世界の始動を告げる魔法
「セトランス先輩! どうやってここに」
「なに、イチノスケには私の加護を授けているからね。位置の特定は容易いんだよ」
加護……そうか、ダキャットでセトランス様に加護を授かっていたっけ。
「と、もう世界がもたないな。世界の殻に罅が入った」
先ほどまでの地鳴りが止まったと同時に、真っ白い世界のあちこちから裂け目が現れ、さきほどライブラ様と通った常闇の空間が見え始めた。
これが広がったとき、どうなるのかは想像したくない。
「イチノスケ、悪いが、私たちをマイワールドに連れて行ってもらうよ」
セトランス様はテト様に突き刺さった槍の柄を握り、俺に手を伸ばした。
「でも、まだアルファさんがこの空間に残ったままで」
「悪いけど、ホムンクルスひとりに構っている余裕はないんだ。急いで!」
「……わかりました」
俺は頷き、ライブラ様を抱えたまま、セトランス様の手を取り、「拠点帰還」
と唱えた。
魔法を唱えている間、ひとつの世界が滅んでいくのを見ながら。
俺たちはマイワールドに戻った。
はぁ、疲れた。
でも、セトランス様が来てくれたんだ。
サラマンダーのときもそれで終わったんだし、これで今度こそ全部終わっただろう。
「おにい、おかえりなさい……またとんでもないことになってるね」
「ミリ、ちゃんと女神様に挨拶しろよ」
「ええ、久しぶりね、セトランス。それにライブラも。テトは……会うのは初めてだけど挨拶どころじゃないわね。本当に酷いことになってるわ」
ミリの奴、セトランス様とライブラ様と会ったことがあるのか。
まぁ、何百年も魔王をやっていたらいろいろあったのだろう。
「酷いこと……あなた、自分がかつてしたことを忘れたの?」
ライブラ様が目を細め、ミリを窘めるように言った。
「別に忘れてないし、今回のこれとは話が別でしょ――」
ミリが話している間に、今回、マレイグルリでの戦いに参加しなかったダークエルフたちも異変に気付き、集まってきた。
「ねぇ、あれもしかして女神様!?」
「本当だ、セトランス様にライブラ様――それにテト様まで」
「あなたたち、フユンとデザートランナーを連れてここからできるだけ遠くに避難! これは遊びじゃないのよ!」
「「はいっ!」」
ミリの一喝でダークエルフたちは一目散に去っていく。
いつの間にダークエルフたちの主導権を握ったんだ――今日会ったばかりのはずなのに。
「ねぇ、もう彼女――テトは手遅れじゃないの?」
そして、ミリは女神テトの症状を見て言った。
「そんなことはありません。あの時とは事情が異なります」
ライブラ様が大きな声を上げる。
「いいや、私も彼女に賛成だ。ここでテトは殺しておいたほうがいい。いまもギリギリの状態だ。このまま瘴気にむしばまれ続けて魔神として覚醒したら手がつけられなくなる」
また魔神か。
よくわからないが、瘴気が原因でテト様が苦しんでいるということか。
「――そうだ! 聖なる結界なら!」
俺はミリに提案した。
さっき、ライブラ様にまとわりついた瘴気を打ち払ったように、テト様の瘴気を消せばいいんじゃ。
「おにい、結界魔法使えたんだ。でも、それは無駄。あの魔法は瘴気の侵入を防ぐ魔法。体内に入り込んだ瘴気を取り除く魔法じゃない。そして、状態異常とも違うからディスペルでも治せないよ」
ミリはそう言って小さなため息をついた。
「いまさら魔神がひとり増えたところで、世界の終焉の期日が早まるだけだから、私としてはどっちでもいいんだけどね……どうするの?」
そう言われて、結論を出せるはずがない。
そう思った。
このまま黙っていたら、セトランス様がテト様を殺すだろう。
それで終わる。
俺はなにもできなかった、なにもしなかったで終わるのか。
「テト――謝らないわよ」
セトランス様はそういうと、もう一本の槍を取り出した。
燃える炎のような真っ赤な槍。
「火の大精霊サラマンダーの力を凝縮させたこの槍で突けば、あなたの肉体は完全に焼失し、魂だけが地脈へと帰っていくわ」
セトランス様が槍を放とうとしたその時だった。
テト様から瘴気が溢れ出て、魔物の形を作り出す。
あれは――なんだ。
「瘴気が魔物になったの、おにい、危な――」
とっさに俺を庇おうと飛び出したミリに、瘴気の塊が襲い掛かる。
「聖なる結界」
結界を張り、瘴気の侵入を防いだ。
「助けようとして助けられちゃったね」
「そんなこと言ってる場合か――まだ終わってないぞ」
俺の結界に阻まれた瘴気が飛び散り、それぞれ魔物の姿になる。
しかも、蛇の姿になった魔物は結界をすり抜けて中に入ってきた。
「魔物は入って来られるのか――スラッシュ!」
「そうみたいだね。闇の剣!」
入ってくる魔物を剣と魔法で倒していく。
セトランス様はサラマンダーの槍で、テト様から溢れる瘴気を突いていたが、そのたびに瘴気が飛び散り、魔物が現れた。
ライブラ様はメイスのような武器を使い、現れたドラゴンと戦っていた。
善戦しているが、致命打は与えられないようだ。
そう思ったときだった。
ニーテが駆けてきた。
よかった、目を覚ましたのか。
