プロローグ
連載再開です。
昔から、我が家の朝食の定番はトーストとプレーンオムレツだった。母は俺たちが起きるより一時間以上早く起き、卵を冷蔵庫から取り出すのが日課だった。卵を常温に戻すことがプレーンオムレツを上手に作るコツなのだと母はいつも自慢げに言っていた。
そんな母が亡くなってからは、俺が朝食を作ることになった。
最初に作ったオムレツと呼ぶことのできないなにかを、ミリは美味しいと言って食べてくれた。
彼女は俺にとって救いであり、生きる希望であり、喜びだった。
今にして思えば、ハルやキャロを救おうとしたのも、彼女を失った喪失感によるものだったのかもしれない――なんて言えば、シスコンに思われかねないな。
俺は承認欲求が誰よりも強かったのかもしれない。
「ミリ、運ぶの手伝ってくれ」
マイワールドに建っているログハウスのキッチンの窓を開け、俺が大きな声でそう言った。
現れたのはミリではなくハルだった。現れたというよりかは駆けてきたという感じで、まるで犬のようだ。
そう言ったら白狼族の彼女は怒るだろうな。
「ハル、ミリはどうしたんだ?」
「ミリ様ならいまは手が離せないそうなので、私が来ました」
あまりミリを甘やかすなよと思うが、それは無理な話かもしれない。
ミリの前世は魔王ファミリス・ラリテイであり、そしてハルの前の主人でもあった。その時の忠誠心はいまでも失われていない。
「マスター、私たちも手伝います」
「あたしはミルクを運ぶぜ」
そう言って手伝いを申し出てくれたのは、ホムンクルスのピオニアとニーテだ。ピオニアは相変わらずの無表情だが、ニーテはどこかバツの悪そうな顔をしている。
彼女たちは先日、この世界に現れたテト様の影響を強く受けて暴走し、俺たちに襲い掛かったことがあった。その後昏倒し意識を失っていたが、ようやく目を覚ましたのだ。
暴走していたときの記憶は朧げにしか覚えていないが、俺たちを襲った記憶は残っており、ふたりとも自分達の破壊を希望した。
彼女たちの防御力は魔法、物理ともに最強級であり、そのせいで自殺をすることもできない。彼女たちを殺すことができるのは俺の魔法、ブースト太古の浄化炎、もしくは先日使ったブースト世界の始動くらいだという。
当然、俺はそれを拒否した。
それでも、納得していない様子の二人だったが、ミリの提案で、彼女たちの体の一部に機械を埋め込み、半機械人間化することでシーナ三号のように自我を保っていられるようにすることで、ひとまず彼女たちの問題は解決することにしたそうだ。
「なぁ、マスター。あたし、やっぱりあのときのことを謝るにはマスターにあたしの体を弄んでもらうしかないと思うんだがどうだろうか?」
「どうもこうもあるかっ! 胸を押し当てるな。早くミルクをとってこい」
「なんのミルクを? ……私、出るかな?」
「スーギューのに決まってるだろ。出るわけないだろ」
俺は文句を言いながらも、スーギューのミルクを取りにいくニーテを見て少し申し訳ない気持ちになった。彼女があんなことを言っているのは、罪滅ぼしのためでもなければ、本当に俺を誘惑しているわけでもない。無理にでもいつも通り振舞おうとしているのだろうということくらい理解できる。
ハルとピオニアと一緒に人数分のオムレツを運んでいき、外のテーブルに並べた。
席についていたのはミリだけだった。黙々と本を読んでいたが、俺が来たことに気付き、目線をこちらに向けた。
「ミリ、ノルンさんとキャロは?」
「ふたりならヒヨコを見に行ったわよ。真っ黒いヒヨコ」
マイワールドは、現在第一次ベビーラッシュが到来中。
子牛とヒヨコが生まれたのだ。
特にスーギューは難産で、その日マイワールドで合流できたノルンさんがいなかったらかなりヤバかった。
彼女の知り合いに牧場主がいて、何度か牛の出産の手伝いをしたことがあったらしい。
「……そっか」
ホムンクルスのこともあり、ミリとはあまり話せていなかった。
しかし、こうして座っていると、家族向けのマンションの広い食卓でふたりきりだったあの時のことを思い出す。
いまとなっては戻りたいとは思えないが、当時の俺にとっては失いたくないと思った日常の風景を。
そして、失いたくないといったら、今の日常も失いたくない。
俺が一歩踏み出すということは、この日常が壊れる可能性があるということと表裏一体である。
それでも、俺は前に進まないといけないと思った。
「ミリ、俺に教えてくれ。魔神のことを。それと――この世界を救う方法を」
妹に全部教わらないといけないなんて、恥ずかしい兄だと思う。
それでも、前に進まないといけないのだ。
すみません、思った以上に13巻の発売日が遅くなりそうで、それに合わせて更新速度も週一ペースになりそうです。




