小さな頭の思いの交錯
・イチノジョウ&ミリの視点では1人称
・他の人の場面(主に閑話)では3人称
で物語が進行しています。ご了承ください。
迷宮の外にたどり着いた俺達は、一目散に薬師の店を目指した。
道すがら聞いた話では、この国では輸血は首都でしか行われていないんだという。
採血専用の奴隷を用意しており、直接血液をとって採血――時には奴隷も死に至ることもあるのだとか。
心が痛む話ではあるが、そうなる奴隷は重罪を犯した犯罪奴隷だけらしい。
血液パックとかはないんだな。
そのため、血を増やすには、薬師の作った増血剤を飲ませるのが一番だという。
傷みやすい薬であるから冒険者はほとんど持っていない薬なんだそうだ。
薬師ギルドの施設の中までセバスタンを運んだ。
彼の症状――そして、オレゲールの身なりを確認して、お偉いさんがすっ飛んできて、すぐに薬を処方して治療を始めると言ってくれた。
奥の部屋に運ばれていくセバスタンを見送り、
「大儀であった。これは僕からのお礼だ」
そう言って、貨幣の詰まった小袋を俺に渡した。
「……貰っておくよ」
半分はジョフレとエリーズの分だからな。
「ああ、そうしてもらわないと困る。ハルワタート、達者で暮らせ……そして、僕はいつかもっと強くなる。その時は一度、手合わせを願う」
「強くなるのはいいが、あまり周りに迷惑をかけるなよ」
「うむ、心がけよう」
本当にわかっているか不安になるが、でも、それほど悪いやつじゃなかったな。
そして、キャロを奴隷商館に返却するように頼まれた。
薬師ギルドを出ると、ハルとキャロ、ジョフレとエリーズが待っていた。
「セバスタンは大丈夫だろう。俺達は一度奴隷商館に行くが、二人はどうするんだ?」
「僕達は観光――よりは飯だな、美味しい物も食べたいし」
「保存食、あまりおいしくなかったものね」
あれだけ食い散らかしておいて、おいしくなかったとばっさり切りやがった。
「それに、これを換金したらしばらく遊んで暮らせるからな」
「遊んで暮らせるわね」
二人がレアメダルを前に掲げた。
レアメダルは魔物を強くするアイテムだ。通常はとても珍しいレアモンスターと呼ばれる魔物を倒さないと手に入らないらしい。そして、1枚3万センス。2枚で6万センスと、かなり高価なアイテムでもある。金貨の3倍の価値がある。俺も4枚持っているからな、一緒に換金しようか。
そう思った時だ。
「「あ」」
ケンタウロスがパクリとジョフレとエリーズの手に噛みついた。
思わず二人が手を引き抜くと、その手には涎がべっとりとつき――レアメダルは――
――ゴクン。
そんな擬音とともにケンタウロスの腹の中に入っていった。
「吐き出せ、吐き出すんだ、ケンタウロス! それは僕達の食費なんだぞ!」
「私達、お金ないの。お願い」
二人に揺さぶられるケンタウロスだが、そいつは二人を気にせずに、餌として俺が用意してやったニンジンを食べ続けていた。流石に二人も怒るだろう――そう思ったのだが、
「ま、いっか。考えてみればレアメダルが手に入ったのもケンタウロスのおかげだしな」
「そうね。ケンタウロスがいなかったらこの町にもたどり着けなかったものね」
二人はもう納得したようだ。バカという言葉はこういう時、褒め言葉としても使える言葉なんだと思う。
まぁ、魔物を強くするメダルだから、使い方としては間違ってないしな。
「二人とも、オレゲールから金を貰った。半分はお前らが貰ってくれ」
そう言って、俺は皮袋の中身を確認する。
銀貨の束と金貨が混ざっていて銅貨は1枚もない。
そこそこの――いや、最近は金銭感覚が崩壊しつつある、日本にいた頃を思えば、かなりの大金だ。
合計86000センスあったので、43000センスずつ分けることにした。
