「あんたの手は空いてんだろ?」


 掴まれた反対側の右手を見る。宙に浮きながら力なくぶら下がったままだ。


「あんたならきっと助けられるさ。その手で。誰かを助けたいと本気で思ってんだろ?ならそうするんだ。誰かを思って誰かのために動けばそれがまた別の誰かに伝わっていく。それは永遠に続いていく。この先もずっと。例えあんたが死んでしまってもその流れは続いてくんだ」


「でも……」


「あんたしかいない。助けたいと思った人たちを助けられるのはあんただけだ。自分でもよく分かってんだろ?」


 そうなのかもしれない。いや、そうなんだ。動くしかない。進むしかない。ドアはもう開けた。外にだって出た。帰り道は無く逃げ道もない。もう、進むしかない。


「……ああ。やってみるよ。きっと自分の力で助けてみせる」


 影が小さく頷いたのが分かった。


「……なぁ、顔を見せてもらえないか。俺はあんたを知ってるかもしれない」


「そうか?俺はあんたの顔なんて知らないと思うけどな。しかもそろそろ時間だ。悪いな」


 影の後ろから射す光が強くなっていく。その眩しさに俺は目を閉じざるを得なかった。


「あとは任せたぜ、引きこもり」




 伸ばした腕が誰かの手を掴んでいた。頭や体に痛みが濁流のように急激に押し寄せて俺はゾンビのようにうめき声をあげながら目を開ける。涙が一粒耳の方へと流れてったのが分かった。


「死んじゃいなかったみたいだな」


 崩れたオールバックの怖い顔が俺を見ている。首元に下げた懐中電灯の明かりが血まみれの衣服を照らしていた。……マジに秋津さんだ。どういうわけだか俺は生きていたらしい。


「歩けるか?足の骨折ったって言うんじゃねぇぞ。てめえを引きづって上に行けるわけねぇからな」


「あの……俺生きてます?」


「あぁ?たかが二、三階落ちただけだろ。まぁ、手前の運がいいのは認めてやるけどな」


 二、三階……。随分長い間落ちてたのは錯覚だったのだろうか。死ぬ瞬間妙に時間が長く感じるのはよくあるという事らしいが感覚で言えば二十階分くらいは落下してたような気がする。

 ともかくここで尻と床の接着にこだわっていると秋津さんから怒られそうなのでどうにか立ち上がる。


 痛みが走る。両腕が数か所、左手の親指、それから……足もか。暗くて分からないけどきっと痣だらけなのだろう。歩くと更に痛かったが歩けないわけではなさそうだ。捻挫が関の山だろう。「いっつ!!」いや……やっぱ折れてる気がする。


「みんなは?」


「とりあえず上で待機してる。さっさと戻るぞ。ここで足止めくらいたかねぇからな」


 足止めと言えばあの階段にいたゾンビたちはどうなったのだろうか。


「さて……ここからどうするかね」


 見ればベランダからはシーツがぶら下がっている。秋津さんはこれを伝って下の階までやって来たのだろう。この事実と秋津さんの発言を照らし合わせれば上のゾンビは未処理ってことらしい。俺はみんなと同じように上に行く事も出来なかった。今はなおさらだ。この怪我じゃ今度こそ地上まで真っ逆さまだ。


 頭が詰まる。というか疲れ切ってて考えも出てこない。あのゾンビの群れに対して何かスマートなやり方があるはずだ。どんな絶望も隣にいるこの人は乗り越えてきたんだ。例えゾンビが群れを成してたって、それでも秋津さんなら……秋津さんならなんとかしてくれ


「強行突破だな」


スマートってなんだっけ。

三十話くらいで終わらせるつもりだったのに気づけば百話ってまじですか

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