迫りくる魔物を撃退せよ!
キャロの職業を誘惑士に変更した。
彼女から発せられるというフェロモンが、風に乗って北へと向かう。
直ぐには匂いは届かない。
風魔法で一気に吹き飛ばしたいが、俺のウィンドは風の刃、下手に使ったらキャロのフェロモンが霧散してしまうかもしれない。
気長に待つしかない。風の向きは間違えていない。
俺の職業も、既に極めている見習い魔術師を含め、魔法系一色に染め上げた。
無職、見習い魔術師、魔術師、見習い法術師、法術師の五種類だ。
MPも大幅に上がった。
……あれ?
横を見ると、ハルの様子がおかしい。
何故か、北の空を見上げている。
何かあるのだろうか? そう思った時、
「イチノ、来たぞ!」
マリナが声をあげる。
東に進んでいたはずの魔物達が一斉にこちらに向かってきた。
成功だ。
キャロの持つ【月の魅惑香Ⅱ】の効果が現れたのだ。
今から、戦闘がはじまる。
「ご主人様!」
ハルが声をあげた。
「あぁ、戦闘がはじまる! ハル、力を――」
「そうではありません、北の空に蝙蝠が飛んでいます」
「蝙蝠?」
言われて、俺は北の空を見上げた。
見えない。
全く見えない。
考えたら、松明を持つ人の姿も見えないのに、蝙蝠の姿なんて見えるわけがない。
「ハル、蝙蝠がいるのはわかった。空からの攻撃にも注意しろってことだな」
「……蝙蝠は北西の空に去って行きました……」
去って行った?
去って行ったのなら別に問題ないんじゃないか?
「キャロの力が通用していない魔物……もしかしたら……」
ハルは逡巡し、何か可能性を考えているようだ。
「もしかしたら?」
「いえ、すみません、今は目の前の戦いに集中しましょう」
ハルは視線を落とし、迫りくる魔物の群れを凝視した。
距離が近付いて来た。
最初に先頭を走ってくるのは灰色の豹のような魔物だった。
「よし、行くか! ファイヤー!」
俺の放った火の玉が魔物の群れの中に落ちて爆発した。群れて攻めているから、どこに撃ち込んでも命中する。ボーナスステージというのもあながち間違えではないな。
次に動いたのはマリーナだった。
彼女は弓矢を構えると弦を引く。
すると、風の矢が形を作った。
彼女が弦を離した次の瞬間、五本の風の矢が豹の後ろを走っていた黒っぽい毛の牛のような魔物の頭に命中した。
「マリーナ、全部眉間に命中です」
全部命中だけならまだしも、全部眉間に命中しているのか。
「当然だ。我の力を舐めてもらっては困る」
眉間に矢が刺さった牛のような魔物は消え失せた。
「魔物が消えた? 迷宮の魔物なのか?」
「そのようですね、魔石を落としました、スラッシュ!」
ハルの放ったスラッシュが先頭を走る豹の足を両断した。
絶命はしていないのか消えることはない。その豹が邪魔になり、先頭の動きが僅かに鈍る。
ハルはその後もスラッシュで魔物の足だけを切り裂き、魔物の防壁を築いているようだ。
よし、俺も真似をするか。
一番大きな魔物の足を狙って、
「スラッシュ!」
スラッシュを放つ。奥にいる一番大きな黒色の象のような魔物の鼻と顔を切断、絶命させた。
「さすがです、ご主人様!」
「イチノ様のスラッシュは強力ですね」
「我も負けてはいられぬな」
称賛されるが、殺すつもりはなかったとは言えない。
んー、細かく狙うのは俺には無理なようだ。
「魅了!」
横でキャロがはじめての魔法を放つ。
直後、先ほどと同じ黒い象が突如として暴れ出し、その巨大な鼻で魔物を薙ぎ払った。
突然の仲間の裏切りにまわりの魔物はどうしたらいいかわからないようだったが、おかまいなしに攻撃をする黒い象の攻撃に反撃する魔物が現れ、一部が乱戦状態になった。
よし、じゃああのあたりは攻撃しないようにしないといけないな。
まだまだ余裕がある戦いを俺達は繰り広げていた。
蟻との戦いは無駄じゃなかった。
キャロの魅了の魔法が、マリーナの風の矢が、確実に魔物を減らしていく。
戦いの流れを支配する。
ハルの目はそれを逃さない。戦いの流れを敵にもっていかれないために、その場で有効な魔物を的確に切り裂いていく。
MPも今は余裕がある。
MPがなくなるまでにどれだけ魔物が倒せるか?
MPが一番心配なのはハルか。
ハルもそれを意識しているのか、先程からスラッシュは必要な時にしか打っていない。
代わりに、盗賊から貰った弓で矢を放っている。
ハルに視線を送ると、ハルは黙って頷いた。
まだいけるようだ。
本当はもっと強力な魔法で一気に殲滅したいのだが、何かいい手段はないだろうか?
最初はダキャットの軍を真似して草原に火をつけ、焼死させようとしたのだが、魔物は火に包まれてもこちらにやってくる。
「ファイヤー!」
闇を照らす炎が魔物の群れで爆発した。
だが、それでも魔物は全く怯む様子はない。
キャロのスキルの威力は流石だな。
「…………あ、そういえばこの光景――サンダー! アイス! ストーン!」
炎の玉がこようと雷が降り注ごうとも、氷や石の礫が飛んで来ようとも避けることなく突撃して散っていく魔物を見て、俺はさきほどの魔物の様子を思い出した。
火の海に包まれてもひたすら東を目指す魔物の姿は今の魔物の姿に酷似している。
魔物達は何かに引き寄せられて東を目指していたのか?
「キャロ、職業を変えるぞ。ちょっと気になることがある。ハルもマリーナも攻撃を一度やめてくれ」
「はい、わかりました」
キャロの職業を誘惑士から農家に変えた。
次の瞬間、
【イチノジョウのレベルが上がった】
【魔術師スキル:魔攻強化(微)を取得した】
【魔術師スキル:闇魔法が闇魔法Ⅱにスキルアップした】
【見習い法術師スキル:回復魔法Ⅱが回復魔法Ⅲにスキルアップした】
【見習い法術師スキル:MP強化(微)がMP強化(小)にスキルアップした】
【見習い法術師のレベルはこれ以上あがりません】
【称号:見習い法術師の極みを取得した】
【称号スキル:学習を取得した】
【法術師スキル:回復魔法Ⅲが回復魔法Ⅳにスキルアップした】
【法術師スキル:盾魔法が盾魔法Ⅱにスキルアップした】
【法術師スキル:魔防強化(微)が魔防強化(小)にスキルアップした】
……レベルが上がった。
つまりは戦闘が終わったということだ。
あれだけ魔物がいるのに戦闘が終わった?
「魔物が去っていく」
「というより、元通りフェルイトを目指そうとしているようだな」
ハルとマリーナの言う通り、本当に魔物達は俺達に興味をなくしたように東に進路を変えた。
やはり、奴らは操られている。
キャロの【夜の魅惑粉】ほどではないが、それでも強い力で魔物達は行動を制限されている。
「くっ、くはははははっ!」
俺はその事実を知り、笑って崩れ落ちた。
「イチノ様、私もレベルが上がりましたが……どうなさったのですか?」
「これはボーナスステージどころじゃないな、なんだよ、誰かが何の目的でこんなことをしたのか、それとも自然現象、超常現象なのかはわからないが、ものすごいことを思いついたぞ!」
魔物を一気にやっつける。
その方法を思いつき、俺は不敵な笑みを浮かべた。