キャロの商売術
晴れて行商人としての第一歩を踏み出したキャロは、早速俺と一緒に交易商の店を訪れた。
ちなみに、ハルには馬車の手配をしてもらっている。レアメダルを1枚渡し、それを換金して馬車を買うように頼んだ。
本来はそういう大金を扱う買い物は奴隷一人でさせるものではないとハルは戸惑ったが、ハルのことを全面的に信用しているからと言って頼んだ。
そのため、今はキャロと二人きりだ。
いくら行商人の娘とはいえ、相手は百戦錬磨の交易商人。
全部キャロに任せたら騙されてしまう可能性もあるからな。
「ダキャットでは何が高く売れるんだ?」
「そうですね。一般的にはダキャットでは塩が高く売られると言われています。ダキャットは肉を塩漬けや干し肉にして保存しますが、海からは遠いですし、岩塩の採掘量もそれほどありませんから。この町の東にある塩湖の塩が高く売れます」
塩の貿易か。大航海時代あたりの貿易みたいだな。
内陸部は塩が貴重品だというのは確かだし、塩を運ぶか、そう思ったんだが。
「いえ、塩はやめて香辛料にしましょう」
「どうしてだ?」
「今年は乾期が来るのが例年より早く、大体の交易商人は既に塩をダキャットに運んでいます。ですが、魔物の肉を解体して塩漬けにするのは二週間後の馬追祭の後と決まっていますから、あと二週間はダキャットの交易商の倉庫に塩が余っている状態です。なので今売りに行っても安く買いたたかれるのが関の山です。逆に塩を運ぶ交易商が多いこの時期は通常運ぶ香辛料の量が減りますが、馬追祭で肉を焼くときに香辛料が多く使われますから需要も高いですし」
キャロが説明を続けた。
その説明に俺は舌を巻いた。
香辛料って、ますます大航海時代だな。東インド会社みたいだ。
「嬢ちゃん詳しいわねぇ。それで正解よ。塩は今売りに行っても路銀になるかどうかだね。胡椒と唐辛子でいいのかい?」
キャロの説明を一緒になって聞いていた交易商のおばさんが言った。
「はい。それでよろしいでしょうか、イチノ様」
もちろんだ……というか、俺は正直それが正しいのかどうかわからないからな。
「どのくらい買うんだい?」
キャロには俺の所持金は伝えている。
約7万センス。
なので、6万センスまでは交易に使おうと言ってある。
この様子なら全部香辛料を買ってもよさそうだ。
そう思ったのだが、
「最大個人推奨量はどのくらいでしょうか?」
「ダンニ樽5つ分、25800センスだね」
「では、それだけお願いします。残り34200センスで鉄も買いたいんですが」
「インゴットかい? それとも鉱石かい?」
「鉱石でお願いします。中身を見せてもらいたいんですが」
「よっぽどいい馬車を持ってるんだね。はいよ」
おばちゃんが部下に命じて鉄鉱石の箱を持ってこさせた。
キャロはその鉄鉱石を見ていると、おばちゃんが値段を提示した。
「エーグル箱7箱で28700センスでどうだい? 在庫が少ないんでね」
「西の鉄鉱山で新たな鉱脈が見つかったという情報がありました。今は在庫も少ないでしょうが、これから鉄鉱石が倉庫に溢れかえるんじゃないでしょうか?」
「弱ったね。そこまで調べているのかい。7箱28000センスでどうだい?」
「合わせて45000センスでお願いします。」
「四万ごせ……それはいくらなんでも安すぎるよ」
「新しい鉱脈で見つかった鉄鉱石は今在庫になっているであろう鉄鉱石よりもはるかに純度が高いと聞いています。そうなると、今ある鉄鉱石は下手すれば在庫のまま倉庫に眠り続けることになりますよ? ここで売っておいた方が得策かと」
「……参ったわ。でも合計50000センスが限度だね。エンドだよ」
おばちゃんが諦めたように言う。
54500センスが50000センスになった。
4500センス……45万円も安くなったのか、この短時間に。
キャロがこれでいいですか? と俺に聞いて来たので、俺は黙って頷いた。
金貨をキャロに5枚渡す。
取引が終わった、と思ったらそれだけではなかった。
香辛料の品質確認や樽の容量の確認、鉄鉱石の中にただの石が混ざっていないか確認などもすることになった。
ちなみに、俺がわからなかったことを全部聞いてみた。
鉄鉱石の情報などは先週、買い物をしている時に耳に挟んだらしい。小人族はとても耳がよく、情報収集を得意とする種族で、その血をしっかり引き継げていると言っていた。ちなみに、鉄鉱石の純度に関しては口から出まかせらしいというから恐れ入る。
