ビギナーズラックの賭場荒らし
遊び人のステータスは、幸運値が高い他は、全てが平民以下という酷いものだった。
今朝確認したスキルも変なものだったしな。
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笛吹き【遊び人Lv5】
魔笛を吹くことができる。
口笛がうまくなる。
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試しに口笛を吹いてみたら、なるほど、確かに音の強弱や音階をはっきりと区分けできるようになっていた。
ちなみに、魔笛というのは、魔道具の一種で、笛を吹くことで味方のステータスを上昇させたり、逆に敵のステータスを減少させたりする道具らしい。
スキル整理を使って別枠に移動させたら、装備系のスキル位置に移ったので、魔笛を装備できるスキルということなのだろう。
どうして遊び人のレベルが上がったのかは、ここでは伏せておこう。レベルの上がり幅が低い理由もまた……ここでは伏せておこう。
朝食を食べ終えた俺達は、とりあえず迷宮を目指そうということになった。
が、ここで一つ大きな問題が起きた。
ハルの嗅覚によると、オレゲールは大通りを東に、つまり迷宮のある方角に向かった匂いがあるという。
なので、今俺達が東に行ったら、あのぽっちゃり貴族と鉢合わせする可能性があるということだ。
もちろん、広い町だし裏通りを歩いていけば出くわす確率は低くなるが、無用なトラブルは避けたい。
そのため、とりあえずは商店の方に行くことにした。
ここの迷宮は転移陣のない25階層の迷宮で、攻略には往復5時間程度かかるそうだ。
一応、保存食の類は買ってアイテムバッグに入れているが、今日食べたいものは今日買いたいからな。
暫く歩くと、奴隷商館の前まで来た。
そこでは咥えタバコ……いや、咥えキセルをしているクインスがいた。箒で掃除をしている。
「おはようございます、クインスさん」
「ん? あぁ、昨日の。どうだい? 二人目の奴隷を買う気になったのかい?」
「いえ、前を通りかかっただけです……あの、キャロは元気ですか?」
昨日、死にたいと言っていた彼女のことを思い出し、俺はついそう尋ねてしまった。
聞いたからといって何かしてあげるつもりもないし、キャロからしても余計なお世話だろう。
「あの子なら今日も朝から仕事さ。実際、人気は高いんだよ。特に町の周りの魔物を狩る、レベルの高い冒険者達からはね」
確かに、あれだけ魔物を引き寄せる力があるのなら、実力のある冒険者たちからは人気は高いだろう。
ただし、自分の力量を見誤った者の末路を、俺は知っているが
「あんた達もあの子と仕事がしたいなら今のうちに予約しておきな。まぁ、買うのは勧めないけどね」
「全部、彼女の能力のせいか」
「ああ。夜になると空気の洩れる部屋には泊まれないからね。かといって密封した箱の中に閉じ込めたら窒息死してしまう。ある程度の広い部屋を用意しないといけない、そんなの普通の宿にはないからね。それにあの子は町の中の迷宮には入れない。迷宮に入って、そのフェロモンが風に乗って町の外に出ちまったら、魔物を町に呼び寄せることになる。そうなったら大変だろ?」
確かに、迷宮は町の郊外にあるから、魔物を呼び寄せる可能性は高いな。
望まぬ力を得た彼女の苦悩は俺の想像を遥かに超えるだろう。
キャロの事を考えていたら、クインスが俺の顔に煙を吹きだした。
思わず咽てしまう。
「なんだいなんだい、暗い顔して。あんたの責任ってわけじゃないだろう。むしろ、あんたには、キャロルを無事に連れてきてもらって感謝してるくらいさ。で、あんたたちはこれからどこに行くんだい? まさか昼間から賭場に行こうってんじゃないだろうね? 法律で現金への換金ができなくなっちまったから、私は行くつもりは全くないけどね」
「え? 現金への換金ができないならどうするんですか?」