ちなみに、ジョフレとエリーズもいつの間にかアイテムバッグを持っていた。拾ったと言っているので、本当に拾ったのだろう。
「おぉ、これで美味しいご飯が食べられるな」
「それとケンタウロスにつける二人乗り用の鞍を買いましょ。後、ジョフレの鎧も買わないとね」
「そうだな、直接乗ったら結構疲れたからな。後、エリーズの鞭も買わないとな」
「ううん、私の鞭を買うならジョフレの剣が先よ。だってジョフレは私の騎士様なんだもの」
「いや、僕の剣を買うなら先にエリーズにバックラーを買わないと。姫を守ることを第一に考えるのが騎士の役目だろ?」
「……ジョフレ」
「……エリーズ」
「スラッシュ!」
俺のスラッシュが二人の間の地面にめり込んだ。威力が上がっているな。
まぁ、二人も慣れたもので、俺のスラッシュにはもう驚こうともしない。
「三人も来ないか? 祝勝会をしようぜ!」
「勝ちを祝う会よ! ねぇ、ジョフレ、私達誰に勝ったのかしら?」
「それはもちろん、自分自身さ! 僕たちは、毎日昨日の自分に勝って今日を生きてるのさ」
「じゃあ毎日祝勝会しないといけないわね」
うん、毎日祝勝会ではなく、毎日ハッピーデイだろ、お前たちは。
幸運値関係なく、幸せのステータスはメーターの針が吹っ切れていることだろうな。
「いや、さっきも言ったが、俺達は奴隷商館に行かないといけないからな、二人とはここでお別れだ」
「そっか! じゃあ幸せにな! ジョー! ハル! キャロ!」
「幸せにね! ジョー! ハル! キャロ!」
幸せな奴らが、ケンタウロスに乗って、俺達に幸せを祈って去っていく。
日本にいたころに山ほど貰ったお祈りの100倍適当な言い方なのに、比べられないくらい俺の心を満たしてくれた。あいつらはきっとどこに行ってもああして生きていくんだろうな。
幸せな人は周りを幸せにする。
ちょっとイラっとすることはあるし、周りがついていけないことのほうが多いけれど。
幸せに……か。
「幸せに生きないとな」
俺はキャロを見て――彼女も幸せに生きてもらわないといけないな、と思った。
だから、この町でキャロと別れて決意した思いをあっさりと翻す。決意の壁が脆くも決壊し、新たに決意の壁を建設した。
キャロを身請けしよう。
そして、彼女のその指を見て、ハッとなる。
「仲良しリング返すの忘れてた」
「……追いかけますか?」
ハルの鼻をもってすれば、追いかけることも可能だが、俺は首を横に振った。
「あいつらとはまた会うだろうしな、その時でいいや」
それはただの予感だった。だが、その予感が間違いでなかったことを知るのは近い未来のことだ。
そして、キャロに尋ねた。
「キャロ、俺と一緒に旅をしないか?」
「え?」
「俺達はのんびり旅を続けている。理由は、あってないようなものなんだが。アイテムバッグもあるし、行商人としてレベルを上げるためにも、俺達と三人で旅をしないか?」
「でも、キャロは奴隷ですよ」
「キャロを身請けする金ならなんとかなるだろ。オレゲールから金ももらったし、売れるアイテムもある。それにアイテムバッグがあれば、他の行商人より金を稼げるからな、すぐに儲けが出るさ」
「……でも」
「今すぐ答えを出せとは言わないさ。俺達はもう少しこの町で装備とか整えて明日出ていく予定だ……って勝手に決めてよかったかな、ハル、どこか行きたいところある?」
急に不安になってハルに尋ねたが、彼女は笑顔で首を振り、「全ては御主人様の心の赴くままに」と言ってくれた。
なので明日、旅に出ることになる。
「キャロ、その間ゆっくり考えておいてくれ」
「はい……ありがとうございます」
キャロの小さい頭では現在様々な思いが交錯しているのだろう。
願わくば、その答えが、自分の幸せのために向かっていてほしい。
