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イチノの前口上

 太陽が沈み、闇に包まれた。

 俺達は秘密裏に行動しているので、たき火などは使っていない。


 遠くに火の光が見える。あれらはダキャット軍が使っている炎の光だろう。

 だが、あまりよく見えないな。


「ダキャット軍は夕食の準備をしているようですね」

「ハル、見えるのか?」


 視力がいいのは知っていたが、こんな暗い中でもわかるのか。


「はい。白狼族は夜を好みます。月明りさえあれば夜目も利きます」


 ハルは特に自慢するでもなく言った。

 月と白狼って確かに対になる存在だよな。


「それは羨ましいな。ここからだと光があるってだけであまりよく見えないや」


 ダキャット軍の様子は全部ハルに伝えてもらうか。


「ご主人様は鷹の目のスキルをお持ちなのでは?」

「ん? あぁ、あったな、そんなスキル」


……………………………………………………

鷹の目:その他スキル【狩人Lv60】


上空から地上を見ることができる。

最高、1キロメートルの高さまで設定可能。

……………………………………………………


 試してみるか。

 そう思い、俺は鷹の目を発動させた。


 すると、体が浮かんだ気がした。

 いや、体は何も変わっていない。視線が上がっていくんだ。


 首を下に動かすと、視線が下に向く。


 そして、そこには下を向く俺の姿があった。


「まるで幽体離脱だな」


 俺がそう呟くと、下にいる自分の口も開く。

 幽体離脱と違うところといえば、上下にしか移動できないところか。


 徐々に上へ上へと浮かんでいく。

 もう俺やハル達の姿は暗くて見えなくなった。

 

 ただ、軍を見ると、上空からだと火が点在しているのがよく見える。

 距離的には遠くなったが、上空からの方が軍の動きは見やすいな。


「ん? あれは――」

「イチノ様、何か見えるのですか?」

「うわ……あぁ、そうか、視覚は浮かんでるが、体は地上だからキャロの声は聞こえるのか……」

「はい、全員いますよ」


 そう言って、おそらくキャロが俺の手を握ったのだろう。

 優しい感触が手のひらに伝わってくる。

 反対側の手を握ったのはハルかな?

 ……と、服が少し引っ張られる感触が伝わってきた。

 マリナが空気を読んで、俺の裾でも掴んでくれたのだろうか?

 ひとりきりの上空なんだが、全然寂しくないな。


 そして、俺はそれを見ていた。


「北西の方角から、蠢く物が見える――魔物の群れで、かなりの数だ。ハルは確認できないか?」

「いえ、ここからでは丘が邪魔になっていて……あ、軍が弓を射ます。火矢のようですね」

「あ、あれが火矢なのか……うわ、草原に火が広がった」


 火矢が放たれた先に油でも撒いてあったのか、一気に炎が広がった。

 おそらく、自分達の陣地に火が燃え広がらないように、草を刈ってあるのだろう。

 炎は西へは広がるが東へは広がる様子はない。


 人類が手にした最大の武器と言っても過言ではない「火」の威力はすさまじく、魔物を一度に焼き殺すのではないかと思った。


「凄いです……」


 キャロの声が聞こえた。

 あぁ、凄い……これは俺達の出番はない……そう思ったが、


「うそ……だろ」


 魔物の群れは速度を全く緩めない。

 炎の中に自ら突っ込んでいき、火傷など気にする様子もなく真っ直ぐ東へ――軍の方へと進んでいった。


 一気に乱戦になる。

 火を纏ったまま炎の壁を越えた魔物がいたのだろう、火は軍の陣地へと広がった。


「撤退をはじめた――早すぎるだろ!」


 まだ戦って10分も経過していない。


「ここで戦力を損耗すればコラットにつけいる隙を与えることになります。おそらくはフェルイトで籠城する方針に転換したのでしょう。運がよければ魔物の群れはフェルイトの壁を無視してさらに東に行く可能性もありますから」

「たしかに……魔物に明確な目的がないのなら、その作戦も通じるだろうが」


 あの魔物の行動は異常だ。

 火の中に入って行くあの光景――まるで何かに操られているような。


 俺は鷹の目を解除し、地上へと舞い戻った。

 左右にいるハルとキャロ、そして後ろにいるマリナを見た。

 アイテムバッグから仮面を取り出して、マリナに渡す。


 マリーナになった彼女は、


「大変なことになっているようだな……我の力が必要か?」

「あぁ、マリーナ、それにハル、キャロ、お前たち三人の力が必要だ。俺達四人がいればなんでもできるさ――といってもヤバくなったら俺の世界に逃げるがな」


 俺は笑ってそう言った。

 そして、キャロを見た。


「キャロ、お前は誘惑士のスキルに振り回されてきたよな。誘惑士スキルのせいでまわりを不幸にしていると思ってたよな。でも、お前のスキルがフェルイトを救うぞ」

「え……あ、はい! えっと、イチノ様、あまりプレッシャーを与えないでください」


 俺なりにいい台詞を言ったつもりなのに、キャロを余計に緊張させてしまったようだ。


「ハルはスラッシュで援護を頼む。前みたいに敵の中には入って行くなよ。俺達はダキャット軍以上にヤバくなったら逃げるからな」

「善処します」

「いや、絶対に守ってくれよ」


 ハルは自分の命よりも俺を優先するから怖い。

 まぁ、俺もいざとなったら自分の命よりハルの命を優先するだろうが。


「マリーナ――」

「我の第三の目が開くとき、我が魔弓は全ての鼓動を射抜き、命と言う名の時を刻む砂時計を破壊して――」

「長いわ! あぁ、マリーナは絶好調ってことでいいんだな」

「イチノよ。そういうことだ。主が良いカッコウをしようとしなくても我等の気持ちは同じだ」


 マリーナに痛いところを指摘された。

 そうだよな。

 この勝負は絶対安全、何の問題もない勝負だ。


 四人対数千、数万の魔物の戦いなんかじゃない。

 今からするのは逃げが前提のボーナスステージだ。


「みんな、楽しんでいこう!」

「「「はい」」」

「じゃあ、行くぞ!」


 俺はそう言って、キャロの職業を誘惑士へと変更した。

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