エピローグ
あの事件から一週間が過ぎた。
マレイグルリの騒動は落ち着きを取り戻した。
魔物の発生騒動は収束、新たに狂乱化の呪いにかかっている人間は見つからなかった。
事件は全て魔族の仕業であることが告げられた。
国王軍が市民に弓を引いた件については該当する兵指揮官の暴走ということで軍事裁判によって裁かれることになった。
トカゲの尻尾切りだと思うが、まさか魔族が国王を殺して成りすましていたなどと発表できないのだろう。
俺とハルにはツァオバール王家から多大な褒賞金が授けられることとなった。同時に、国王の天幕で見たことを誰にも話してはいけないという契約魔法をかけられたので、口止め料を含んでいるのだろう。
俺と鈴木はそれぞれ町を救った英雄として表彰され、勲一等を授かった。いかにも日本人が多く住む町らしい勲章だと思う。
しかし、俺の心は晴れない。
昨日、俺は初心者向けの迷宮の最下層まで行き、女神像に祈りを捧げ、コショマーレ様に会った。そこで、現状を教えてもらった。
テト様、ミネルヴァ様、そしてメティアス様。三柱の女神――いや、元女神たちの行方はいまだにわかっていないらしい。
コショマーレ様は今回の件は女神の問題だから俺には関係ないことだって言っていたが、しかし、俺に関係のない話ではない。
テト様が消えて意識を失ったピオニアとニーテ。彼女たちがいまだに目を覚まさないし、女神の候補にあげられているのがミリなのだから。
いまのところ、三柱の女神様が魔神化したことは世間にはほとんど知られていない。
もうひとつ教えて貰った話では、世界への影響は俺が思っているほど大きくないとのこと。ミネルヴァ様、テト様が管理する迷宮において、祈りを捧げても迷宮踏破ボーナスが貰えないことだけらしい。
もともとテト様が管理する迷宮は一カ所だけだし、ミネルヴァ様が管理する迷宮の数もそれほど多くない。また、それらの迷宮から魔物が溢れたという話は聞いていない。
「勲章か……勲一等ってもうなかったような気がするんだけど」
俺が考え込んでいたら、鈴木がそう言った。
「えっと、国民栄誉賞みたいなものだっけ?」
なんとなく聞いたことがある気がするんだけど、全然思い出せない。
きっとミリなら詳しく知っているだろう。
「んー、確か、昔、年齢制限のせいで勲章が貰えない人のために作られたのが国民栄誉賞だったから、似てると言えば似てるのかもね」
日本の勲章に年齢制限があったのか。
国民栄誉賞ができたきっかけも初めて知った。
「勲一等って、褒賞金が毎年金貨十枚も貰えるそうだけど、楠君。僕はこのお金を暫く受け取らずに町の復興と遺族への支援に当ててもらおうと思うんだ」
鈴木は言った。
今回の事件、魔物に襲われた者や王国軍の矢を受けた者、狂乱化の呪いで狂戦士になった者に殺された者、狂戦士となって暴れているところで衛兵に殺された者等、合計五十名近い人が亡くなったという。事件の規模を考えれば少ないともいえるだろうが、しかし決して喜ばしい話ではない。
「鈴木らしい考えだな。ああ、俺もそれでいいと思う」
どこまでもお人よしの鈴木の善意に、俺は苦笑して頷いた。
「本当は、町を守ってくれたあの着ぐるみの人たちにもお礼を言いたいんだけど」
「その気持ちだけで十分だ――砂糖でもあれば美味しいお菓子でも作ってあげられるんだが」
「ふふふ、砂糖だね。わかった、楠君が今度来るときまでにいっぱい用意するよ」
鈴木が笑って言った。
こいつのことだ、数百ガロン単位かそれ以上の量を用意してくれるだろう。
「そうだ、例の迷宮の暴走を止める封し――ガラス玉、魔法捜査研究所からもらったって言っていたよな。魔法捜査研究所はどうやってあの玉を用意したんだ?」
「僕も気になって聞いたんだ。一カ月以上前に勇者アレッシオさんから送られてきたそうなんだ。迷宮から魔物が溢れ出たときに使ってほしいって」
