国境の町
俺が今日払う税金は二種類で四回。
アランデル王国側の国境町の入町税。
そして国境を超えるのにアランデルに支払う越境税。
さらにダキャット国に入る越境税。
最後に、ダキャット側の国境町への入町税だ。
「税金を四回も払わないといけないのか……そりゃ大変だなぁ」
「イチノ様、顔がにやけてますが」
「そんなことないさ」
そんなことありますさ。
さて、平民を付けるのを忘れないようにしないとなぁ。
もちろんお金は大切だから、キャロの行商人の特権は使わせてもらう。
入町税の割引き。
その額は町によって異なるそうで、ここでは3割引き。
越境税は半額になるそうだ。
半額でも実質10倍だもんな。
そりゃ笑ってしまうさ。
もちろん、平民レベルは上がりに上がっているので、そう簡単にはレベルは上がらないが。
でも、レベル99にして、平民の極みの称号もほしいしな。
町には順番待ちすることもなく、すんなり入ることができた。
入ることはできたのだが……んー。
俺が悩んでいると、キャロが声をかけてきた。
「どうしたんですか?」
「105センスじゃレベルは上がらなくなった自分が辛い」
レベルは一つも上がらなかった。
105センス、400倍で約4万センス分の経験値だ。
日本円にしてざっと400万円相当の税金。
「400倍ってことは……ご主人様、平民レベルはいくつなんですか?」
「72だ」
キャロが首をかしげて聞いてきた。
「なな……一体、どれだけ税金を納めたんですか」
「120万センスくらいだな」
「ひゃ……凄い大金じゃないですか……」
「ハルが一日で稼いでな」
思い出すほど古い記憶ではないけれど、それでも懐かしむように俺は呟いた。
御者席でハルが尻尾を振りながら、ほんの少し弾んだ声で言う。
「あれは楽しかったですね。また行きたいです」
「ギャンブルはほどほどにな。流石にハルが本気になったら、ゴルサさんに悪い」
もっとも、本気になったゴルサには今のハルでも敵わない。
ハルが動体視力の超人だとしたら、ゴルサはテクニックの超人だ。
相性が悪い。
俺もスロットをもう少し楽しみたいとは思ったが。
「そういえば、スロットマシンがあっただろ? あれって誰が作ったのか知ってるか?」
「わかりません。二十年くらい前からあったそうですが、私は賭場には入ったことがないので」
スロットマシンには図柄があった。
スイカやメロン、BARの文字に7の文字。
豆知識になるが、地球におけるフルーツの図柄のルーツは、もともとはガムの自動販売機に描かれていたものだという。
別にギャンブル好きというわけではなく、バイト時代の友達に自慢気に語られたことを覚えていただけなのだが、でも、それが本当だとしたら、こっちの世界でスロットマシンがフルーツ図柄なのはなぜなのか?
もしも、この世界のスロットが先に作られてから地球でスロットが作られたのなら、コショマーレ様が言っていた潜在意識への介入で説明できるんだが、今回は順序が逆だ。
つまり、この世界のスロットマシンを作ったのは迷い人――つまり地球人だ。
なんで気付かなかったんだろう。
まぁ、だからと言って、どうした? というものでもないんだが。
一体、この世界には何人くらいの地球人がいるんだろうか?
たいていの迷い人は、己の身元を隠して生活しているというから、わからないだろうな。
女神様は10億人に1人が異世界に転移できると言っていた。
そう思うと少ないような気がするが、実際、俺がコショマーレ様とトレールール様の二人から天恵を受けたように、女神様一柱につき10億人に1人だとするのなら、女神様6柱がかりで、1億7千万人に一人くらいか。
「ご主人様、このままダキャットに入りますか?」
「そうだな。キャロ、此方側の国境町に、観光名所は何かあるか?」
こういう時こそキャロの出番だ。
どうせなら、面白いものがあれば見ていきたいと思った。
「この町の観光名所は、ダキャット側と同じく、世界一長いと言われる石の橋ですから、国境を越える時に絶対に通りますよ」
「石の橋が観光名所か。まぁ、凄いんだろうな」
日本で一番有名な石の橋ってなんだろ?
もしかして、メガネ橋?
まぁ、日本で橋といえば吊り橋だからな。
明石海峡大橋の長さは、少なくとも俺がこっちの世界に来た時には世界一長い吊り橋とか言われていた。
「ええ、ある意味物凄いですよ」
含みのある言い方とともに笑うキャロに、俺はそれ以上何も聞かなかった。
キャロがそういう言い方をするということは、俺を驚かせる何かがあるということだ。
素直に楽しませて貰おう。
町の入り口をずっと真っ直ぐ進むと、橋に続く木の門があった。
門のせいで橋がどうなっているか全く見えないが、幅はとても広い。
俺とキャロが馬車から降りて、行商人であること、荷物の内容などを告げる。
最後に、キャロが水晶に手を乗せ、青く光ったため、国境越えの代金、300センスを支払った。
【イチノジョウのレベルが上がった】
よし、レベルアーップっ!
平民のレベルが73になった。
「確かに受け取った。あと、無理だと思うが、橋の上では買い物はしないように」
関所の門が開いた――その時俺が見たのは――
「なんだこれは」
流石に俺も驚いた。
橋の幅は10メートル、長さは2キロメートル程度だろうか。
その巨大な橋のことなどどこかに飛んでしまう光景が目の前に広がっていた。
そこにあったのは――
「なんで町があるんだよ……橋の上に」
多くの露店が立ち並ぶ町がそこに広がっていた。
~閑話 覚醒~
一之丞達が国境町に到着する二日前。
ケンタウロスの動きはとても軽快だった。
とても軽快に餌を食べていた。
二人を乗せたケンタウロスはダキャット領土に入っていた。
そして、二人の姿は今、とんでもないことになっていた。
ジョフレは金色の剣に金色の鎧に身を包んだ英雄の姿。
そして、エリーズは銀色のローブに身を包んで、金属製の鞭を持っている。
二人になにがあったのか?
「勇者としての力が覚醒してしまったな、エリーズ」
「私もモンスターマスターの力が覚醒してしまったわね、ジョフレ」
とりあえず、二人は幸せそうに笑っていた。