メティアスの計画
さすがに、結界もなしに俺の最大魔法が直撃すれば無事で済むわけがない。
何度もあの強力な結界を作れたとしたら話は変わってくるが。
死なれたら寝覚めが悪いので、女神様たちに引き渡せるくらいに弱ってくれていたら助かるのだが、どうかはわからない。
「ミリ、テト様は大丈夫なのか?」
「いまから瘴気の一部を、テトが自浄できるところまで取り除く。大丈夫、彼女を女神に戻すことはできるわ」
ミリのできるは、文字通りの意味を持つ。
俺は安心し、
「頼む。眷属召喚、ハルワタート」
ハルを召喚して呼び寄せた。
ハルは土煙の舞う魔神たちがいた場所を見て、
「ご主人様、うまくいきましたね」
と、尻尾を振って言った。
「ああ。ここまでうまくいくとは思ってもいなかったよ。連携もなにもないぶっつけ本番だったがな」
今回のこの一連の動きについて、事前の話し合いはなにもしていない。
俺は思考防御のおかげで心を読まれることはないが、ハルとミリの心は読まれるかもしれないからな。
最初に俺が結界を割り、ミリにテト様を救出するように言うまで、作戦は考えていない。
だが、ああいえばミリは転移の魔法でテト様を助けるだろうと思ったし、俺がハルを巻き込むような魔法を使おうとすれば、ハルはマイワールドに入るだろうと予想もできた。それが無理だったら、眷属召喚でハルを呼ぶ方法もあったが、眷属召喚は側にいる者も巻き込んでしまうので、ミネルヴァも一緒に召喚してしまう可能性があったからな。
どういう意図でミネルヴァは俺に思考防御のスキルを与えたのかわからないが、完全に裏目に出たようだ。
「しかし、メティアスも油断したよな。心が読めるのなら、ミリがテト様を元に戻せることにも気付いていただろうに」
まぁ、問題はこれで解決した。
後のことはミリによって女神に戻してもらったテト様と、他の女神様に任せることにしよう。
「この勝負、俺の――」
「勝ちと決めるのはまだ早いのではないですか?」
その声は聞こえてきた。
まさか――あれを喰らって無事なのか?
土煙が晴れたその向こうに立っていたのはミネルヴァだった。
いや、違う――ミネルヴァを盾にして、メティアスが立っていた。
「仲間を盾に!?」
「いいえ、ミネルヴァは自らの意思で私の盾になったのです。私の結界はあなたに砕かれてしまい、暫くは使えませんが、ミネルヴァの結界はまだ残っていました。もっとも、あなたの魔法はその結界を破り、なおミネルヴァを気絶させるだけの力はありました。お見事です」
そう言って、メティアスは修復されていく迷宮の床の上にミネルヴァを寝かせた。
「なんでミネルヴァはそこまでしてメティアスを守るんだ。テト様を裏切ってまで。テト様は人間だった頃、ミネルヴァの主人だったんだろ。それがなんで」
なんでテトを裏切ってまでメティアスに従うのか、俺には理解できかなかった。
「ミネルヴァが裏切るのは当たり前です」
「当たり前って、テト様はそんなにひどい上司だったのかよ。全然そうは見えなかったぞ。むしろ仲が良いようにしかみえなかった」
「ミネルヴァは確かに、テトの家の臣下でした。しかし、その正体はテトの家の主家が送り込んだスパイです。彼女は人間の頃から、その家の人間に逆らえないよう、暗示のように刷り込まれていました。ミネルヴァは常にテトを裏切り続けていました。そして、ミネルヴァはその主家の先祖である私の命令にも逆らえません。人間のときにそのように調教されていましたから。彼女は常に罪悪感に苦しんでいました。常に死にたいと。だから、テトが生贄に選ばれたとき、自分も共に死ぬ道を選んだのです。まさか、女神として生まれ変わるなど思いもせずに」
「そうだったのか……だから、女神になっても死にたいと……」
「ええ。そして、女神になっても、彼女は私に逆らうことができなかった。それだけ強力な暗示だったのよ」
本当はテト様を裏切りたくなかった。
魔神になんてなりたくもなかった。
それでも、彼女はメティアスに逆らえなかった。
「全部、あなたが悪いんですね」
俺はそう言って剣を抜いた。
もう世界の始動は使えない。
だが、メティアスも結界を使えない。
「さて、そろそろ本気を出すとします」
そう言うと、メティアスが消えた。
逃げたっ⁉
と思ったら、突然ハルの背後に現れ、その背中を槍の柄で打ち付けた。
「ハルっ⁉」
ハルは一撃でその場に倒れた。
「愚かですね。魔神の力があの程度だと思っていましたか? 異空間に入ることだって、逃げるのではなく移動の手段としてなら使えるのですよ。イチノジョウさんがマイワールドと呼んでいるその世界のごく一部を使うだけでね」
メティアスはそう言ってミリを見た。
「ミリュウさん、あなたも愚かです。テトを救うために女神になり、その身に瘴気を引き受けるつもりですか? そんなことをしたら、その瘴気で、気を失い、戦う機会を失いますよ。女神のあなたが戦えば、もしかしたら私に勝てるかもしれないのに。いいのですか? あなたの兄が負ければ、ここに集まってくる瘴気に蝕まれ、ふたりそろって魔神入りです」
「待て、いまなんて言った? ミリが女神になった……だと?」
俺は慌ててミリの職業を確認しようとする。
しかし、その職業を見ることができない。
つい先日まで、魔王と表示されていたはずのその職業とレベルが表示されない。
「ごめん、おにい。なかなか言い出せなくて」
