冒険者始めました その8
「ご主人様、どうなさったんですか?」
俺が困っていることに、ハルが気付いたらしい。
相変わらず俺のことをよく見てくれている。
「ちょっと変なスキルを手に入れてな」
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笑いの神様の選択:補助スキル【遊び人レベル99】
選択に迷ったときに使用すると、神様にとって面白くなる答えを教えてくれる。
使用者にとって面白い答えではないので注意。
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なんなんだ、これは一体。
笑いの神様って、そもそもこの世界って女神様が管理する世界だから、そういう笑いの神様っていないと思う。
それに、これって未来がわかるってことだよな?
メティアス様やミリは、少し先の未来を見ることができるという、スキルとは違う特殊能力があるが、面白くなる選択がわかるって、それと同じくらい凄い能力だよな?
未来視の無駄遣いだと思う。
「笑いの神様って、昔話に登場するあれかな?」
「知ってるのか?」
ルートは俺に語った。
笑いの神様というのは、遥か大昔の女神の一柱の通称らしい。
どんな女神様だったのか、その多くは失伝してしまっているため、詳しいことはわからないのだとか。
んー、ミリに聞いたら知っているかもしれないな。
「ご主人様、試しにスキルを使ってみてはどうですか?」
「危険はないか?」
「ただ、答えを頂くだけですから。その答えに従う必要はありません」
「そうだな……じゃあ、このまま迷宮を前に進むか後ろに戻るかで調べてみるか」
俺は『笑いの神様の選択』を使用した。
普通に考えれば進む方がいいだろう。
……え?
「……イチノジョウ様、笑いの神様はなんと?」
「【進まず戻らず、右方向に三十歩進め】だってさ」
俺は右方向を見る。
そこにあったのは壁だった。
試しに壁に触れてみる。
実体がある。
幻影壁という感じでもなさそうだが。
もしかして、偽物の啓示を与えて、俺が意味不明な行動を取っていることで笑っているのか?
だとしたら、笑いの神様は性格が悪すぎる気がする。
「……ご主人様、その壁、偽物です!」
「偽物?」
「はい、迷宮の壁に見せかけている贋作ですね」
ハルには贋作鑑定という物の真偽を見定めるスキルがある。
まさか、迷宮の壁そっくりの壁を誰かが作ったというのか?
「もしかして、迷宮妖精の壁かもしれない」
ラインが思い出したように呟く。
「なんだそれ?」
「迷宮妖精って言う名前の魔物を知っているか?」
「聞いたことがあります。迷宮で時折現れるレアモンスター――その中でもレジェンド級の魔物です」
レアモンスターというのは、迷宮の中で極稀に現れる魔物で、そのレア度に応じて、レア級、エピック級、レジェンド級の三種類がいるらしい。
「迷宮妖精は強さは大したことはないんだけど、迷宮内に通路を作ったり、逆に通路を塞いだりして、倒すのが非常に難しい魔物なんだ。一説によると、迷宮の壁の中にはその迷宮妖精が作ったものが残ってるって噂なんだ」
「ていうことは、この奥に迷宮妖精がいるのか?」
レジェンド級の魔物を倒せばレアメダルを五枚落とすらしい。
ちょうど五人パーティだし、一人一枚って感じだな。
一枚一万センスで売れる高級品だし、手に入れたい。
「そうだけど、迷宮妖精の壁は、迷宮の壁と同じ硬さだっていうし、簡単に壊せるものじゃ――」
「ハル以外は下がってろ、俺が斬る」
以前、俺は究極魔法、世界の始動を使い、迷宮の壁を壊したことがある。
あの時は魔王で魔力を高めていた。多数のスキルを極めた今でもあの時のステータスには追い付いていない。
だが、俺もこの半年、遊んでいたわけではない。
ステータス以上に、様々なスキル、そして技術を身に着けている。
まず、職業を物攻と魔功特化の物に変更。
剣聖スキルの創聖剣で、魔力の剣を生み出す。
次に、魔法剣士の付与魔法――これを鍛えた付与魔法Ⅶを使用。
付与するのは世界の始動だ。
「エンチャント、世界の始動」
途端に、魔力の制御量がとんでもないことになる。
空間を消し去る威力の魔法を、魔力で生み出した剣一本に集中しているのだ。油断すると魔力が暴走しそうになる。
前に一度制御に失敗し、マイワールドにクレーターを作ってしまったことがあり、ピオニアに怒られたっけ。
「よしっ!」
俺は剣を壁に連続で突きさし、壁の表面数センチに細かい傷をつけていく。本物の迷宮の壁は直ぐに修復されたが、偽物部分は修復されない。
細かい境目がわかったところで、後は一気に切り裂く。
あまり大きく切ったらアイテムバッグに入れるのが面倒だし、こういう時は――
「さいの目切りっ!」
とスキルを発動。
壁が一瞬にしてサイコロ状に切り分けられた。
よし、成功と。
創造剣と付与魔法を慎重に解放し、細かくなった壁をアイテムバッグに収納した。
「三人とも、もういいぞ」
「さすがです、ご主人様。タオルをどうぞ」
「ありがと、ハル」
気付けば顔は汗だくだった。
俺はハルからタオルを受け取り、顔を拭いたあと、タオルと顔に、浄化の魔法をかける。
「「「絶対に変っ!!」」
「いや、浄化を使うのなら汗を拭く必要はないってのはわかるけど、汗を拭くのって結構気持ちがいいものでな」
俺が言うと、三人は即座に否定し、何が変なのか指摘する。
「なんで何もないところから剣を作るんだよ」
「それに、なんかものすごい魔法を付与してたけど、あれはなんなんですかっ!」
「イチノジョウさん、見習い法術師なのですよね? スラッシュを使ったときも驚きましたが、なんなんですか、あの剣のスキルはっ!」
また答えにくい質問が来たな。
剣聖スキルあたりは使える人が世界に十人くらいいそうだけど、流石に世界の始動について説明するのは面倒だ。
「じゃあ、ナターシャの質問だけ答える。あれは剣のスキルじゃない」
「「「え?」」」
「さいの目切りっていうのは、見習い料理人のスキルだ。料理学校の初期課程を修了したら誰でも転職できる職業だぞ?」
俺は求職スキルを使って最近転職したんだけど。
「見習い料理人には、敵を一瞬で細かく切り分ける細切りや、さっきつかったさいの目切りといった戦闘に応用すれば便利なスキルがいっぱいあってだな――」
「「「そんな応用できるはずがない!」」」
できるんだから仕方がないじゃないか。
最終話から半年
まぁ、成長チートは継続ということで




