センサーは非搭載
魔法は本来一度に一種類しか使えない?
俺、普通に使いまくってるけど? むしろ、同じ魔法を連続で使おうとしたらクールタイムのせいで使えないんだけど。
女神像の間に入るのは3度目、コショマーレ様の像を見るのも、教会の中で見た像を含めたら3度目か。
相変わらずリアリティーを追求したその女神――女神様本人が作ったと言われたら、なるほど、ここまでそっくりに作れるわけだ。
でも、どうやって作ったのかな。
鏡を見て――とかなら左右が反転してしまうし、他の女神様に作ってもらったのか。
もしくは……自らの型をとって、そこに石膏を流し込んだとか?
量産する必要があったとするのなら、それが一番効率的だ。
さて、職業を、遊び人と狩人に変更しておこう。
これで、幸運がだいぶ上がった。
どのくらいの幸運かと言うと、いままでの幸運値なら、満員電車に乗ったときに運よく前の人が次の駅で降りるくらいの運の良さだとしたら、今なら、ダイレクトメールとして届いた年賀はがきが切手シートに当選するくらいに運がいいと思う。
いつの日か、ふるさと小包が当たるほどの幸運になってみたいものだ。
ちなみに、我が家はふるさと小包に無縁だったかと聞かれたらそうではなく、ミリが一度当選している。
確か、あの時は、佃煮の詰め合わせと交換していた。
あのころから、ミリの価値観は他の子供と一線を画していた。
今、ふるさと小包と交換できるとしたら、何がいいかなぁ。
「やっぱり、米だな」
「米ですか?」
「いや、なんでもない」
つい声に出してしまった。最近は米を食べてないからな。やっぱり米がいいと思っただけだ。
米が無ければ、寿司もカレーライスも食べられないからな。
もっとも、米があっても、生魚を食べる習慣がこの世界にあるかどうかは疑問だし、カレーを食べようとしたらスパイスを集めるのがかなり大変そうだ。
……俺は女神像の前で欲を出し過ぎだな。
「まぁ、女神様に御祈りしようか。ちなみに、ハルはどんなボーナスが欲しい?」
俺がハルに訊ねたら、横からキャロが声をかけてきた。
「女神像の前で、欲しいものを思えば、それが手に入りにくいという話がありますが」
異世界でも物欲センサーの説は存在するわけか。
でも、それは「トーストが落ちるとき、そのバターを塗った面が下になる確率はカーペットの値段に比例する」という説を代表とするマーフィーの法則に類するものであり、
「まぁ、俗説だろ。女神様がそんないけずをするわけないし」
と俺は言うことができた。
さっきの満員電車の例で言うのなら、「疲れてどうしようもない。前の席の人に降りてほしい。そう願う時に限って、前の乗客が中々立ち上がらない」というのと同じ理屈だろう。
だって、実際に決める方法はルーレットだし。
「そうですね。私は戦闘用のスキルか、探知系のスキル、もしくは剣が欲しいですね」
「キャロは……あぁ、言いたくなかったら別にいいんだけど」
物欲センサーもそうだが、ジンクスというのは多くの人にとって理屈ではわかっていても無視できないものだからな。
だが、俺の心配は杞憂だったようで、
「そうですね。便利なスキルで言うのなら、空間魔法がいいですね。もっとも、かなりレアなものなので手に入る確率はほとんど0に等しいですが」
「え、何それ」
魔法剣士もいいけれど、そっちもなんかいい名前だ。
「空間魔法は、文字通り空間を操る魔法です。迷宮からの瞬間脱出、亜空間へのアイテム収納等が確認されていますね」
「うわ、チートだな、それ」
よし、俺も空間魔法獲得を目指すか。
目指すべきものも決まったし、俺達は三人並んで女神像に祈りを捧げた。
そして、俺はやっぱり真っ白い空間にいた。
この空間も四度目となれば慣れたものだ。
「お久しぶりです、コショマーレ様」
目の前の女神様を見ても、オーク女神様、なんて思わなくなった。
「相変わらず心の声はダダ漏れのようだね」
コショマーレ様は二重にも三重にもなった顎を撫でて、諦めるように言った。
すみません、心の中は勘弁してください。
「あの、コショマーレ様に聞きたいことがあったんですけど」
「あぁ、妹のことかい?」
「もちろん、それもなんですが、俺、複数種類の魔法を連続で使えるようなんですが、それってやっぱり無職の影響ですか?」
「だろうね。あんたの眷属のハルワタートとキャロルも、やろうと思ったら二種類の魔法を使えるはずだよ」
コショマーレ様は最初からそのことを知っていたかのように言った。
「……もしかして、設定している職業の数と同じ数だけ、同時に魔法を使えるってことですか?」
「そうだと思うよ。例外だらけだから私もよくわからないけどね。あんた、スラッシュを足でしていただろ? あれも本来は無理なはずなんだよ」
そういえば、そんなこと言われた気がした。無職の影響って意外と大きいんだな。
「もしも誰かに見られたら、女神様から授かったスキルだって言っておきな。そう言っておけば誰も深く聞かないよ。迷宮で授けているスキルも変わったものが多いからね」
「わかりました。ところで――」
俺にとって一番の気がかり、ミリの話を聞くことにした。
元気でやっているだろうか?
「調べておいたよ。あんたの妹は今、富士山に向かっているところさ」
「富士山に?」
富士山って、あいつが絶対に行きたがらなかった場所じゃないか。
なんでこのタイミングで?