この時、俺はそう思い、三人で奴隷商館を目指した。
~閑話~
六柱の女神の降り立った土地――そう言い伝えられる丘がある。
キュピラスの丘。
そこに1200年前に建立されたキュピラス大聖殿。
そこに、勇者アレッシオ・マグナールは軟禁されていた。
軟禁、そんな言い方をすれば、教会への反逆罪により逮捕――下手すれば処刑されるかもしれない。
だが、勇者アレッシオその人が、自分の置かれた立場は軟禁状態だと思っていた。
魔王を討伐し、彼は本当の意味で勇者となった。
生まれたときから勇者として教会で育てられ、成長した彼は、僅か14歳で旅に出ることになる。
魔王退治の旅、そう言えばどれほど立派なものかと思うかもしれないが、14歳の彼に教会から支給されたのは銀の剣と3000センスのみだった。
「勇者は他にもいる。君は勇者の一人に過ぎない」
そう言われた。実際、彼とともに過ごしてきた友――いや、同窓生というべき者は全員が勇者であった。勇者でなくてはならない運命を持って生まれてきていた。
だから、彼は自分の境遇に何も疑問を持たなかった。
おかしいと思ったのは、いや、おかしいと気付かされたのは、仲間との出会いだった。
魔術師ハッグ。魔導技師ダイジロウ。
二人との出会いがなければ、勇者アレッシオは、「勇者としての駒の一つ」に過ぎなかっただろう。
自由に動けるように見えて、盤面の外に移動ができないチェスの駒のように、彼は勇者という盤面に捕らわれ続けていたことだろう。
だが、仲間とともに旅をしている間、彼は本当の意味で勇者としての「自分」であった。今はそう思える。
だからこそ、教会の中で勇者としての「役割」を押し付けられている自分が耐えられない。
ただ実務を押し付けられ、自由に出歩くことも、大人になったら飲んでみたいと思っていた安い麦酒を飲むことも許されない。
今にも逃げ出したい、そう思っていた。
そんなある日、彼に転機が訪れた。魔術師ハッグが訪れたのだ。
10年振りに見る彼の顔はあまり変化はない。
だが長い髪が自慢だった彼の頭は全ての毛が抜け落ち、ツルツルになっていた。笑ってはいけないとは思うが、視線はついつい上に向かってしまう。
「人の頭ばかりを見るな、アレオ。それより、今日はお前に伝えたいことがあってやってきた」
ハッグは自分の頭に視線を向けられていることに嘆息しながらも、アレッシオにそれを伝える。
「……魔王の封印の一つが解かれた。アランデル王国の奴だ」
「……!?」
その言葉の意味を考え、アレッシオは驚愕した。
あと数十年、たった数十年待てば全てが終わるはずだった封印がもう解かれたという真実に。
「魔族の仕業か?」
「いや、あそこは街道から近いからな……誰かがたまたま隠し迷宮を発見して、偶然隠し扉の解除に成功して魔玉を持ち去ったという可能性もある」
「たまたまと偶然が続くね……」
それでも、あそこに作った罠は古典的だが有効的なものだったはずだ。
一度間違えたら1年間は扉が開かないように細工もし、その情報がハッグに伝わる。1年の間に何か手を打つ算段だったはずだ。
「でも、そうか。魔王の封印か、それは厄介だね」
「……随分嬉しそうだな」
アレッシオの頬が緩んだのをハッグは見逃さなかった。
「……勇者ってやっぱり魔王を倒すものだと思うんだよ。ダイジロウにこのことは?」
「いや、まだだ……あいつのいるマレイグルリは遠いからな……というよりアランデルとは反対側だ。なら、俺達が直接様子を見に行くべきだろ」
「そうだね……よし、教皇様には僕から言うよ……今すぐ旅に出よう」
アレッシオはそう言うと、任せられた雑務を全て放棄し、執務室から出ていった。
こうしてアレッシオ・マグナール――28歳の彼にとって、第二の旅が始まった。




