肩を寄せ合う夜
夕食を食べ終えた俺は、蝋燭の消耗が意外と早かったことに気付いたため、一本蝋燭を購入した。
そして、部屋に帰り、武器の手入れをすることにした。
鋼鉄の剣はきっちり手入れされていたが、鉄の剣とゴブリンソード、最初に解体用に使った短剣は手入れしないと。アイテムバッグの中に入れているからすぐに錆びることはないが、こればかりは欠かすことはできない。
ハルも俺と同様、ショートソードの手入れを始めた。
「……そういえば、この鉄の剣と短剣、盗賊が持っていた奴なんだけど、勝手にもらっちゃってよかったのかな。今考えたらこれも立派な盗賊行為な気がするが」
「盗賊の持ち物は、倒した者が貰っても構いません。ただし、職業が盗賊の人間はその限りではないそうですが」
「そっか……でも、盗賊って盗賊団の中でも一人だけだったし、意外と堕ちにくいんだよな。昼間、俺達を脅迫してきた奴らも全員盗賊じゃなかったし」
「ですね。線引きは微妙ですが、天罰は早々下るものではありません。例えば、人を殺したら盗賊に堕ちますが、正当な理由があれば盗賊にはなりません。ご主人様が盗賊の仲間二人を殺しても盗賊にならなかったように。全ては調和の女神ライブラ様の名の元に罪が決まるそうです。ライブラ様は全てを見ています」
世界中の人の罪を見ているのか。トレールールとは違い働き者の女神様もいたもんだ。
でも、盗賊のアイテムは盗んでも罪にならないのは助かった。
……あっ、思い出した。俺、盗賊のアジトから剣と短剣の他に、木箱も持ってきたんだった。
本気で忘れていた。戦いのアドレナリンが冷めない中でのアイテムの回収だったからな。
それに、汚い木箱だったし、中身をあまり期待できるものでもなかったが。
「ご主人様、その木箱は、ノルン様が監禁されていた部屋に置かれていたものですね」
「ああ。一応持ってきたんだが、中身を見るのを忘れていてな」
俺はそう言って箱の蓋を開けようとし、
「……ミミックってことはないよな」
いやいや、擬態魔物だったらアイテムバッグに入れることができないだろう。
一番最悪なものは、盗賊たちの溜め込んだ洗濯物だが、木箱にはきっちり釘が打ち込まれているから、その可能性も低い。トラップなどならわざわざ開けにくくするとは思えないし。
短剣を木箱の蓋の隙間に入れ、こじ開けるように蓋を開けた。
そして――その中身は、
「石?」
「何かの鉱石のようですね」
大量の石が出てきた。普通の石ではなく、一部が銀色に輝いており、確かに何かの鉱石のようだ。
そうだ、鉱物鑑定、あれを使おう。
結果、すぐに答えが返ってきた。
【ミスリル鉱石:ミスリル銀を含む鉱石。ミスリル銀を製錬するには高レベルの錬金術師の力が必要】
やっぱり、この世界にはミスリルがあるんだな。ゲームじゃ定番だし。
この様子だと、オリハルコンも存在するのだろうか。
でも、武器屋にはミスリル系の装備は全く売っていなかった。ということはかなりレアアイテムなんじゃないだろうか? そう思ってハルに話すと、俺が思っているよりも芳しくないようだ。
ミスリルは確かに貴重な装備を作ることができる鉱石だ。
だが、ミスリル鉱石を製錬するには高レベルの錬金術師にならないといけない。
さらに、ミスリルを武器や防具に加工するには、これまた高レベルの鍛冶師でないといけない。
そのため、多くの国はその製法を独占するだけではなく、ミスリルが取れる鉱山まで独占しているという。
だから、売り値はあってないに等しい。盗賊たちがどこからこのミスリル鉱石を奪ったのか、今となってはわからないが、扱いには随分困っただろうな。捨てるには勿体ないが、金に換える手段が限られる……か。
こうなったら、俺が錬金術師と鍛冶師を極めて自分で武器防具を作るしかないな。
槌使いと見習い錬金術師は暫く固定でつけておくか。
ちなみに、見習い錬金術師で作れるアイテムは、まだ少ない。
錫や銅、鉄、鉛や亜鉛などを鉱石から精製することができるのと、それらを組み合わせた合金が作れる程度らしい。
ミスリルの装備が世間に出回ることは少ないが、ゼロではないそうだし、持っていたとしても怪しまれないそうだしな。
職業変更はもう一つ。
遊び人にしておく。
……………………………………………………
職業:遊び人 【平民Lv30】
平民のまま職に就かずにいたらこうなった。
少し変わったスキルを覚える職業。
特殊経験値取得条件:異性と身体を交える。
……………………………………………………
つまりはそういうことだ。
武器の手入れを終え、俺はハルの肩を抱き寄せた。
~閑話~
そして、肩を寄せ合う男女がもう一組。
森の中を彷徨っていたジョフレとエリーズだった。
「……お腹空いたわね、ジョフレ」
「ああ、昨日の夜から何も食べてないからな、エリーズ」
昼間は暖かい山の中だが、夜は冷える。
旅の準備を何もしていない二人は、当然、食糧もなければ火をおこす道具もなく、こうして肩を寄せ合って温め合っていたのだが。
草を食べるケンタウロス――しつこいようだがロバの名前――を見て、ジョフレは名案を思いついた。
「ケンタウロスが食べられる草なら、僕達も食べられるんじゃないか?」
「それよ、ジョフレ! きっと食べられるわ!」
当然、そんな理屈が通じるほど動物の体というのは単純なものではない。だが、それが名案ではなく迷案だったと気付かぬまま、二人は草を食べようとしたとき、エリーズが誤ってケンタウロスの尻尾を踏んでしまった。
その痛みにケンタウロスが驚き、ものすごい速度で走り出した。
「待ってくれ、ケンタウロス! お前がいなければ、どの草を食べたらいいかわからないんだ」
「お願い、待って! ケンタウロス!」
だが、ケンタウロスの速度は落ちない。
みるみるスピードを上げていき、目の前には岩壁が。
このままでは激突する!
二人が直感した、その時だった。
ケンタウロスの身体がその岩壁をすり抜けた。
二人は顔を見合わせ、その壁に近付く。
そして、壁を触ろうとして、二人はその壁が、ただの壁ではないことに気付いた。
二人がかつて、一日にも満たない間仕えた盗賊のアジト。
そこの壁がちょうどこんな風に、見えない壁だった。
二人は頷きあい、その壁の向こうに行く。
天井がうっすら輝いていた。
「ジョフレ、これ……」
「ああ、迷宮だ! しかも未発見の迷宮! 凄いぞ、大発見だ!」
「凄いわ、ジョフレ! 迷宮の名前は何にする?」
「エリーズジョフレ迷宮だ! エリーズがいたからこうして迷宮を見つけることができたんだから」
「いいえ、ジョフレエリーズ迷宮よ! ジョフレがいたから私達は迷宮を見つけることができたのよ」
抱き合う二人、だがそれを止める一之丞はそこにはいない。
そして、二人がそれに気付くのはもう少し先。
その新しい迷宮は、部屋が一つしかなかったこと。
そして、その部屋の中央に剣が一本刺さっていたこと。
ちなみに、ケンタウロスは迷宮の中に生えていた草をもくもくと食べていた。