強くなりたい
予約投稿の予定がそのまま投稿してしまった(汗)
マティアスの店でハルを引き渡した。
「ご主人様、ありがとうございました。少しの間でしたけれど、久しぶりに外に出られて楽しかったです」
「またギルドに行くことがあると思うからその時はよろしくお願いします」
俺も頭を下げた。そして、ハルは奥へと行き、入れ替わりにマティアスがやってくる。
「お早いお帰りでしたね。その様子だと迷宮には行かれなかったようですね」
「もちろんですよ。彼女を傷つけたら治療費を支払わなければいけないって言ったのはマティアスさんじゃないですか」
俺は笑って言った。
「まぁ、ハルも迷宮に行きたいようでしたけど、そういうのは冒険者のスポット参戦とかで行ってもらった方が彼女もいいと思いますし」
俺も兎を倒して強くなって迷宮に潜れるくらいになったら、その時はハルと一緒に迷宮探索をしてもいいな。
1日120センスだから、それで元を取れるくらい稼げるようにならないとな。
とはいえ、今の俺は無職。しかも弱い、ただの雑魚だ。
彼女を守ってあげられる力も、彼女にいいところを見せる力もない。
「すみません、それはできないんですよ」
マティアスの返事は思いもよらぬものだった。
「え?」
「この国は奴隷にとってはそこそこ過ごしやすく、奴隷からも買われる主人をある程度指定できるんです。例えば、女性や男性、年齢など。ただし、それは一年目の奴隷に限られます」
「一年目?」
「奴隷商を守るための法律なんですよ。条件を厳しくし、絶対に誰にも買われたくない奴隷がいたら困りますからね」
「あぁ、なるほど」
つまり、奴隷になれば、一年以内にいい御主人を見つけようと努力する。だけれども時間が過ぎていけばある程度妥協をすることになる。
一年を経過したとき、自分が最も嫌なタイプの主人に買われることを考えたら、妥協していくだろうし、買ってもらおうと努力するわけか。
「ええと、その制度はわかりましたが、今の話の流れだと、ハルも何か条件を出しているんですか?」
「ええ。彼女が出している条件は、自分よりも強い人です。白狼族は自分よりも強い相手にしか忠誠を誓わない、自分よりも下の者に忠誠を誓うのは死以上の屈辱であるとされていますから」
……そんな状態なのに、彼女は俺のことをご主人様って呼んでくれていたのか。
申し訳ないことをした。
「……えっと、で、まだわからないことが。それが、彼女が他の人と一緒に迷宮に行けない理由に繋がらないんですけど」
「実は、彼女を身請けしたいという貴族の方がいらっしゃいまして、その方は冒険者ギルドに多額の支援をなさっている方なんです」
……あぁ、大体分かった。
つまり、彼女をパーティーに誘うなどして手を出したら、そのお偉いさんに睨まれると言うわけか。
それは冒険者としての出世の道が無くなる、ということか。
もしかしたら、冒険者ギルドに素材を売りに行った時、俺を外で待たせたのも、そのことを知っていたから?
「もちろん、貴族様とはいえ法は守らなくてはいけません。彼女がその条件を変えない以上、その貴族様がハルワタートを買うには、彼女と勝負して勝たなければいけません。ただし、彼女が奴隷になって1年が経過するまで、ですが」
1年が経過すれば誰でも彼女を買えるようになるってことか。
「……ちなみに、その1年経過する日っていつなんですか?」
「今日からちょうど10日後の正午です」
マティアスはそう言うと、申し訳なさそうに言った。
「申し訳ありません、イチノジョウ様。貴方が冒険者でないことを知り、その貴族様の影響下にないと思い、少しの間だけですが、彼女を外に出させてあげたかったのです。奴隷は主人がいないと外に出ることもできませんから」
そうか、それで、彼女はあんなに迷宮に行きたかったのか。
貴族に買われたら、自由に外に出られなくなるから。
「……最後の質問、彼女の値段は?」
「彼女ほどの美人ですと、通常10万センス。ですが、ハルワタートの提示した条件を満たす人間がいたら、3万センスでお譲りすると、彼女の売り主からの契約になっております」
3万センスか……リクルートスーツの買い取り価格と同じか。
あぁ、もちろん買わないよ。
そのお金は大事に使う予定だし、何より、いちいち同情していたら、俺は世界中の奴隷を買わないといけなくなる。
店の外に出て大きく深呼吸をする。
そもそも、彼女を買うことによるメリットはなんだ?
俺の成長チートなら、別にソロでもやっていける。
冒険者ギルドの利用なら、今日みたいに奴隷をレンタルをすればいい。人頭税を支払わなくていい分安くつく。
確かに彼女は美人だが、今日、1時間弱――いや、実際のところ数十分一緒にいただけじゃないか。
そんな相手のために3万センス? 300万円?
はっ、合理的に考えてそれこそナンセンスだ。
『君の志望動機には熱意が感じられない』
これはパソコン会社の面接官からの言葉だ。
……なんで今更、面接官からの言葉を思い出すんだ?
『君の志望動機は確かに合理的であり、模範解答としては素晴らしい出来だ。だが、その志望動機の中に君自身はあるのかい?』
この時、俺は結局その答えを見いだせなかった。
結果、お祈りメールが届いた。
今の俺の考えに――俺自身があるのか?
あるに決まってる、俺が考えた、考え出した答えなんだから。
大体、正しい答えってなんだよ。
合理的に考えて何が悪いんだ?
『おにいのやり方は非合理的過ぎるよ。なんで高校中退するのさ。お父さんの生命保険使えばおにいは間違いなく高校卒業できるのにさ』
……なんでここで妹の言葉を思い出すんだ?
確かに生命保険を使えば高校卒業はできた。でも父さん達が残したお金はミリの大学卒業までの費用にしたかった。
俺が高校卒業してから稼ぐほうが合理的な気もするけれど、俺はそうしたいと思った。
『……おにい、後悔してないの?』
泣きそうになっているミリが、俺にそう尋ねた。あの時、俺はなんて答えたか?
後悔なんてしていない。
例えバカな選択だろうと、それが正しかったって証明してやるよ。
そうだ、これがあの時出した、俺が出した、俺自身の考えだ。
だとしたら、俺はどうしたい?
合理的な考えなんて捨てて、俺は一体、どうしたいと思ってる?
「俺は、ハルを買いたい」
独りよがりだと思う。もしかしたら貴族の下で暮らしたほうが彼女も幸せかもしれない。
だが、それでも後悔はせずに済む。
それだけは確かだ。
期日は10日……いや、9日後にハルに勝負を挑み、彼女に勝つ。
それまでに装備を整えて強くなる。
でも、それには情報が足りない。
となれば、俺がこの町で知り合った人は五人。
冒険者ギルドには頼れない。貴族の目がどこにあるかわからないからな。
マティアスに説明するのもいいが、あまりハルに期待を持たせたくない。
俺が強くなれるとは限らない。
一番頼りになるのは門番のお姉さん。でも仕事中だし、あまり迷惑をかけるのもよくない。
一人、頼れる人間がいる。元冒険者であり、いろいろと教えてくれそうな人が。
ということで、俺は意を決して、その店の扉を開けた。
「店主さん、俺を漢にしてください!」
「よろこんでよん!」
服屋のオネエ店主が鼻息を荒くして、こちらに突撃してきた。
言い方が悪すぎる。