貴族庭園での炊き出し
待っていたのは真里菜でもなければ魔物の群れでもなく、
「おぉ、ちょうど野菜が焼けたぞ、ジョー!」
「野菜を焼いたらおいしいんだよ、ジョー!」
オレゲールの実家であるロブッティ男爵の庭で、のんびりバーベキューをしているジョフレとエリーズ、そして、ふたりが焼いた野菜をパクパクと食べ続けるケンタウロスだった。
ケンタウロスの奴、フロアランスから逃げたと思ったら、こんなところにまで来ていたのか。一応、ジョフレとエリーズのことを主人と認めているのだろうか?
それにしても、ジョフレとエリーズが? と思ったが、そういえば、ジョフレとエリーズ、そしてケンタウロスも俺と同様、オレゲールと一緒に行動したことがあった。
「イチノジョウ殿、よくおいでくださいました」
ジョフレとエリーズと一緒になってバーベキューをしていた老執事のセバスタンさんが俺に声をかけてきた。
「セバスタンさん、ご無沙汰しています。真里菜は中ですか?」
「ええ、マリナ様でしたらいまは疲れて寝ていらっしゃいます。起こして参りましょうか?」
「いえ、大丈夫です。寝かしておいてあげてください」
きっと、カノンを探し回って疲れたのだろう。
「セバスタンは覚えていて、僕のことは忘れていたのか、君は」
オレゲールが文句を言うが、セバスタンは全然変わっていないから、間違えようがない。名前もセバスチャンに似ていて覚えやすいし。
「ところで、オレゲール。俺に力を貸してほしいことってなんだ?」
「あのロバだ。どれだけ食えば気が済むんだ。緊急事態で食料が心もとないというのに。セバスタンの命を救われたこともある手前、文句を言うことができん」
「あぁ、あれは無理。俺の手に負えん。一応、聖獣らしいから丁重に扱ってやってくれ」
「聖獣? そういえば、古い伝承にそんな記述があったと思うが、冗談だろ?」
俺も冗談だと思いたいが真実だ。
「とりあえず、あいつが食べる食料なら提供するよ。おーい、ジョフレ。ケンタウロスの食事を分けるから来てくれ」
フロアランスの牧場に渡すはずだったが、そのままになっていた野菜類、小麦粉、そして米も含めてジョフレが持っていたアイテムバッグに移した。
ついでに、大量に余っている魔物の肉も入れておく。
「悪いな、ジョー。この恩は覚えていたら返す!」
一生、返ってきそうにないな。
「お前ら、教会から指名手配されてたはずなんだが、大丈夫なのか?」
さすがに教会もこの事態でジョフレたちに構っている余裕はなさそうだが、だからといって堂々とバーベキューをしているのはどうかと思う。
「え? そうなのか?」
「知らなかったのか?」
「知らなかったな」
ジョフレはうーんと考え、
「ま、なんとかなるだろ!」
と白い歯を見せて笑った。
本当にお気楽な奴だ。
「おはようございます。あ、楠さんいらしていたんですね」
「真里菜、起きたのか」
いつもの服の真里菜が屋敷の中から出てきた。
腰には風の弓があり、いつもの帽子は被っていない。
「ちょうどよかった、楠さん。手伝ってもらっていいですか?」
「手伝うって?」
「炊き出しの準備です」
彼女は、俺の予想とは全然違う明るい笑顔で言った。
どうやら、オレゲールの家にケンタウロスの餌を賄えるくらい大量の食糧があったのは、非常時に自分たちが食べるためでなく、町の皆に配るためだったらしい。
炊き出しの準備を始めると、どこからともなく人々が集まってきて、あっという間に長蛇の列が作られた。
