町にやってきた
人の手があまり入っていない獣道から、そこそこ整備されている林道に変わるのに、そう時間はかからなかった。
切り株があったってことは、木を切った木こりがいたってことだから、予想通りだ。
暫く歩くと、小屋のようなものを見つけた。木こり用の小屋なんだろう。
隣の倉庫らしき場所に木材が大量に置かれている。
さらに歩くと、林の奥から木を切る音も聞こえてきた。
人がいるようだ。
言葉は普通に通じると書いてあったし、確か、ウサギを狩ったのなら、冒険者ギルドという施設で買い取ってくれるとも書いてあった。
アイテムバッグはまぁまぁ貴重な品だけれども、契約魔法がかけられており、最初に使った人にしか使用できないという。
他の人が使うには、契約魔法を打ち消す専用の魔術師の力が必要らしい。ちなみに、ダイジロウさんはアイテムバッグの中に薬やお金などを入れてから、契約魔法を打ち消して、所有者解除をしたという。
ちなみに、所有者契約を打ち消す方法はもう一つ、所有者の死亡らしい。
そういうことなので、アイテムバッグは見られても別に構わないけれど、あまり自慢げに持ち歩くものじゃないということだな。
ダイジロウさんの手記を脳内で反芻するように確認しながら、俺は林道をさらに進むと、ようやく平地に出た。
馬車も通れるくらいの大きな街道が左右にのびていた。
右側は王都があるが、歩くと3日はかかるそうだ。
左側にはうっすらとだが、町のようなものが見える。
あと、町の周りには畑も広がっている。
あんなところに畑なんて作って、作物が盗まれたり魔物に食べられたりしないんだろうか?
太陽はようやく真南に来たくらいだ。
こんなに早く着くなら、もう少しウサギ狩りをしたらよかったかな、とも思うが、いろいろと情報収集をしないとな。
町は、高さ1メートル程度の石垣の壁で覆われており、門のような場所があり、その横の壁に大きな文字で何か書いてある。
んー、なんて書いてあるのかさっぱりわからないが、きっと町の名前でも書いてあるんだろうな。
門は開いているが、槍を持った女の人が立っていた。褐色肌で、結構美人だ。
彼女の横のテーブルには水晶玉が置かれていた。
「ようこそ、迷宮の町、フロアランスへ」
「迷宮の町?」
「はい。町の中に初心者向けの迷宮があるので迷宮の町と呼ばれています。御存知なかったですか?」
知りませんでした。
そんなのダイジロウさんの手記には書いてなかったし。
「えっと、町に入ってもいいですか?」
「はい、この水晶の上に手を置いてください」
「この上に?」
「あれ? お兄さん、もしかしてこの大陸の人じゃないんですか? これは職業を調べる水晶玉なんです」
「つまり、これに置けば、俺の職業がわかるってこと?」
それってやばくないか?