ダンニ樽とかエーグル箱というのは樽と箱の名前。規格品であり、それによって容量が決まっているとか。
最大個人推奨量というのは、個人の行商人が買うことが許される重量。買占め行為は禁止されてはいないが、他の行商人からにらまれてしまうので、推奨と言われる。
鉄を買う理由は、小競り合いが続くダキャットでは武器や防具の生産のために鉄が必要だからだそうで、インゴットではなく鉄鉱石を運ぶことにしたのは、製鉄技術がダキャットのほうが上だから売るとしたら鉄鉱石の方が儲けが出るからだそうだ。
ただし、鉄鉱石は不純物を含むうえ重いから重さあたりの単価は安いので、大きなキャラバン以外は鉄鉱石を運ぶことはあまりしないそうだ。俺のアイテムバッグがあるから鉄鉱石にしたみたいだ。
おばちゃんが言った「エンド」という言葉は、これ以上はどんなことがあっても絶対に値段を下げないという意志表示であり、こう言われたら行商人はその値段で買うか買わないかの選択を迫られるようだ。
ちなみに、香辛料の方の値段にも僅かに交渉の余地があったそうなのだが、あえてそこには追及せずに鉄鉱石のことだけに集中したのは、細かいこと全てを指摘して交渉する行商人は腕はいいのだが嫌われる行商人の典型的な見本だと両親に教えられたからだという。
恐れ入った。
俺がキャロのサポートをするつもりでついてきたが、全く必要なかったどころかただ突っ立っていただけだ。
これならハルについていった方がよかったか、と思ってしまう。
用意された樽と箱を全て店の裏に運び、誰も見ていないのを確認し、アイテムバッグに収納した。
思ったより時間がかかったので、ハルは馬車を買い終えているだろう。
この調子だと、馬車の購入もキャロに頼んだ方がよかったかもしれない。彼女なら馬車も安く買えたんじゃないかな。
そう思って、町の西にある牧場に向かった。
そして――そこで俺達が見たのは、とても立派な馬車だった。
その馬を引く白馬をハルがブラッシングしていた。
キャロが言うには、レアメダル1枚で3万センス。
3万センスで馬車と馬を買おうとしたら、三人ギリギリ乗れるくらいの馬車だろうと言っていた。
御者台には俺とハルが交代して座る予定だったし、荷物も載せる必要がないのでそれで十分だと思っていたんだが、そこにある馬車は10人は乗れるであろう大きなもので、白馬もまた立派なものだった。
ということは、この馬車は俺達の馬車ではないのは明白だ。
「ご主人様、お待ちしておりました」
「ハル、馬車は買えたのか?」
「はい、この馬車です」
この馬車は俺達の馬車だったらしい。
え?
「おや、ハルワタートさんのご主人様ですか?」
そう言ってやってきたのは、【魔物使い:Lv8】の男だった。
そうか、馬も一応魔物になるからな。牧場主には相応しい職業だ。
「はい、あのこの馬車って」
「恐れ入りました。この白馬は当牧場きっての暴れ馬でして、誰にも決して懐かず、殺処分するしかないと思っていたのです。が、ハルワタートさんが来るや否や、この白馬が服従のため頭を下げたのです。その姿に私は感動しました」
「……はぁ」
「しかも、ハルワタートさんは魔物使いではないとのこと。つまり、スキルではなく、この白馬は本能的にハルワタート様を主人として認めたということです。これも運命と思い、この馬はハルワタートさんに差し上げることにしたんですよ」
「……はぁ」
俺、さっきから「はぁ」としか言っていない気がする。
「馬車をお探しとのことでしたので、この馬に相応しい馬車を、知り合いの店に頼んで用意させていただきました」
馬の予算が浮いた分、馬車がかなり立派になったようだ。しかも、知り合いの店に頼んだということで友人割引当たりが適用されていそうだ。
ハルは馬をブラッシングしながら、「ご主人様、この馬の名前はどうしましょうか?」と聞いてきた。
弱ったな。
うちの仲間が優秀すぎて俺が目立たない。
それ以上に……こんな大きな馬を操りたくないな。馬に蹴られて死んだ俺としては。
でも……尻尾を振ってブラッシングしているハルを見てこの馬を買うしかなくなる。今の俺のステータスなら馬に蹴られて死ぬことはなさそうだし。
「……あぁ、名前はおいおい考えるとして、よくやったな、ハル」
俺はぎこちない笑顔でそう言ってハルを褒めた。