「楠さんは料理を手伝ってください。キャロさんは青い木札を受け取って、食事を渡す手伝いをしてください。他の色の木札では交換できませんから気を付けて。ハルさんは申し訳ありませんが、贋作鑑定で偽物の木札が混じっていないか調べてください。これまで数が合わないことが多々ありましたので」
薄い塩スープに、野菜と余っていた魔竜、ブラックタイガー、その他いろいろな食べられる魔物の肉を一度ミンチにして、つくねにしていれる。
肉が入っていることに、スープを受け取った人たちは微かに笑みを浮かべた。
「助かった。肉まで提供してもらって。支援には限度があるから、食糧の提供は非常に助かる」
「いや、ちょうど数百トン……? 数千トン? よく数えていないが大量に余っていたんだ。消費できてよかったよ」
なにせ、魔竜は一回五十キロ、ブラックタイガーも一回二十キロの肉が手に入る。
それにしても……と俺は真里菜を見た。
いまも笑顔でみんなに食事を配っている。
「なぁ、オレゲール」
監督係として立っているだけのオレゲールに声をかけた。
「僕のことを呼び捨てにするのは定着したようだな。なんだ?」
「真里菜の奴、ずっとあの調子なのか?」
「あの調子とはどういうことだ?」
「なんというか、見ていて痛々しい」
俺の言葉に、オレゲールは俯いた。
そして、しばらく沈黙を保ったのち、口を開いた。
「お前もそう思うか?」
「あれだけ必死な真里菜は初めて見た気がするからな」
真里菜は人見知りな性格だ。
不特定多数が集まる炊き出しの場で働く度胸なんてなかったはずだ。
それだけでなく、カノンの行方がわからない状況で、あそこまで笑顔でいられるなんて、いままでの真里菜からは想像もできない。
成長したと言われたらそうかもしれないが、やはりどこか違う気がする。
「そうだな。カノンという者は僕は知らない。彼女がこの屋敷に来る前に行方知れずになったそうだ。この屋敷に来てからも、マリナは必死に探していた。正直、見ているのがつらかった。僕も手を尽くしたが見つからず、そうこうしているうちに魔物が町に溢れるようになった。それからは、カノンを探すのをやめ、毎日三回の炊き出しに参加しているだけでなく、夜の町で見回りをしては魔物退治に勤しんでいる。正直、昔の僕を見ているようだ」
「昔のお前?」
「ハルワタートにふさわしい主人になるべく、我武者羅に訓練し、成果を出すことができず、キャロルの誘惑士としての力を使って迷宮に潜った。そうでもしないと、不安で不安で仕方がなくなるんだ。やるべきことがすべて空回りで、自分でも間違っているとわかっていながら、それでも動かずにはいられなかった僕のことだよ」
オレゲールはそう言って、自嘲気味に笑った。
過去の自分を見ているようって言うなら、俺も同じだ。
就職先が見つからなかったとき、俺はハローワークに通ったり就職情報誌を貰って読んでみたり、就職の無料セミナーに通ってみたりと、見つからないことへの不安を行動することで隠そうとしていた。
「イチノ様!」
キャロが緊急事態だと言わんばかりに俺の名前を呼ぶ。彼女の傍らには、ひとりの疲れている様子の青年がいた。
「どうしたんだ?」
「こちらの方が、気になることを仰っていたのです」
「貴族様に、さっきの話をしろっていうのか? 本当に話したら、謝礼をもらえるのか?」
キャロは情報の収集にあまりお金をかけたという話を聞いたことがない。
そんな彼女がお金を払ってでも俺に伝えたいと思った情報っていったい?