無職だって知られたら恥ずかしいだけでなく、何故無職のままなんだと質問されることになる。
うまくごまかせても、他の町に行くたびに無職だって知られることになるのか。面倒だな。
しかも、話だと、この大陸全ての町がそんな感じなんだろう。他の大陸に逃げたほうがいいのかな。
「いえ、そこまでの力はないですし、そんな魔道具はないです。ただ、職業が盗賊や海賊、山賊、囚人の場合は黒くなるんです。また、行商人の方などは青く光り、入町税が半額になります」
「へぇ、それは便利ですね」
ならば問題ないな。
俺は安心して水晶球に手を乗せた。もちろん水晶球は変化しない。無職だし。
「はい、問題ありませんね。入町税は50センスになります」
税金がかかるのか。50センスの貨幣がどれかはわからない。
ただ、一番低い貨幣が銅貨だとするのなら、
「えっと、銅貨50枚でいいよね」
「はい」
合っていたようだ。ダイジロウさんから貰った銅貨を半分にして門番の女性に渡す。
【イチノジョウのレベルが上がった】
【職業:見習い剣士が解放された】
【職業:見習い魔術師が解放された】
【職業:行商人が解放された】
ん? あぁ、そうか、税金を納めたら経験値が溜まるんだったな、平民は。
いくつまでレベルが上がったのか。後で確認しよう。
でも、税金で平民レベルが上がるとしたら、金持ちが一番レベルが上がりやすい制度だよな。
「では、こちらが入町許可書になります。町を出るときにお見せください、町を出て半月以内でしたら、再訪問時の入町税が免除になります」
できればもう一度税金を納めたいんだけど、なんて言ったら変に思われるよな。まぁ、税金を納める機会はまだまだあるだろう。
「ありがとうございます。あと、冒険者ギルドってどこにあるかわかります?」
「冒険者ギルドでしたら、この道を真っ直ぐいった、青い屋根の建物です。剣と盾の看板が目印なんですぐにわかると思いますよ」
優しいお姉さんだな。俺より年下だと思うけど。見た目17歳くらいだし。
なんでも答えてくれそうだし、それなら、ここでちょっとだけおかしな質問をしておきたい。
「あの、ちょっとだけ変な質問ですが、今はアザワルド歴何年ですか?」
「今はアザワルド歴391年ですよ」
「あぁ、そうでしたね、ありがとうございます」
嫌な顔一つせずに笑顔で応えてくれる門番のお姉さんに笑顔で礼を言い、町の中に入った。
今が391年ということはあのダイジロウさんの手記は12年前に書かれたということか。最近といえば最近だし、ダイジロウさんもまだ生きている可能性が高いな。
町の中はそこそこ活気にあふれていた。
多くの人が行き交い、露天で野菜が売られている。
あっち側の露店からは肉を焼く香りが……それに刺激されて俺の腹の虫が大合唱を奏でた。
そういえば、朝から何も食べていないから腹が減ったなぁ。
よし、先に食事を済ませてしま……いや、その前に服だ。
リクルートスーツが珍しいのか、さっきから変な目でこちらを見てきている。
それに、スーツで食事は堅苦しい。
ということで、近くの服屋を見つけてそこに入る。
「はーい、いらっしゃい! まぁ、可愛らしい男の子ね、私のタイプ」
そう言った長いブロンドヘア、ハスキーボイスの店主はお姉さん――ではなく、オネエだった。
あごが青く輝いているし、筋肉も隆々だ。なのに着ている服は赤いドレス。確実に入る店を間違えたが、入ってしまったものは仕方がない。
「あ、あの、服を一式、できれば目立たない服を頂きたいんですけれど……あと、この服、買い取るとしたらいくらになります? あ、服の買い取りをしていたら、の話ですけど」
俺はリクルートスーツを脱いで、女(?)店主に見せた。
彼女(?)……ややこしいから店主に統一する……店主に上着を脱いで見せると、彼女は難しい顔になり、
「うーん、そのネクタイ、ズボンとシャツもセットなら、うちだと3万センスね。金貨3枚分よん」
「それって……高い……ですよね」
300万円だ。1万円で買ったリクルートスーツなのに。
「私の収入1年分よ。店の貯金全部無くなっちゃう値段ね。冒険者時代だと1年働いても稼げなかったわよ」
元冒険者だったのか。その筋肉を見たら確かに納得だ。
にしても、冒険者って命がけというイメージがあるのに、あんまり儲からないんだなぁ。
「これ、発掘品でしょ」
オーパーツ?
