謎の印刷所
「ところでお前もやっぱりDを持ってるのか?」
俺が鈴木に訊ねた。
「あぁ、十冊ほどな」
「へぇ……意外だな。あんな美人たちと一緒に旅をしていたら必要なさそうに思えるんだが」
俺が言うな! って思ってる奴は多いだろうが、気になったことを訊ねた。
すると、鈴木は苦笑し、
「彼女達にはまだ全く手を出していないからな」
うわ、あんな慕ってくれる女の子三人がいて、手を出さないってマジか?
まぁ、ロリっ子は仕方ないとして
「立派な話だな。勇者だからか?」
「仕方ないだろ。マイルは修道女だ。楠君は聞いたことがないか? 修道女は乙女でなければならないって」
「……なんか聞いたことあるような気がする……それは確かに手を出せないな。でも、あの剣士の姉ちゃんは?」
「キャンシーはマイルとは逆に積極的に僕を誘ってくるよ。でも……彼女の部族は絶対的な一夫一妻制。僕が彼女に手を出してしまったら最後、彼女と結婚をしないといけない。それが彼女の一族の仕来りだ。そして、彼女と結婚したら、僕は結婚後生まれてくる自分の娘以外の全ての女性との接触を禁止されてしまう」
えぐすぎるだろ、その仕来り。
「ち……ちなみに、あのロリっ子は? 流石にあれはストライクゾーンの外か?」
「シュレイルも十分に魅力的な子であると思うが、僕が彼女の村に行く前――彼女の村が襲われた時……その……彼女は盗賊に誘拐されてしまって……無理矢理隷属の首輪をつけられ、乱暴を――」
「待て、もう何も言わなくていい。もう何も言うな。お願いします、何も言わないで下さい。そんな女の子に手を出せるわけがありません」
俺は泣きそうになった。
「ようやく僕とも普通に話せるようになってくれたし、肩に触れるくらいなら平気なんだけどね」
鈴木は苦笑するようにして言った。
「……なぁ、鈴木。もしかして、お前って、Dを持っているだけじゃなく、Tを追加してしまうんじゃないか?」
「……言わないでくれ」
「悪いな」
うん、本当に悪いことを言った。
そりゃ同人誌は必要だな。
俺と違って生殺し過ぎる。
町の郊外にある、半分廃屋っぽい大きな建物に俺達は入った。
もともとこの屋敷は貴族の別邸だったのだが、その貴族の死後放置されていたらしい。
もうすっかり太陽も沈み、屋敷の中は月明りも届かずとても暗い。
「ライティング」
鈴木の使った光の魔法により、明かりが浮かび上がった。
俺が使えるプチライトも同じ光の魔法なんだが、一直線に飛んでいくので同じ場所に浮かべさせ続けることはできない。
ましてや一緒に歩くことなどできるはずもなく、便利な魔法もあるもんだと感心した。
俺のプチライトでも似たようなことができないかと、できる限りゆっくり動くようにプチライトを出したことがあり、人間の歩くスピード程度にしかない光の玉を出すことには成功したのだが、自由自在に動かすことはできないのには変わりない。
そのことを鈴木に話したら、プチライトは光魔法でも攻撃魔法系統で、アンデッドモンスターなどを浄化する魔法。
ライティングは攻撃力皆無の明かりの魔法で同じ光魔法でも系統が全く違うのだとか。
ちなみに、ライティングは聖騎士になってからのスキルで覚えたそうだ。
光魔法の後にⅡやⅢがつくのはそのスキルによって使える魔法の数を示しており、同じ光魔法のスキルを持っていても同じ魔法が使えるとは限らないのだという。だから、鈴木は俺のプチライトを羨ましいと言ってくれた。
「この暖炉だ」
鈴木は暖炉の横にある煉瓦を押しこむ。
すると、暖炉の底が開き、隠し階段が現れた。
奥から光が漏れていて、話し声のようなものも聞こえる。
どうやら先客がいるようだ。
先に鈴木が奥に入った。
「おぉ、勇者先生! どうでした? あの不逞の輩を退治なさったので?」
声が聞こえてきた。あの声は――
奥に入り、俺が見たのは――やはり昼間の三人だ。
「な、なんで貴様がここに!? 勇者先生、まさか裏切ったので」
スキンヘッドの猫使いの男が狼狽するように叫んだ。
「僕の信用を裏切ったのは君のほうだろ。彼は君が言っているような男じゃなかった。もっとも、彼も復讐をしに来たんじゃない、安心したまえ」
「そういうことだ」
俺はそう言い、アイテムバッグから、男が昼間落とした同人誌を取り出す。
「これの続きを読ませてほしい。あと、できればここにある本、いくつか見せてもらって、少し売ってほしい。金なら出すから」
「……お前も同志なのか!? あんな可愛い子三人と一緒にいながら」
「二次元は別腹だ。見せてくれるだけでもいい。それだけで昼間の事も、この勘違い勇者を騙したことも俺は責めるつもりはない」
昼間は正当防衛とはいえ明らかにこっちもやりすぎたからな。
俺のセリフに猫使いの男とその仲間二人は顔を見合わせ、
「わかったよ。こっちの趣味は中々理解してくれる奴が少なくてな。その原本を返してくれるなら、複製本なら売ってやってもいい」
「複製本? 量産してるのか?」
……同人誌の二次配布は禁止だろうと思うが。
この世界ではそこまで法整備が進んでいないのか?