「アイテムと交換するのさ。どうしても金に換えたい奴らは、金やら宝石といった換金率の高いアイテムを手に入れて金に換えているようだが、それでも中間マージンがとられるからね。お勧めしないよ」
……それって、まんまゲームの中のカジノみたいだな。
「しかも、賭博に参加するには、メダルを買わないといけないんだけどね、そのメダルっていうのが25%が税金なのさ」
「え? 1/4が税金なんですか?」
「そうさ。全員知っているはずなのにね。つまり、賭博をする場合は勝負をする前から25%負けた状態からスタートするってことさ。まぁ、それでも国営の賭場だから、他の町の裏ギルドがやっているようなひどいものじゃないけどね」
クインスはその後も雑談をしながら掃除を続けた。
彼女は俺と話しているが、俺だけではなく町を見ているという感じだな。
人の流れや物の流れを肌で感じている。商売人として上に立てる人間の仕草だと、ついつい思ってしまう。
あまり邪魔するのも悪いので、礼を言って去ることにした。
そして、俺は再度歩く。
「なぁ、ハル、ちょっと賭場に行ってみたいんだが、いいかな」
「賭場ですか? クインス様のおっしゃったとおりあまりお勧めできないと……あ、そういうことですか」
「ああ、まぁそういうことだ」
「……でも、本当によろしいのですか?」
ハルが再度確認する。
俺の目的は賭場を楽しむことではなく、税金を支払い平民レベルを上げることだ。
それに対し、再確認するってことは、つまりは俺の心を見透かされているってことなのかな。
キャロの身請けについて。
「キャロは不本意かもしれないけど、あいつはあいつで、多くの人に必要とされているみたいだからな」
「……そうですか」
「それより、賭場ってどんなところなんだろうな。やっぱりサイコロかな」
丁半出揃いましたって、どっちが丁でどっちが半かわからないけど。
「カードとルーレットのゲームが主なようですが、最近はすろっとましんと呼ばれる魔道具の機械が人気みたいです」
「……スロットもあるのか」
なら、眉唾かもしれないけれど、遊び人と狩人をつけて、幸運値を上げておこう。
もちろん、平民を付けるのも忘れない。
賭場はトレールールの像の真横にあった。
まるでどこかの美術館や劇場のような豪華な造りに、俺は息をのんだ。
町の入り口よりも厳重な警備、そして扉を潜るとそこにあったのは、広大な遊戯施設だった。
中央は吹き抜けになっており、そこから2階と3階があるのがわかる。
「いらっしゃいませ、お客様。当店のご利用は初めてでしょうか?」
流石にバニーガールとまではいかなくても、布地の面積が明らかに少ない、露出度の高い赤髪のお姉さんがそう尋ねた。
「あ……あぁ」
「それでしたら、こちらへどうぞ」
案内されたのは、カウンターだった。
賭場の中では全て専用メダルを使用。
メダルは100センスで白メダル75枚分。つまりは1センス=1枚だけれども25枚分は税金として持っていかれるということらしい。
青いメダルが白10枚分、黄色が白100枚、緑が白1000枚分、赤が白1万枚分、黒が白10万枚分ということらしいので、つまり黒メダル1枚が金貨10枚分か。
なんとも豪華なメダルだ。
アイテムの交換は1枚から可能。
2階以上はVIP専用の賭場になっており、黒メダル10枚以上持っている人しか入ることができないという。
なんでもそちらの方では高額レートでの勝負が行われているとか。
「じゃ、とりあえず400センス分ください」
そう言って、銀貨を4枚渡した。
そして、青いメダルが30枚渡される。
【イチノジョウのレベルが上がった】
よし、平民レベルが2上がって38になった。
これで今日は遊ぶとするか。
……あ、しまった。
俺としたことが、大切なことを忘れていた。
「あそこのアイテムが景品交換のアイテムですか?」
棚にある品物を見る。