「あら? 知らずに着ていたの? 発掘品っていうのは異世界召喚によってのみ現れる品物なのよん。異世界召喚をするには莫大な費用が必要なのに、ほとんど役立たずの物しか出てこないの。でも、そんなものでも時折、未知の物質が使われていることがあるのよん。例えば、この服の繊維みたいにね。私も長い間この店で服屋を営んでいるけど、こんな素材見たことないわん。研究者辺りが買っていく可能性が高いからその値段よ」
時々色目を使ってきて、そのたびに悪寒が走るが、説明には納得した。
「あの、異世界召喚で生物が召喚されるってことはあります?」
「ないわよ、死体ならあるそうだけど」
そうか、異世界召喚技術を応用して日本に戻るのは難しそうだな。すぐに戻れるのなら戻って、ミリに異世界の話でもして、「おにい、就職できないからって変な薬に手を染めたんじゃないでしょうね?」とか怒られる日常に戻りたかったけれど。
「そうですか……あ、じゃあ服全部売りますから、服一式を5セットほど下さい」
「麻、綿、絹の服があるけどどれになさる? 上下1セットの値段が麻なら20センス、綿なら60センス、絹なら200センスよん」
「あぁ……綿でお願いします」
3倍の値段とはいえ、銅貨60枚程度で済むのなら綿でいいや。
どうやら、この世界では1センス=100円程度らしい。それより細かいお金がないのか? と思ったが、あまり細かい金額にすると、銭を鋳造して悪用する人間が出てくるのかもしれない。お金を作るのも無料じゃないし。
試着室に入り、薄い緑色の綿の服上下セットを着て腰ひもを結ぶ。
よし、これでどこからどう見ても異世界人の服装になったわけだ。あとは鎧とか装備したいところだが、この店には売っていないようだ。
当然だが。
「ありがとうございます、ぴったりです」
「気に入ってもらえてうれしいわん。でも、お金はすぐに用意できそうにないわ。今日は5000センス渡しておくから、残りの24700センスは明日にしてもらえるかしら?」
確かに、店の中に大金は置いておかないよな、普通。どこかの質屋じゃあるまいし。
俺は、わかりましたと伝えると、店主は借用書みたいな紙に拇印を押して俺に渡した。
文字は全く読めないけれど、たぶんそういうことだろう。
店を出たところで、黒い革靴だけが微妙に服装から浮いていることに気付き、慌てて店の中に戻って皮の靴を買った。
んー、買い物をしても平民レベルが上がらないってことは、この町には、消費税というものがないのかな。
それとも、消費税があったんだけど、間接税だと経験値にならないとか?
ちなみに、革靴は奮発した牛革製だったが大した値段にはならなかったので、アイテムバッグに収納しておいた。
なんて考えながら、小さな声でステータスオープンと呟いた。
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名前:イチノジョウ
種族:ヒューム
職業:無職Lv27 平民Lv15
HP:39(10+29)
MP:30(8+22)
物攻:36(9+27)
物防:28(7+21)
魔攻:12(4+8)
魔防:11(3+8)
速度:24(4+20)
幸運:20(10+10)
装備:綿の服 皮の靴
スキル:【職業変更】【第二職業設定】【投石】
取得済み称号:なし
転職可能職業:平民Lv15 農家Lv1 狩人Lv1 木こりLv1 見習い剣士Lv1 見習い魔術師Lv1 行商人Lv1
天恵:取得経験値20倍 必要経験値1/20
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この程度か。まぁ、50センスの税金って、経験値400倍だとすれば20000センス……金貨2枚分の税金分の経験値だからレベルが一気に上がるんだよな。
納得だ。服屋の店主の給料8ヶ月分らしいし。
それにしても、服があんなに高値で売れたのなら、冒険者ギルドでウサギの値段を調べるのは今度にしようかな。
てか、ダイジロウさんから貰った金額もバカ高かった。金貨2枚分って、本当にこんなに貰っていいの? って感じだ。
合計金貨5枚分が労せず手に入ったようなものだ。
500万円だもんな。
……もう働くのがバカらしくなってきた。
「ていかんいかん、心まで無職になるな、俺! 俺は無職の王になる男なんだからな!」
自分に言い聞かせるように叫ぶと、周囲の人から憐れみの視線が向けられた。
反省します。
てか、こんなノリの人間だから、今まで就職できなかったんじゃないだろうか?
とりあえず、冒険者ギルドに行って、ウサギを売るところから始めよう。
早速多くのBM、評価を頂いております。
ありがとうございます。
一気に成長するのはもう少し先。