日本でやったなら極刑ものだな。
「こっちについてきな」
男は俺達を奥へと案内してくれるようだ。
「魔記者という職業を知っているか?」
「名前だけは」
平民レベルを上げて解放された職業の一つだ。
「専用のインクを使い、契約書を作成したり、魔法陣を描いて札を作り、それを飛ばして攻撃をしたりできる職業だ。だが、魔法陣っていうのはなかなか細かくてな。札を作るのに何十分も、ものによっては何時間もかかる。それで、貴族様は思いついたのさ。魔道具を使って札を量産できないかってな」
部屋の奥で俺が見たのは――印刷機だった。
てか、コンビニに置いているコピー機みたいだ。
「魔記者が専用のインクを使って、この魔道具で札を作ろうとした。結果は失敗だった。なんでかわかるか?」
「手書きじゃないと効果が出なかったのか?」
「いんや、効果は出たさ。出過ぎたんだ。札の作成ってのはゆっくりと魔力を変質させて作り上げないといけない。魔道具を使って一気に書き上げようとした結果、魔記者は己の魔力の変質のせいで魔力酔いを起こして倒れちまった。どうやっても回避できなかった。それなら普通に札を作ったほうが早いからな、結果大失敗に終わった訳だ。その後、この施設は廃棄されたんだが、どうもこの秘密の施設の後に屋敷が建てられたらしくてな、設計ミスで隠し階段の幅でこの魔道具を持ちだすことはできなかった。この日記に書いてあったよ」
男は研究日誌のような本を取り出して言った。
「そうこうしているうちにこの研究所の主任をしていた貴族が死んじまって、この研究所は忘れられたのさ」
「それで、普通のインクを使って同人誌工場として再稼働しているわけか。なんかすごい歴史だな。それで、同人誌の原本はどこにあるんだ?」
メインディッシュの登場を俺は待っていたが、フランス料理のフルコースみたいに悠長に待っていられるほど俺は辛抱強くない。
「ここだ」
男が一角の布を捲った。
そこにあったのは――日本にいたら大した量ではないだろうが、異世界の、しかも漫画というものが浸透していないこの世界においては十分を差し引いても十分のお釣りがでる、つまり二十分の同人誌がつまった三段重ねの本棚だった。
もともと薄っぺらい同人誌だ。
本棚いっぱいとなると、その数は百や二百では足りない。
「一番上の段、右側の三十冊がビッグセカンド大先生がお描きになられた本だ」
「え? ダイジ……ビッグセカンド先生以外にも同人誌を描いている人がいるのか?」
「あぁ、セカンドチルドレンと呼ばれる先生方がな」
とりあえず、適当に本を何冊かとって見てみる。
ほとんどの本は二次元でありながら、リアルに近い画風だった。デフォルメ化が全然足りない。
そんな中、俺が見つけたのは猫耳の女の子の可愛いイラストが描かれた同人誌だった。
「おぉ、これいいじゃないか。なぁ、これをコピーして……く……げっ」
俺が見たのは、スキンヘッドの男が顔を赤らめてもじもじしている気色が悪い姿だった。
「あ……ありがとうよ」
「お前かっ! このイラストを描いたのはお前なのかっ! そんな顔してなんてもんを……いや、かなり秀逸な作品だけどよ。てか、猫使いの職業に猫耳の少女のイラストって、どれだけ猫が好きなんだよ!」
「な、なんで俺が猫使いだって知ってやがる!?」
「んなことはどうでもいいんだよ。は? この四頭身のベリーウェルピクチャーでロリロリ猫娘キャラを描いたのはお前だっていうのかよっ! どう見てもお前が描く絵じゃないだろ! むしろ『お前の血でキャンパスを真っ赤に染めてやろうか?』とか言いながら逆に自分がプチトマトのようにピチっと潰されるキャラだろうが」
「ひでぇな。言っておくが、これを描いたのは本当に俺だ」
モブキャラのくせに、猫使いで同人誌集めているっていうだけでもキャラ設定濃いのに、さらに漫画家設定まで追加するなよ。
まだお前、名前も出てないんだぞ?
