第十話「忍び寄る不安」
「あ」
昼前、朝飯を適当に摂り、奴らの目をかいくぐりながらぷらぷらと散歩したあと、頃合いもよくなってきたので目的地に向かいインターホンを押す。バタバタと足音が聞こえたあと、ドアが開かれて視界の斜め下に現れた詩音が口をポカンとあけながら放った一言だった。
「よ」
額の前で手のひらをかざして挨拶する。
「や」
詩音も同じように手をかざして応える。
「パパー!ヤスヒロが来たー!」
手を下げてにんまりと笑った後で、トタタタと音を立てながら廊下の奥へ行き、ふすまを開けて父親を呼びに行く。
寝起きらしい低い声が奥で聞こえたあとでパジャマ姿のまま詩音の父親がゆっくりとやってきた。
「……あの」
怪訝そうな顔で俺の顔を覗く。
「これ。あんたと詩音の分。とりあえず食えそうなものは詰めてきた。これくらいなら数日もつだろう。足りなくなるころにまた来るから」
カゴいっぱいに詰め込まれた食材を差し出す。眠そうに目を何回かまばたきさせた後、流されるようにしてカゴを受け取った。
「……えっ、え……ちょっと、なんですかこれ」
目が覚めたのか我に返ったようにカゴを差し出し返す。
「見て分からねぇのか。食料だろ、どう見たって」
「あー!詩音の好きなお菓子もあるよパパ!」
父親の横でピョンピョンと飛び跳ねている詩音。喜んでいるようでなによりだ。
「詩音、奥行ってなさいって……。その……ありがたいんですけど……」
「心配するな。盗品じゃねぇ。きちんと買い物を済ませてきたやつだ。会計はしてないがな」
「……でも……なんでこれを」
「あぁ、これも別に見返り求めようってわけじゃねぇぞ。一人じゃ食えねえからおすそ分けってやつだ」
俺とは目を合わさずカゴを見つめたまま立ち尽くしている。
「……受け取れないですよ……」
「いいから受け取れ。あんた一人じゃねぇんだ」
父親が奥に行った詩音の方を見つめる。
娘のため。父親はカゴを再び自分の方へと持って行ったが、未だに不安を隠せていない表情を浮かべていた。
「ヤクザの言うことは信用できないってか……?まぁ、当然っちゃ当然か。大抵裏があると思ってかからねぇとな。俺たちみたいな連中には。……だけどな、生憎俺のいた組はこの騒ぎでぶっ潰れちまった。今の俺はヤクザ崩れのしがないろくでなしってところかね」
警戒心を解くため、ではないが自分なりに不器用に微笑む。
「とりあえず今日のところはこれで帰るから。また近いうちに来る。詩音によろしく言っといてくれ」
バタンと玄関の扉を閉めて相変わらずの曇り空を仰ぎ見る。
半ば押し付け気味のような感じだったが、まぁ別にこれでいい。やるべきことはやった。
「あとは散歩してでも帰るか……」
帰る場所はまたあの車の中なんだが。することが無さすぎる。世界の終わりがまさかこんなに退屈なものだったとは。
「ったく、ここもこんなもんしかねぇのかよ」
カゴの中には消費期限の切れたパンが数個。飲み物数本。おつまみ少々。
これでもコンビニの食料品すべて漁ったのだ。
あれから数日、そろそろ食料が底をつくであろう詩音の家に渡す食料を集めている。市外に出てコンビニを数件回ってみたがどこもこんな調子で、時には食料品が全くないこともあった。
「俺と同じような奴もいるってこったな。全然出くわさねぇくせに」
結局コンビニを数件回って得た食料は満足に食べようと思えば一日で終わってしまう量だった。自分の分を引けばさらに少なくなる。
仕方なくまた自転車を走らせて来る途中で見かけたスーパーへと向かう。今までコンビニという選択肢しか選ばなかった自分が恥ずかしい。食生活がバレバレの行動範囲だ。
スーパーの入り口近くの駐車場で適当に自転車を止める。自分から数メートル離れたところに下半身のない奴を見つけた。コンビニで見た時とは違い、今度は足の付け根からきれいさっぱり無くなっている。
「……別に頭割る必要もねぇか」
スーパーはコンビニよりも広く、中が見えづらいので警戒を強めながらゆっくりと中に入る。運のいいことに入り口の自動ドアは解放されていた。
昼間とはいえ薄暗い店内をカートを押しながら進んでいく。ここの電気は切られているので生鮮食品が並んではいるが持って行かない方がいいだろう。
コンビニの時と同じよう、できるだけ熱源に頼らないで食える食品売り場へと向かう。当然と言えば当然だが、どこもかしこも荒らされ尽くしていた。
棚の調味料がすべて床に落ちていたり、中にはビンが割れているのもあり、液体や粉末といった中身が飛び出していた。まるで色のついた泥のようだ。
「なんだってこんなになるんだよ……」
こんな非常事態に調味料コーナーでわたわたする必要があるか?大地震で全部落ちるってならまだしも……。
不安を抱きつつ、お菓子売り場へと向かう。案の定ここも荒らされていて、商品はほとんど残っていなかった。そこから小さなチョコレート菓子をいくつかカートに入れて奥へ向かう。
飲み物コーナーへと差し掛かった時、棚の影から伸びた足を見つけて思わずカートを放り出して木刀を構えた。
目の前に居たのは既に動かなくなった女の死体だった。胸をなでおろして構えを解いて近づく。床に広がる真っ黒な血の上で足をこちらに向けて倒れている死体に回り込む。
「……どうなってやがる」
死体の首から先は無かった。切り口を見るにどうやら鋭利な刃物で切断されたようだ。
ここまでする必要が……?俺だって武器が武器だし殴ることしかできないが、ナタを持っていたとてここまではしないだろう。
眉間にしわを寄せたまま残り少ない飲み物もかごに入れた後で、食品売り場をうろつくも大した成果は得られず、結局一日持つ食料が二日持つ食料に増えただけだった。
生存者が他にいるのは確実として、こんなにも少なくなるものだろうか。俺が思っているよりも生存者の数は多いとか?ならどうして俺は誰にも遭遇しない?
いろいろと考えを巡らせつつ、出口に向かったところで近くから不気味な視線を感じたので振り向く。
「……なんだよこれ……!!」
六つほどあるレジのカウンターにそれぞれ生首が出口を見るようにして置かれていた。生首はまだ息があるのか目や口を時折動かしている。
六つの生首と目があった瞬間、背筋に悪寒が走ったので急いで薄暗いスーパーを抜け出した。
「誰だ、あんなマネしやがったのは・・!!」
ここ数日、食料の異常な減りにまるで霧の中をあるいているような感覚に陥ることが多かった。そして今日、スーパーでの出来事を機にこの周辺で何かが起こっていることを確信した。
狂っている。こんな世界も、あんなことをした連中も。
カートの中身を自転車のかごに突っ込んで、勢いよくペダルをこいだ。