「何で一体」
「とりあえず、元気なのは元気だよ」
まぁ、風邪をひいているのに富士山に行こう! だなんて思わないよな。
もしかして、俺の遺灰を富士山の火口にばら撒くつもりなのか?
あっちじゃ確実に俺は死んでいるわけだし。
それって問題にならないのかな。
それにしても、富士山に灰か。
俺は思わず笑っていた。
「すみません、昔話を思い出しまして」
俺は目の前にコショマーレ様がいたことを思い出し、思わず弁解していた。
といっても、俺の心の中はすでに読まれているだろうが。
「あ、昔話といっても、俺の子供の頃の話とかじゃなくて、お伽噺です。昔々から始まるやつですね。でも、あれは今は昔から始まるほうが有名なのかな」
【今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹を取りつつ、よろづのことに使ひけり】
そんな一文から始まる、現存する日本最古の物語。
竹取物語。
かぐや姫という絵本なら有名だろうか?
あの物語の結末は、かぐや姫から貰った不死の薬を山の頂で燃やした。だから、不死の山、富士山となった。
そういうオチだった。
別に、「お伽噺で不死の薬を燃やした場所で、死体の灰を撒くのって皮肉だな」と笑ったわけではない。
竹取物語を元に描かれた絵本――かぐや姫を思い出して笑ったんだ。
ミリの奴は物心ついたときからかぐや姫の本ばかり読んでいた。しかも何種類も。
で、俺は聞いたんだ。
かぐや姫が好きなのか?
そうしたら、ミリは必ずこう言った。
「大嫌い」
大嫌いと言うのに、読み続ける。
大嫌いというのは嘘で、実は好きに決まってる。
あいつ、実はツンデレ属性も持ってるんだよな、と中学生の時に思ったものだ。
「結局のところ、子供の頃の昔話だね。で、どうするんだい? 迷宮クリア報酬は要らないのかい?」
「いります! ください!」
俺がそう言うと、ルーレット、くじ引きの箱、ダーツが出現した。
三度目にして、じっとルーレットを見る。
「ルーレットにするのかい?」
「空間魔法ってこの中にはないんですか?」
「ないよ。1/38の確率で空間魔法を持っていかれたら、世の中空間魔法術者だらけになっちまうからね」
ダーツにも空間魔法の文字は無かった。
「……えっと、じゃあくじ引きで手に入るんですか?」
「正解だよ。くじでいいのかい?」
「……はい」
くじかぁ。
高さ、幅、奥行き三十センチ程度の木箱、穴が空いていて、穴の中は不自然な闇が覆っていて、中は見えない状態になっている。
どのくらいの確率で空間魔法が手に入るのかわからない。
これは、まさに確率表示と景品表示がないガチャだな。
「じゃあ、キャロルの分から順番に引きな」
「え? 三人とも俺が引いていいんですか?」
「いいよ。そのために幸運値も上げてきたんだろ?」
ありがたいが、それゆえに責任重大だな。
キャロは前回は1000センスという微妙なものだったからな。
「よし、引きます」
俺は箱の中に手を入れた。
小さい箱だからすぐに底につく、そう思った。が――
箱深っ!
勢いよくつっこんだせいで、肩のあたりまで入ってしまった。
これ、空間魔法つかってるんじゃないか?
箱の中を小さなボールが舞っている――そんな感じだ。
俺はそこから一つの玉を抜いた。
――解読?
球にはそう書かれていた。
黒い球に白文字だ。
スキルだろうなぁ。
「古い文字等を解読するスキルだね」
「……また微妙なものを……すまない、キャロル」
「学者からしたら喉から手が出る程欲しいスキルなんだけどね」
コショマーレ様がフォローをしてくれるが、学者じゃないからなぁ。
次はハルの分らしい。
俺は箱の中に手を入れた。
んー、戦闘スキルなら、まぁなんとかなるだろ。
唸れ、俺の幸運値!
俺は玉を引いた。
そして、出てきたのは、赤い球。
「……風の弓」
「おぉ、当たりだね。風の弓は、矢の要らない弓さ。弦を引くと、風の矢が飛び出るんだよ」
魔弓といったところか。レアなのは違いないが、戦闘スキルどころか剣ですらないのか。
本当に幸運値の効果あるのか?
「言っておくけど、風の弓は売れば金貨8枚はするレアアイテムだよ」
……レアメダルの倍以上か。
確かに当たりだな。
一般的には。
よし、最後は俺だ。
箱の中に手を入れた。
今度こそ――空間魔法が欲しい! それが無理なら、せめてハルと交換できるような剣が!
俺は指の先に全神経を集中させる。
見える! 見えるぞ!
無限に広がる宇宙のような空間に、さながら煌く星々のように散らばる玉。
その中から、光る玉――シャイニングボールを俺は握り、箱からこの手で引き抜いた。
【生活魔法】
…………え?
【称号:迷宮踏破者Ⅱが迷宮踏破者Ⅲにランクアップした】
【クリア報酬スキル:生活魔法が生活魔法Ⅱにランクアップした】
思わぬ結果に、俺が首をかしげると、コショマーレは、
「運がいいね。生活魔法はクリア報酬でしか手に入らないから、生活魔法Ⅱまで覚えている人は少ないんだよ」
「あの、女神様、一つだけ伺いたいんですが」
俺は恐る恐るコショマーレ様に訊ねようとしたが、コショマーレ様は俺の心を読んで、先に答えを言ってくれた。
物欲センサーはないそうだ。
全員当たりです。むしろ大当たりです。
ハズレはタワシですから。