キャロが同意をすると、男は話した。
「見たんです、迷宮の方に歩いていく勇者様を。勇者様がこの国に来てるんです。もうすぐこの国は救われる」
キャロが言うには、この男はスープの量を増やすように、炊き出しを配っていた他の使用人に言ったらしい。
「王都はもうすぐ勇者様に救われる。俺は見たんだ、迷宮の方に歩いていく勇者様を。だから、飯をため込む必要なんてもうないんだぞ」
その言葉は、周囲の人間からは飯欲しさに嘘を吐いているようにしか思えなかった。だが、キャロは気になって男に尋ねた。
他に同行者はいなかったか? と。
すると、男は、女が三人いたと答えた。
ひとりは小さな女の子、ひとりは茶髪の女、ひとりは白狼族の女だったと。
男はその時語ったことを、丁寧な口調で俺たちに聞かせてくれた。
「ふん、嘘ならもっと上手な嘘をついたらどうだ? 勇者の仲間といえば、ハッグ様とダイジロウ様だろう。ハッグ様は男だし、ダイジロウ様は女性だが、小さくもないし、茶髪でもない人間族だ」
オレゲールは呆れた嘘だと決めつけた。
ダイジロウさんが女であることは常識なのか。
だが、俺は違う。
小さな女の子というのは間違いなくクインスさんで、白狼族の女というのはタルウィだろう。
「茶髪の女性の特徴について詳しく教えてくれ」
男は頷き、詳細を語って聞かせてくれた。
「情報感謝する。謝礼は食べ物と金、どっちがいい?」
俺は男に尋ねた。彼のもたらした情報は礼に値する。
「食い物です! 家には腹を減らした病気の妻が待ってるんです!」
「わかった。これを持っていけ」
俺はそう言うと、アイテムバッグから麻袋に入った小麦粉を渡し、さらにその上に余っている肉も載せた。
「こんなに……? ありがとうございます、貴族様」
男は俺ではなくオレゲールに礼を言って、走り去っていった。
「イチノ様、今の話……」
「ああ……茶髪の女性、特徴がカノンに一致するな。行方不明になったと思ったら、勇者と一緒だったのか」
「よくわからないが、イチノジョウは今の話を真実と見たのだな。カノンと勇者様が一緒にいるとすれば、マリナも安心するだろう」
オレゲールはそう言うが、俺は全然安心できない。
カノンが勇者と一緒に行動する理由はなんだ?
もともとカノンと勇者は繋がっていたのか?
炊き出しを終えた俺は、屋敷の外壁にもたれかかり、考えた。
しかし、答えが出るはずもない。
このことを真里菜に話すか?
「カノンを悪魔族の魔王、タルウィを黒狼族の魔王にしようとしているみたいね、勇者たちは」
「――っ⁉ ミリ、急に何を」
いつの間にか横にいたミリが俺にとんでもないことを告げた。
「カノンが悪魔族の魔王⁉ それに、タルウィは白狼族だろ」
「トレールールに調べてもらっていたのよ。どうも気になってね。」
ミリはその調べた内容を伝える前に、俺にある質問をした。
「白狼族はその種族の特性として、一夫多妻制なのはおにいも知ってる?」
「いや、知らないが、そうなんだろうなって思う」
ハルと話していてなんとなく感じていた。
強い男が複数の女性を妻にするのは当然みたいに言っていたし、俺がキャロと結ばれたことも心から祝福してくれているようだった。普通、好きな人が自分以外の女性と仲良くなったら嫉妬くらいするだろう。
「まぁ、本来の白狼族は強い子孫を残すため、一夫多妻制じゃなくて、集団の中で、一番強い男と女だけが子供を作る種族だったんだけどね。私や勇者の支配下に入ってから変わったのよ。強いだけでなく、多くの子供を増やすために一夫多妻制に」
本当に戦士のルールだな。
ってことは、群れの中で二番目以降の男は一生子供を作れないのか。
なんか悲しいな。
「黒狼族も白狼族と同じで一夫多妻制になったんだけど、ただしひとつだけ条件があったの。それは、白狼族との間に子供を作ってはいけないっていうルールが」
「なんで白狼族だけなんだ?」
「優性遺伝と劣性遺伝……みたいなものかな? 黒狼族と白狼族の間に子供が生まれたとき、百パーセントの確率で白狼族が生まれてくるの。血液型がAAの男性と血液型がOの女性の間に生まれた子供が、必ずA型の子供が生まれてくるみたいにね。それを知った黒狼族は、白狼族と血が交われば、いずれ自分たちの種族は滅ぶと思ったんでしょうね。にもかかわらず、白狼族との間に子供を産んでしまった黒狼族の女性は、黒狼族から追放されることになった。白狼族の男の下に身を寄せれば、白狼族と黒狼族との間に決定的な軋轢を生むことを危惧した彼女は、生まれたばかりの子を連れて魔王軍から去った」
