怠惰な女神のプロローグ(?)
最終話その2、こっちはおまけです
結局、トレールールは地球のロシアに逃げて、ブリヌィ(ロシア風パンケーキ)を食べているところをコショマーレに捕縛され、新たな迷宮を作るための作業に取り掛かることになった。
だが、勉強を嫌がっている子供を捕まえ、無理やり塾に行かせたところで、その子が真面目に勉強をするはずがないのと同様、トレールールもまた新たな迷宮作りの作業は滞っていた。
人間が住んでいる場所の近くなら、大きな迷宮を作れば勝手に人々が入って魔物を倒していくからわざわざ管理する必要はない。
問題は、瘴気の溜まり場となっているにも拘らず、人々が立ち入りそうにない場所だ。
「なんで妾がひとりでこんな面倒な作業をしなければならないのじゃ……妾も無職になって一日中寝て生活したいものじゃ」
トレールールは、お土産に買ったマトリョーシカをツンツンと指先で押しながら不貞腐れるように言った。
「こんな面倒なこと、新人女神に任せればよかろうに。そうじゃ、押し付ければ……」
だが、トレールールは新しく女神となったミリの顔を思い浮かべて、断念した。
トレールールにとって、ミリは人間だったときから恐ろしい相手。
そんなミリが女神になる条件は、百年間女神の仕事をしないこと。
もしもトレールールがそれを破って仕事を押し付けようものなら、どんな報復が待っているかわからない。
「はぁ……妾があと何人かいたら、その別の妾に仕事を押し付けるのじゃがな」
トレールールはそう言って、マトリョーシカを開けて中のマトリョーシカを取り出した。
このように分裂出来たら仕事が捗るに違いないと思ったのだ。
もっとも、彼女以外の人間がそれを聞いたら思うだろう。
どうせ分身も仕事を面倒に思って放り投げる。『本体が押し付けられた仕事なのじゃから、本体がやるのが道理というものじゃ。なぜ分身の妾が面倒な仕事をせねばならんのじゃ』と文句を言うに決まっている。
「そうじゃ! 全部人間にやらせればよいのじゃ。そろそろ新しい転移者が来る時間じゃし、その人間に迷宮の管理を任せよう……ダメじゃ」
そもそも、日本からの転移者に与える天恵という名のチートは、転移者本人が望むものしか与えてはいけないという不可侵のルールがある。
転移者が望めば、女神がその望みに近い天恵を提示することはできるが、話の流れをぶった切って、無理やりひとつの天恵を押し付けることはできない。
迷宮を管理するという面倒な仕事をしたい奇特な転移者はいないものだろうか?
トレールールはそう考え、ふと、先ほど開けたマトリョーシカを見た。
欠陥品だったのか、一番外側のマトリョーシカと二番目のマトリョーシカがくっついている。
少し力を加えたら外れるが。
「そうじゃ! その手があった」
手をポンと叩き、トレールールはA1サイズの紙を取り出した。
さらにトレールールが念じると、その紙は複数の短冊に分かれ、その一枚一枚にトレールールが授けることのできる天恵が書かれていった。
そして、最後の一枚に『オリジナルの迷宮都市を創り出して管理できる』と書き記した。本来なら迷宮とその周辺しか管理できないのだが、その転移者が死んだあとも迷宮が機能するためには、転移者に都市を創ってもらわなければならないからだ。
そして、トレールールはその一枚を、マトリョーシカの一番外側と二番目の間に挟んで固定し、残りの紙を無造作にマトリョーシカの中に入れた。
なぜ、選んでほしい天恵を一番わかりにくい場所に仕込んだのか?
その理由は簡単。
人間という生き物は、隠された場所にあるものに価値を見出す生き物だからだ。
一生に一度しか選ぶことのできない天恵を、五分や十分で決めることができるものなどそうそういるはずがない。そして、時間が経てば、転移者は絶対に気付くだろう。マトリョーシカの隙間にもう一枚の紙があることに。もしも気付かなければ、自動的に割れる仕組みを作ればいい。
そして、隠された天恵を見つけたとき、人は勝手に勘違いしてくれる。
これは隠されたチート天恵だと。
「ふむふむ、これは楽しくなってきたの。まぁ、無理に迷宮の管理をさせるのじゃ。少しは手助けしてやらんでもないがの。そうじゃ、魔石もその人間に集めさせたら一石二鳥ではないか。物資の乏しい無人島じゃ。適当な食糧や資材と交換すると言ったら喜んで魔石を捧げるじゃろう」
トレールールはそう言って不敵な笑みを浮かべ、マトリョーシカの蓋を閉めた。
どんな人間がここを訪れるのか楽しみだと思いながら、直接説明を求められたら面倒なので、マトリョーシカに通話機能を組み込み、説明が終わったら通話を切断することにした。
サボるためなら、トレールールは本気だった。
そして、すべてが終わったころ、ちょうど日本からの転移者がやってくる時間となった。
転移者が必ず最初に訪れる世界――そこに妾はマトリョーシカを置いて待った。
すると、仕事に疲れ果てた感じのまだ若い男がジャージ姿で現れた。
どうやら、過労死寸前のところを連れてこられたらしい。
トレールールは彼に期待し、マトリョーシカを通じて彼に呼びかけた。
『テステス――聞こえるか?』
その声に、彼は応えた。
新たな物語の幕開けだ。