名前も出ていない状態で、このままだとキャラクターシートが二ページ目に突入してしまうだろうが。
「……この同人誌を、猫漫画使いが描くとはな」
「変な名前をつけるな! 俺の名前は――」
「へぇ、猫使いだったのか。珍しい職業だな。ケットシーの長に認められた者しか就くことができない職業だと聞いたが」
鈴木は驚き、そして感心したように頷いた。
「それだけしか知らないのならもう一つ覚えておけ。猫使いはケットシーの神官にしか変更できない。あいつら、俺が運んでいた薬草用のマタタビを根こそぎ盗んでいきやがっただけでなく、お礼だとか適当なこと言って勝手に職業を変えやがって! しかもどこにいるかもわからねぇ神出鬼没な種族だからな。あぁ、チクショウ。俺は一生猫使いなのかよ」
あぁ……キャロが誘惑士から転職できなくて悩んでいたように、こいつは猫使いから転職できなくなって悩んでいるわけか。
俺の力があれば職業は変えられるだろうが、パーティー設定とか面倒だし、このままでいいだろうな。
猫漫画使いは愚痴を言いきったため、少しすっきりした顔になり、
「だから、俺はケットシーに復讐することにした。見た目がほとんど猫のケットシー族は、耳だけが猫である猫人族と敵対しているからな。俺は猫人族の地位を高めるために猫人族の人気を上げるために、俺はこの作品を描き続けているのさ」
……こいつはあれか?
追っかけアイドルを人気にするために、あえて炎上するようなスキャンダルネタを週刊誌に送りつける自称ファンか?
どう考えても猫人族とやらの地位を貶めているだろう。
「それで、どうするんだ? 買うなら、コピー本なら一冊50センス、俺の本は上中下の三冊に分かれていて」
「全部くれ!」
高い、なんて言わない。
この世界においてこういう作品は唯一無二の存在。ここで買わなければ今度いつ出会えるかはわからない。
ダイジロウさんが持っている可能性が高いとはいえ、彼の持っていた本は既に処分されている可能性もあるからな。
「まいどあり」
男の本はすでにコピーしてあったらしい、三冊の本を俺に渡してくれた。
コピー本だが、みごとな出来栄えだ。
その時だ。
猫漫画使いの男が急に焦ったような、それでいて不思議そうな顔をした。
そして、彼の懐から、一枚の紙が飛び出した。
札……魔記者が使う札か?
「こいつが出てくるとはな」
男はそう言って、宙に浮かんだその札を耳に当てた。
何をしているんだ?
そう思ったら、
「あれは連絡用の魔法札だな。受信型の札だ」
鈴木が説明してくれた。
その時、男の持っていた紙が砂になって砕け散る。
「あのように使い捨てだがな」
男はそう言うと、小さく息を吐き、こちらを向いた。
「……あぁ、悪い。150センスだ。金は今持ってるか?」
「銀貨2枚でいいか? 釣りはいらない。漫画の製作費にでも当ててくれ」
銀貨2枚を渡す。
喜ぶかと思ったが、男の表情はどこか沈んでいた。
何か悪い連絡があったらしい。
「どうも……本当はもっと話をしたいが、今日は帰ってくれ。部下に案内させる……それと、スズキ。ちょっと話がある」
鈴木と猫漫画使いの男が奥の部屋に行った。
俺は男の部下に案内され、隠し同人ショップを出た。
なんだろう、最高の三品が手に入ったはずなのに、嫌な予感がするな。
~閑話 印刷所の奥で~
鈴木は印刷所の奥に案内された。
「なぁ、言っておくが、僕はまだ、君がウソをついたことを許していないんだが……」
「それは謝る。でも、頼む、今度はマジなんだ。助けてくれ」
「……何があった?」
猫漫画使いの男の真剣な表情に、鈴木は目を細めて訊ねた。
そして、猫漫画使いの男は、その名を告げた。
「ピンキーパンツ……知ってるか」
「知らな……いや、ちょっと待ってくれ。もしかして、版画印刷の?」
「そうだ。あの俺達とは相いれない漫画を描く作家だ。本名はミルキー。南のフェルイトに住む……まぁ、俺の姪なんだが、そいつから連絡があった」
さっきの札のメッセージだろうと鈴木はすぐに気付いた。
あの札のメッセージを聞いたときから明らかに男の様子はおかしかった。
「頼む、ミルキーを……この国を救ってくれ。このままだとこの国が滅びてしまう」
「詳しく話せ!」