山の中の迷宮探索(前編)
寝汗をかいた体と服、そしてシーツなどを「浄化」で洗い、朝の身支度を整えた。
朝、宿屋で朝食を食べる。
今日の朝食は昨日と同じ硬いパンと、山羊乳だ。
山羊乳は独特な臭みがあるが、まぁ飲めないことはない。慣れたらおいしくいただけそうだ。
「おばちゃん、今日は迷宮にいって、またここで泊まるんだけど、二部屋いけるかな?」
「シングル一部屋、ダブル一部屋でいいかい?」
「はい、それで」
俺は朝食に出された硬いパンを山羊乳に浸して口に運びながら頷き、パンを咥えたままアイテムバッグから銀貨1枚を取り出しておばちゃんに渡した。お釣りはチップで、と言っておく。
この店にはチップフリーの看板がなかったから必要だろうとハルに昨日言われていた。
今夜もシチューが出ることを確認すると、アイテムバッグから狼肉を取り出した。
冒険者ギルドで買い取ってもらえず、肉屋にも結局持って行かなかった狼肉のほんの一部だ。
「これ、狼の肉なんだけど、今夜のシチューに入れてくれないかな。残った分は好きに使っていいから」
「へぇ、いい肉だね。本当にいいのかい?」
「肉が食べたい気分なんで」
「わかった。任せておきな、とっておきの料理を作ってやるよ」
うん、おばちゃんの料理の腕は信用できると思う。
【料理人:Lv18】
職業鑑定結果、そこそこレベルの高い料理人だしな。
朝食を食べ終えた俺達は、徒歩で近くにある迷宮の入り口を目指した。
話に聞くと、ここにある迷宮は、とても珍しい、地下に続く迷宮ではなく、上に登っていく迷宮なんだという。
キャロは「自分は役に立たないから」と迷宮に行かずに留守番をしたいと言ったが、今から行く迷宮は中の下で、ベラスラにある迷宮よりも難易度の低い迷宮だと聞いたから、キャロにもついて来てもらうことにした。
キャロのレベルを上げたいと思ったから。
迷宮に向かう間に、キャロが俺に提案をしてきた。
「イチノ様、キャロの職業を見習い魔術師から農家に変えてもらえないでしょうか?」
「どうしてか聞いていいか?」
「薬師になってキャロがマナポーションを作れるようになれば、イチノ様の錬金術の助けにもなりますから」
「そうか。じゃあ農家にして、レベルが上がったら採取人、薬師の順番だな」
「はい、まぁキャロが貰える経験値は1/6だけですから、採取人にレベルアップするのも少し先ですが、採取人になれたら道に生えている薬草などを摘んでレベルを上げられます」
「案外すぐに採取人になれると思うけどな」
俺は思わせぶりなことを言って、迷宮を目指した。
歩いて10分くらいの場所に鍾乳洞の入り口のような穴があった。
ここが迷宮の入り口か。
当然だが、見張りなんて誰もいない。
俺達はそのまま迷宮の中に入って行った。
「今更だが、なんで迷宮の最奥に女神像があるんだ?」
俺は今更ながらそんなことを思った
「女神像に祈れば加護が得られるのなら、わざわざ迷宮の最奥じゃなくても入口付近に女神像があればいいんじゃないか? とか、そもそも、誰が何の目的で女神像を迷宮の一番奥まで運んだのか? とか思ってな」
「迷宮と女神像の役割のためですね。女神像はそもそもが瘴気を集めて浄化するための魔道具なんです」
「そうなの?」
「はい。地上でも迷宮の中でも、魔物を倒すと瘴気が出ます。瘴気は悪魔の餌となり、それを糧とし悪魔は成長します。それを防ぐために瘴気を集めて浄化する女神像を、女神様が自ら作りました」
「女神様が?」
「はい。ですが、問題が起きました。地上に溢れる瘴気の量が増え、浄化が間に合わず、瘴気が魔物になり、人々を襲いました。そのため、魔物を閉じ込めるように作られたのが迷宮なんです。迷宮に魔物が湧くのはそのためで、迷宮に難易度があるのは、その地域の瘴気の濃さや、迷宮の数、そして女神像の瘴気を集める強さによって決まります」