「はい、そうです。何か交換なさいますか?」
「じゃあ、スカーフを1枚。青メダル1枚ので」
「ありがとうございます。お包みいたしましょうか?」
「いえ、このままでいいです」
俺は赤いスカーフを受け取ると、ハルの首に巻いてあげた。
隷属の首輪がちょうど隠れる。
「ごめん、気が利かなくて」
「いえ、ありがとうございます、でも、このような高価なものをいただいてもよろしかったのですか?」
「何、どうせなくなるメダルだ。形として残ったほうがいいだろ。これ、ハルのメダル、今日は一緒に楽しもう」
俺はハルに青いメダル10枚を渡した。
「……ありがとうございます。かならず増やして見せます!」
「……いや、そんなに張り切らなくていいからな。楽しく遊ぼう」
とりあえず、集合場所と時間を決め、最初は分かれて遊ぶことにした。
適当に遊んで、適当にまけて、残したメダルで賭場内の劇場で劇でも見ようか。
そう思い、スロットコーナーに行く。
カジノのカードゲームなんてポーカーとかブラックジャックくらいしか知らないし、知っているそれらも友達同士で遊ぶ程度のものだからな。
ルーレットはあまり興味ない。
スロットコーナーの前に行き、とりあえず遊んでいる人を観察してみた。
すると、普通の職業と遊び人とがいて、割合で言うと遊び人のほうが大勝ちしている者が多かった。
スロットだと幸運値の効果が出やすいのか。
でも、遊び人でも負けている人はいるし、絶対ではなさそうだ。
スロットはメダルを1枚から3枚入れて回し、揃った図柄によってメダルが増えるというゲームだ。
ゲームセンターみたいにボタンはなく、レバーを押すだけらしい。
白いメダル、青いメダル、黄色いメダルに対応しているらしいが。
黄色いメダル3枚って、つまり1回3万円ってことだよな。そんなゲーム、誰がするんだ?
と思ったら、実際、そこにも座っている人が幾人かいた。
金持ちそうな格好をしているが、彼らもVIPエリアには行けないのかな。
とりあえずスロットの受付で、青いメダルを白いメダル10枚に交換してもらうことに。
白いメダルを3枚入れるとレーンが三つ点灯した。
横のレバーを引く。
7が揃えばいいらしいのだが、当然、そう簡単に当たるわけもなく、スイカが三つ並んだだけだった。
開始10秒で、白メダル3枚が、白メダル100枚になった瞬間だった。
でも、これはビギナーズラックだと思うことにした。
その後20回回しても小さな当たりが1回来ただけでメダルが飲み込まれていったから、実際、それは間違ってなかったと思う。
うん、最初がついていただけだ。
ただし、22回転目、23回転目、24回転目とあたりが連続し、気が付けばメダルは600枚を超えていた。
周りからも注目を浴びて面倒になってきたので、白メダルを黄メダルに交換。
黄メダルを3枚使って一世一代のギャンブル――といっても3万円だが――をし、黄メダル3枚は何かアイテムに交換しようと思った。
ギャンブルに3万円なんて、日本にいたころの俺からしたら信じられないよな。
ミリは億単位の金を使って株式投資というギャンブルをしていたが、あいつは鋼の心臓でも持っているのだろうか?
そう思ってしまう。
そして、スロットのドラムが回転し、止まっていく。
7はどこにも止まらない。
その代わり……その図柄が揃った。
プラム。
黄色いメダルが10枚出てきた。
ま、幸運値88でもこんなものか。
いきなり7が揃うかも、とか思っていたが、10万円以上勝ったんだ、歓喜してもいいくらいだ。
さて、ハルはどうしているのかな?
集合時間まではまだ余裕があるため、ハルは待ち合わせ場所にはまだ来ていなかった。
んー、ここでハルがいたら、ハルの鼻でハルの匂いを追跡できるのにな。
なんて支離滅裂なことを考えて賭場の中を歩き回ると、ルーレットの周りに人だかりが。
そして……ルーレットのその席で、ハルは大量のメダルを積み上げていた。