ミリが申し訳なさそうに俯いて言った。
「お前、何考えてるんだよ! お前が女神になったらなんのために――」
「私が女神にならないとテトを救う方法が見つからなかったのよっ!」
ミリは叫んだ。
テト様の髪の色が黒から灰色に薄らいでいく。
「テトから瘴気を吸い取るには、どうしても女神の力が必要だったの。別にいいじゃない。女神といっても、人間とそんなに変わるもんじゃないし、ほら、地球の神話とかだと神様って人間との間にたくさん子供も作ってるのよ。兄妹で結婚してる神様もいるくらいだし、おにいとの間に子供を作ることだって許されるかもしれないわよ」
ミリは乾いた笑みを浮かべた。
「大丈夫だって、本当に私はなにも変わったりしないんだから」
ミリの髪の色がだんだんと黒くなっていく。
「おにい、最後くらいふんばりなさいよ」
ミリはそう言って、テト様の上に覆いかぶさるように倒れた。
急激に瘴気を吸い込んだことによる気絶。
「これで、あとはあなたひとりになりましたね、イチノジョウさん」
「…………ない」
「はい?」
「お前だけは許さない」
俺はそう言うと、スキルを発動させる。
「フェイクアタック、獣の血!」
獣の血のスキルにより、五分間限定でステータスを増大させる。
「剣の鼓動」
剣の鼓動スキルにより、白狼牙の技術をアップさせる。
さらに魔法はもう使えないと、第二職業から第五職業を物理特化の職業に変更をし、補助魔法をすべて自分にかけた。
「ここからが本番? それはこっちのセリフだ」
俺は力任せに前に出た。
メティアスは強い。
俺の剣を簡単にいなす。
こちらが一撃を加えようとしても、一瞬の間に槍で的確に攻撃をくわえていく。
ダークエルフたちが仕立ててくれた服を着ていなかったら、とっくに俺の肉は裂けていただろう。
「大した事はありませんね」
俺はさらに攻撃を続けるが、空間を移動して攻撃してくるメティアスの攻撃を見切ることができない。
メティアスの槍が俺の死角から襲い掛かり、魔王レベル300の物理防御の壁を突き抜けてダメージを与えてくる。
気配を頼りに反撃をしようにも、ステータス頼りの俺の攻撃は空を切るばかりだった。
くそっ、このままではダメなのか。
なにかないか?
俺のステータスを上げるスキルがなにか?
ダメだ、俺ひとりではメティアスに勝てない……このままじゃ……
朦朧としてくる意識の中で、
「ふふ……はははははは」
俺は思わず笑ってしまった。
「どうしましたか? 自分の負けを悟っておかしくなったのですか?」
「いいや、随分と思いあがっていたと思ってな」
なにがひとりでだ。
俺はこれまでもひとりで戦ってきたことなんて一度もない。
必ず、誰かの手を借りて戦ってきたじゃないか。
なら、今回もそうさせてもらうだけだ。
「眷属召喚っ!」
俺がそう叫ぶと同時に、部屋中にダークエルフたちが現れた。
全員、完全に武装した状態で。
「私たちの出番はないかと思いました、イチノジョウ様」
「悪いな、待たせたようだ」
彼女たちは、俺と違い気付いていた。
魔王の戴冠式、見届け人――つまり俺の眷属となった彼女たちは、俺に召喚されるその時を。
俺が最後の戦いに出向いたと聞き、これまで武装した状態で待っていてくれた。
かっこいい、諦めかけた俺なんかよりよっぽどかっこいい。
「ダークエルフがどれだけ揃っても私の敵ではありませんよ」
「いいや、こいつらは全員俺の眷属たちだ」
眷属強化で俺のステータスの一部が振り分けられているだけじゃない。
大切な仲間である。
仲間がこれだけ揃えば、俺は負ける気がしない。
白狼牙を抜き、俺は前に出た。
「イチノジョウ様を援護しろ!」
『はいっ!』
無数の矢がメティアス目掛けて跳んでいく。
俺はその矢の中心に向かった。
さすがは日々訓練しているだけあり、メティアスの邪魔になり、俺をサポートする矢捌きだ。
「なら、まずはダークエルフから!」
メティアスが空間に入り移動しようとするが、その空間から巨大な白い爪が現れてメティアスを攻撃した。
あれはフェンリルの腕っ⁉
いったいなんで!?
「……悪いけど、あんたの使ってる空間と私の次元収納をつなげてもらったわよ。そのくらいの嫌がらせは……今の私でもできるんだから」
うつ伏せに倒れるミリが、うめき声のように言った。
女神の力を使って、異次元収納とマイワールドを繋げたのか。
これでメティアスはもう迂闊に空間を通って移動ができなくなった。
無数の矢の中でメティアスはよく戦った。
しかし、その動きはいままでに比べ、明らかに精彩に欠ける。
一本の矢がメティアスの足に命中し、彼女は前のめりに倒れそうになる。
だが、それでも倒れない彼女の背中に、俺はとっておきの魔法を唱えた。
「オイルクリエイト」
彼女の足下に生み出された油が、メティアスのバランスを大きく崩し、うつ伏せに倒す。
「ここまでだ!」
俺は彼女の頭に白狼牙の切っ先を当てた。
油で勝つなんて、なんとも俺らしいカッコ悪い勝ち方だ。
「メティアス、負けを認めて、諦めろ」
「残念、これも私の計画通りよ」
「だったら、もうその計画もできないように完膚なきまでに――」
叩き潰す。
ハルやミリ、みんなをたちを守るためにも。
そう思ったときだった。
「待って!」
俺を止める声が響いた。
テト様の声だった。
「テト様、目が覚めたのですか⁉」
「メティアス様を殺したらダメ。全部彼女の演技」