「じゃあ、ボス部屋っていうのは?」
「ボスは一番濃い瘴気の塊から生み出されます。再度出現するまでに時間がかかるのは、瘴気が集まるまで時間がかかるからです」
ベラスラの迷宮で24階層にミノタウロスが出現しやすいのも、地下に続く階段が複数あるあの迷宮では瘴気が地下に流れ込みやすく、だが最下層に続く階段が1ヶ所しかないため瘴気が溜まっているためなんだとか。
「フロアランスに迷宮が三つあるのは、フロアランスに瘴気が溜まりやすいからなのか?」
「そう言われていますね。原因は私も知りませんが」
なるほどな。
つまり、迷宮の魔物は瘴気から生まれたから倒すと消えてしまう。
地上の魔物は瘴気から生まれた魔物ではないから倒しても消えない。
ということは、ドロップアイテムは瘴気の塊なのか、と言われたらそうではなく、瘴気の塊は魔石のほうらしい。
じゃあ、ドロップアイテムは何なのか? それは偉い学者が研究中とのこと。
「ミノタウロスが肉とか落としてて、結構拾ってるんだけど食べる気なくすな」
「でも、魔物が迷宮内で落とす肉や果肉を食べると身体を壊すという話は聞きませんし、問題ないかと」
「気分の問題だよ」
とはいえ、まぁ、食わず嫌いはダメだよな。
うん、今の情報は忘れよう。
他にも、迷宮内で死んだ人や地面の上に置かれた物を迷宮が吸い込んでいくのは、死体やアイテムに瘴気がとり憑いて、魔物化するのを防ぐためのシステムらしい。
「この迷宮では、俺は魔法特化で行くからそのつもりでいってくれ。キャロは俺の横にいて、ハルが前で」
迷宮のほうが索敵がある分不意打ちされにくい。
外にいたら遠くから攻撃されたら危ないから一応は物理特化にしている。
ちなみに、現在の職業は、無職・見習い魔術師・魔術師・見習い錬金術師・見習い法術師だ。
「わかりました」
「はい」
とその時だ。
俺よりも先にハルの尻尾がピンっとなった。
「何かの匂いがします……毒を持っている魔物の臭いです」
「毒かぁ……ちょっと厄介そうだから、ハルは前に出過ぎるなよ」
しばらく歩くと、俺の索敵にもひっかかるようになった。
曲がったところにいるな。
よし――
「プチファイヤ! プチウィンド!」
小さな炎を飛ばし、炎を曲げて飛ばす。
【イチノジョウのレベルが上がった】
魔法を使ったことで、魔術師のレベルが上がったようだ。
秘技、火炎カーブ球だ。
と思ったら、炎の球は結局、曲がったところの壁に激突したようだ。
爆発音ともに、前方から魔物――セントバーナードくらい大きな赤いカエルが飛び出してきた。
「プチストーン!」
名誉挽回とばかりに石を飛ばしてその赤いカエルを倒す。
紫色の血があたりに飛び散って、迷宮に吸い込まれるように消えていった。
残ったのは魔石と、紫色の粘液。
【イチノジョウのレベルが上がった】
【見習い魔術師スキル:氷魔法を取得した】
【魔術師スキル:土魔法が土魔法Ⅱにスキルアップした】
【魔術師スキル:MP強化(微)を取得した】
【見習い法術師:回復魔法が回復魔法Ⅱにスキルアップした】
うん、いい感じだなぁ。
マジックリストを見てみると、キュアという魔法を取得したようだ。
さすが取得経験値20倍、必要経験値1/20だ。こんなに簡単にレベルが上がっていいんだろうか。
「あ……あの、イチノ様」
「ん? どうした?」
「何故か、レベルが上がったようなんですが……」
「おめでとう。何かスキルは覚えたか?」
「はい、採取人の職業が解放されたのと、鎌装備のスキルが……ではなく、レベルアップが早すぎるんです」
キャロが本気で戸惑っていた。
さて、キャロの驚く表情も可愛かったし、俺の天恵のことを説明しないとな。