自分の価値を見出すのは
遊び人のレベルが7も上がり、【カード装備】というスキルを手に入れた。
カードって、トランプみたいな奴だよな?
変わったスキルもあるもんだ、と思った。
昨日は5レベルしか上がらず、ミノタウロスを倒してレベル10になったのに、なんで今日7レベルも一気に上がったのか? それはまぁ、俺も上達してるってことだろ。
朝起きた俺達は、二人揃って素振りの稽古をすることにした。
朝食前の鍛錬で、俺も剣士としてレベルがだいぶ高くなってきたためか、30分程度ではレベルも上がらなかった。
400倍しても200時間、1日5時間鍛錬で40日分程度なら無理なのか。やっぱり実戦に勝る経験はないということらしい。
本来なら汗をかいたのでお風呂に入りたいんだが、当然そんなものはない。
でも、俺には秘密兵器がある。
「浄化!」
生活魔法で覚えた浄化を自分にかける。
すると、体を泡が包み込み、次の瞬間には汗のベトベト感が綺麗になくなっていた。
この浄化が人体にも有効であるとわかったのも昨夜だった。理由があって汚れてしまったシーツを洗おうと浄化を使った後、同じ理由で大量の汗とともに汚れてしまった俺達も洗えるかと思って浄化を使ったところ成功したのだ。
服ごと身体を丸洗いしているみたいだ。
とても気持ちいい。
クールタイムが終わる30秒後、ハルにも使う。
それだけで、体の熱が冷め、汗もすっかり消え去り、白い髪や耳、尻尾の先までトリートメントしたみたいに綺麗になる。惚れ直すよ。
本当に便利なスキルを手に入れたものだ。
本来ならここまで凄い効果は出ない――渇いたタオルで拭く程度らしいのだが、浄化を使うときに俺が魔法特化職業に変更して魔法攻撃力を上げているためらしい。
マジックリストを見ると、浄化にも熟練度とレベルがあるようなので、何かあるたびに使っていこうと思っている。MPも1しか消費しないし。
シーツなど部屋に入ったときは少し黄ばんでいたのに今は真っ白だ。ここまで完璧だと、宿屋からも感謝されるだろうな、と思って朝食を食べていたら、宿屋の店主に、
「できるだけ夜はお静かにお願いします」
と注意された。ハルの尻尾が恥ずかしさのあまりシュンとなった。
俺も恥ずかしい、顔から火が出そうだ。
でも、仕方ないじゃないか。キャロが仲間になったら今まで通りにできるとは限らないんだし。
遊び人を見習い鍛冶師に設定して奴隷商館に向かった。
奴隷商館では、クインスではなく、キャロが掃除をしていた。
キャロは俺に気付いたのか、会釈をし、
「おはようございます、イチノジョウ様」
と笑顔で挨拶をした。その表情は、一昨日、自らの死を望んでいた彼女からは考えられない元気な――そして年相応の笑顔だと思ったんだが――なんだろう、横にいるハルの表情が険しくなっている。
昨日、ギルドを出たときに言った彼女の言葉が蘇る。
『ご主人様……キャロを身請けしても、私のことを捨てないで下さい』
ハルらしくもない――だが、それがハルの本音なのだろうと思う言葉。
俺はハルのことを大切に思っている。
どのくらい大切かというと、日本に残してきた妹と甲乙つけがたいくらいに大切に思っている。
どちらか一人の命を選ばないと俺が死ぬというのなら、迷わずどちらも選ばないくらい。もちろん、どちらも選ばないうえで全員助かる方法を模索するのは忘れないが、少なくとも俺にとって二人は掛け替えのない大切な存在だ。
でも、ハルが不安になる気持ちも正直少しは理解できる。
一般的に、愛情というのは数が多ければ多いほど、分散するとか言われているからな。
でも、仲間としてなら、多ければ固くなる絆もあると思いたいんだけどな。
「おはよう、キャロ。クインスさんはいるかい?」
「はい、クインス様なら中でお待ちです」
「そうか、キャロも一緒に来てくれないか」
「はい……お供させていただきます」
俺は奴隷商館に入ると、クインスさんは木の皮で編まれた椅子に座り、キセルを吹かせていた。
「おはようございます、クインスさん」
「おはよう。で、キャロルから話は聞いたのか?」
「いえ、まだです」
「そうかい。なら、キャロル、自分で言うんだ。いいね」
「はい」
キャロは笑顔で俺の方を向き、
「イチノジョウ様、まずは私のことを二度も助けて頂いたこと、そして女神様に私の職業のことを相談し、私の職業を平民に戻してくださったこと、改めてお礼を申し上げます」
キャロは深々と頭を下げた。
そして、その顔を上げても彼女は笑顔のまま言う。
「そして、イチノジョウ様が私を身請けしたいと言ってくださったこと、とてもうれしいです」
「それなら――」
俺についてくるのか?
そう言おうとしたら――
「すみません」
キャロは首を横に振った。
「気持ちはとても嬉しいです。ですが、私はイチノジョウ様についていくことはできません」
「……そうか」
「はい。申し訳ありません」
キャロが頭を下げた。
これもキャロが決めたことなら、俺は彼女の意志を尊重しよう。
そう思った時だった。
「キャロさん、それはご主人様のためですか?」
横で、ハルが真顔で尋ねた。
俺のため?
「キャロさん、思ったんじゃないですか? 誘惑士としての力を失い、ただの平民になった自分にはご主人様についていく価値なんてないんじゃないかって」
「それは……」
「私も同じことを思いました。私が護る必要がないくらい強いご主人様といて、私には価値があるのかと」
ハルはそう言った後、
「でも、私は思ったんです。価値がないなら価値がでるまで努力をすればいいって。ご主人様に相応しくない奴隷だと思うのは簡単です。ですが、それは自分の価値を自分で壊すことにしかなりません」
「私の価値……」
「クインスさんは言いました。ご主人様に、キャロさんの価値を見出すことができるのなら買ってほしいと。でも、その前に、キャロさんが自分の価値を見出さなくてはいけません。キャロさんは、本当にご主人様の役に立つことができないのですか?」
「私のできること……私は――」
キャロは少し言い澱んだ後、
「私は、今日まで多くの町について勉強してきました!」
そう叫んだ。
「各地の特産品、情勢、何がおいしくて、何が禁忌か。どんな種族の人がいて、どんな物が高く売れて、どんな仕事をしている人が多いか。いつか行商人になれたらと思って、夜、一人で自室にいるときはずっと勉強していました!」
「それは凄いな――俺には絶対にない特技だ。俺はこれから世界を見て回りたいと思っている。とりあえず、マレイグルリを目指してはいるが、正直、どうやって行けばいいかも曖昧なんだ。地図とか売ってないしな」
お世辞ではない。とりあえずマレイグルリは南東にあるというから南を目指したんだが、どうやって行ったらいいか、本当にわからないでいた。
「なら、私が道案内できます! イチノジョウ様、キャロを……キャロを買ってください!」
「もちろんだよ」
俺の返事に、クインスは黙って立ち上がると、彼女を身請けするための書類を用意しはじめた。