ここまで言われたら、バカな俺でもミリが言おうとしていることはわかる。
「……その黒狼族と白狼族の間に生まれた子供っていうのがタルウィなんだな」
「正解。はぁ……、まさかそんなことが起こっていたなんてね。私の落ち度よ」
当時、前世で黒狼族を従えていたミリが、深いため息をついた。
「これで決まったわね。夢魔族の魔王はクインス、悪魔族の魔王はカノン、そして黒狼族の魔王はタルウィよ。ただ、私と出会ったときのカノンは悪魔族の魔王としての器には至っていなかったから、すぐに魔神化されることはないと思う」
「魔王の器ってどうなれば満たせるんだ?」
「重要なのは瘴気を受け入れるための力。魔王から魔神になるには、膨大な量の瘴気をその身に受けないといけない。本来なら女神級の者しか受け入れられないほどの瘴気よ。レベルだけじゃなく、適性が試される。例えば、夢魔の女王、ううん、おにいには誘惑士のほうがわかりやすいかな? 誘惑士って魔物を引き寄せる力があるでしょ? その力は尋常じゃない」
確かに、キャロの能力は女神様から与えられる天恵に匹敵する。
今回のレベル上げ、成長天恵、無職スキル、そしてキャロの能力、その三つのうち一つでも欠けていたら、魔王のレベルが300になることはなかっただろう。
「そして、誘惑士の力は、魔物と同時に瘴気をも引き寄せているの」
「それって、肉体的に大丈夫なのかっ⁉ キャロに無理をさせてるんじゃ――」
「大丈夫、そこまでひどいものじゃないわ。ただ、他の種族に比べて、誘惑士、さらには夢魔の女王としての力に覚醒したキャロルやクインスは瘴気を普段から多く吸収している分、瘴気を受け止めるための器が大きいの。ちなみに、悪魔族は理由が全然違う。あの種族は、大昔から、それこそ女神教が普及する前から、強い差別にあっていたの。黒い翼に角が不吉の象徴とでも言われてね。おにいも知ってるでしょ、瘴気ってのは人の嫌だなって思う感情からも生まれるって。つまり、悪魔族は差別され続けた結果、自分たちでさえも悪魔族であることが嫌になり、強い瘴気を生み出し続けていた。だから、瘴気に対して強い耐性を持つようになったの。魔法で角や翼を隠せるようになってからは、かなりマシになったみたいだけど」
「じゃあ、黒狼族も差別を受けてたのか?」
「黒狼族はまた違う。おにい、タルウィとの闘いで、彼女は狂乱化の呪いを受けてもなお、混乱せずに戦ったって言ってたよね」
「ああ、目は血走ってたが、それ以外は普通に話していたな。あの精神力には正直恐れ入った」
「呪いって、強い精神力とか根性論とかそういうものでどうにかなるものじゃないわよ。そもそも、呪いっていうのが瘴気による力で、黒狼族はその瘴気に対して強い耐性を持ち、自分の力にできる種族なの。だから呪いにも支配されず、その力を自分の物にすることができた」
だから、タルウィは職業が獣戦士から変わらなかったのか。
「ん? じゃあ、狂乱化の呪いを魔王が流行らせた本当の理由は、もしかして、悪魔族を探し出すだけでなく、呪いに耐えられるだけの悪魔族――悪魔族の魔王を探し出すことが目的だったのか?」
「どうかな。そもそも、狂乱化の呪いをはやらせたのは現魔王の鬼族でしょ? あいつがなにをかんがえているか、どうもいまいちわからないのよね」
「お前の部下だったんじゃないのかよ」
「まぁ、部下といっても末端よ? 前にダキャットを襲った吸血鬼もそうだし、さすがに全種族の動向を把握していないわ」
吸血鬼が鬼族? あぁ、そういえば漢字に鬼が入るから、鬼族といってもおかしくはないか。
俺が納得して頷くと、
「先に言っておくけど、吸血鬼って漢字の中に鬼が入っているけれど、鬼族と吸血鬼族は全く別の種族だからね」
とミリに注釈を入れられた。
口に出さなくてよかった。
「魔王も、女神の魔神化を望んでいる以上、私たちの邪魔に入ってくるのは間違いないと思うけど」
「そうだな……そのあたりは直接ぶつかって聞き出すしかないか」
まぁ、魔王と戦わなくていいなら、その方がありがたいんだがな。