「勇者アレッシオか」
驚きはしない。寧ろ納得した。
あの男は、全てこうなることを予想していた。
魔王と繋がりがあり、タルウィの主人であり、そして今回の魔神化の後押しをした。
「楠君、やっぱり勇者アレッシオ様は事件に関わっているけれど、魔王と仲間っていうわけじゃなくて、敵対関係にあるんだと思うよ。だって、彼のお陰でこの町は救われたんだから」
違う、そうじゃない。
勇者アレッシオは全ての瘴気をテト様の女神像に送るために行ったんだ。
こんなこと、誰に話しても信用されるようなものじゃないだろう。鈴木に話したら、もしかしたら勇者より俺の方を信じてくれるかもしれないが、しかし、女神側の事情を話すわけにはいかない。
「ああ、そうだろうな。きっと魔王と繫がっていたのも、魔王の計画を知るためだったんだろう」
俺は心にもないことを言って、笑った。
「鈴木、俺たち、そろそろ町を出ようと思う。俺の勲一等の褒賞金は、鈴木の分と一緒に寄付に回してくれ」
「そうか――町を出て行くんじゃないかって思っていたんだよ。ねぇ、楠君、もしかしてなにか事件を追ってるの? 僕でよかったら協力するけど」
「ああ、本当に妙な事件でな。正直、俺にも全容はまったくつかめない。氷山の一角だけを見せられているような状態なんだ。だから、助けを求めるとしたら全部わかってからになりそうだ」
あの勇者は、マイワールドからいなくなる前に俺にこう言った。
『アランデル王国で待ってるよ』
奴がアランデル王国にいることは事実だろう。
というのも、ケンタウロスと一緒にいたはずのジョフレとエリーズが、フロアランスに帰ってきたという情報がノルンさんから俺の下に届けられた。さらに、その町に移民希望者が訪れた。フロアランスに一度拠点帰還で戻り、彼らの顔を遠くから似顔絵スキルで描写――フルートに確認してもらったところ、全員悪魔族で間違いないと言う。
詳しい話はまだ聞けていないが、彼らの雇い主であるガリソンという男は、最近まで勇者と一緒に行動していた。
つまり、悪魔族の逃走には、ジョフレとエリーズだけではなく、勇者が一枚噛んでいたことになる。ケンタウロスがミネルヴァ様とともにいたのも、そのあたりが絡んでいるのだろう。
ちなみに、俺がフロアランスに行ったときには、ジョフレとエリーズは既に町から逃げたあとだった。
何故、わざわざ自分の居場所を俺に知らせたのかはわからない。
俺がなにをしようと倒せる自信があるのか、それともなにかを企んでいるのか。
どのみち、俺には選択肢はない。
事件を追ったからといって、なにかが変わるという保証はない。
魔神化した三柱の女神様を止められる保証もない。
それでも、勇者アレッシオと会って、真里菜とカノンの無事を確かめないといけない。
俺は、瘴気に蝕まれるテト様を前にして、なにもできなかった。いや、なにもしなかった。
そんな俺がアランデル王国に行って、なにができるのかと思った。
以前の俺にできなくて、未来の俺にできるのか?
できると信じたい。
だって、俺には成長チートがあるんだ。
絶対になんでもできるようになってやる。
無職だって世界を救えるところを見せてやる。
戻ろう、フロアランスへ!
※※※
アランデル王国某所。
突如として現れた闇の穴から彼女は現れた。
教会で何度も見たひとりの少女――女神テト。
しかし、彼女はもう女神ではない。
魔神――世界を破滅に導く存在。
その場で目を覚ましたひとりの女性は、差し出すテトの手を取った。
闇の中に引きずり込まれていく女性は振り返る。
そこにいたのは、彼女の友人の姿だった。
「待っていてね、マリナ」
強力な睡眠薬のせいで、朝まで目を覚ますことのない友の名を告げ、カノンは前を向いた。
「もう少しで、あなたの願いを叶えてあげることができる――私が新たな神になることによって」