彼女の手がまるで巨大なトングのように変化する――ライブラ様の援護をするのだろう。
「ニーテ、ドラゴンを捕まえろ!」
俺はそう叫び――そして彼女はそれに従わなかった。
ニーテが捕まえたのはライブラ様だったのだ。
「ニーテ! なにを――」
「おにい、後ろ!」
「え?」
戦いに夢中で背後の気配に気づかなかった。
振り返ると同時に、俺はピオニアに羽交い絞めにされていた。
「ピオニア……なにをしてるんだ」
「おにい――」
ミリが闇の剣でピオニアに攻撃をしようとするが、彼女は俺を盾にして攻撃をさせまいとしている。
ニーテに捕らえられたライブラ様は、ドラゴンの体当たりをニーテもろともくらい、地面に激突した。
「ライブラっ!」
セトランス様が叫び、ドラゴンに槍の一撃を喰らわせた。
ライブラ様は今の衝撃で意識を失っているようだが、ニーテは無傷だった。
彼女たちホムンクルスの防御力は俺よりも遥かに高い。
「ピオニア、俺を離せ! 命令だ!」
そう叫ぶも彼女は何も言わない。
「おにい、無駄よ。ホムンクルス二体はいま、テトの制御下にある。おにいの声は届かないわ」
「なっ……くそっ、そういうことか」
ニーテは言っていた。
もしもテト様の命令があれば、彼女たちはそちらを優先し、時として俺のことを裏切ってしまうだろうと。
あのときは、そんなこと起こるはずがないと高をくくっていたが、それが現実になったわけか。
「ピオニア、後で謝るから、いまは覚悟しろ!」
俺はそう言うと、力付くで彼女を振りほどき、そして、投げ飛ばすと同時に竜巻切りを放った。
ただの竜巻切りじゃない――ピコピコハンマーのおまけつきだ。
ピコピコと、シリアスなムードを吹き飛ばすような効果音だが、これでピオニアを気絶させれば――
と思ったら、ピオニアの奴、平然と竜巻の中を歩いてくる。
しまった――ホムンクルスは状態異常無効だった。
その間に、ニーテもこちらに近付いてくる。狙いはミリか。
こいつらを無視してセトランス様の援護に行くのは難しいそうだ。
それなら――
その時、彼女が現れた。
「ご主人様、お待たせしました」
ハルがピオニアに飛び掛かったのだ。
眷属伝令で救援要請して、僅か五秒の早業だ。
「マレイグルリの街は大丈夫なのか?」
「魔物の出現が止まりましたので、あとはララエルさんたちにお任せしました」
「よし、わかった。事情は伝令で説明した通りだ。ピオニアをここから遠ざけてくれ!」
「はい――行きますよ、ピオニアさん」
ハルの疾風の刃がピオニアの体を吹き飛ばす。
攻撃そのものはダメージがなくても、衝撃を殺すことはできないようだ。
あとはニーテだけだが。
そう思ったとき、
「人造人間より、機械人間の方が上だと証明するデス!」
ニーテの前に立ちはだかったのはシーナ三号だった。
「さっきはよくもやったデスね!」
「シーナ三号! 戦いは離れた場所でやってくれ!」
「わかったデス! ってあぁ、捕まったデス!」
現れたシーナ三号がいきなりニーテに捕まっていた。
しかし、それはシーナ三号の作戦だったらしい。
「なんて――じゃあ行くデスよ、お姉さん」
シーナ三号はそう言うと、自由に動く手で、スカートの中から一冊の本を取り出した。
天地創造の書だ。
途端に、彼女の足下に落とし穴が現れた。
シーナ三号とともにニーテが地下へと落ちていき、穴が塞がった。
なるほど、戦いから遠ざかるには最適の手段だ。
あとはテト様だけなのだが――しかし瘴気のせいでセトランス様も近付けずにいる。
「ねぇ、おにいの一番強力な魔法ってなに?」
「俺の強力な魔法――前に一緒にレヴィアタンを倒したブースト太古の浄化炎……いや、それとブースト神の吐息を融合させたら――しかしもうMPが足りない」
ただでさえ魔法の融合は通常よりMPを喰らう。
それを増幅させたらMPの消費量は半端ないことになる。
結界魔法が思いのほかMPを食った。
「わかった。おにい、私がおにいの魔力を肩代わりするから、それを使って」
「肩代わりって、そんなことできるのか」
「もちろんよ。だって、私たち兄妹でしょ?」
ミリが笑顔を浮かべた。
兄妹か――あぁ、無職と元魔王、まさに最強の兄妹だ!
ミリが俺の手を握る。
すると、彼女の魔力が俺の中に満ちてくるのがわかる。
俺は手を前に出した。
【スキル:××××の効果により融合魔法のレシピを取得した】
その時だ――メッセージとともに頭の中に一つの魔法の単語が浮かんだ。
まるで、この時を待っていたかのように、それが正しい融合魔法の名前であるかのように。
そうか……この魔法の名前は――
「ブースト――世界の始動!」
増幅された炎と風が、テト様の元で融合して巨大爆発を巻き起こした。
その爆風に俺とミリは飛ばされる。
なんて威力だ。マイワールドの地形が大きく変わってしまう威力だ――地下で戦ってるシーナ三号たちは平気だろうか?
飛ばされたのは俺だけではない。テト様からあふれ出た瘴気もまた吹き飛ばされていく。
「よくやった、イチノスケ! あとは私の出番だ!」
その爆風に耐えながら、セトランス様がサラマンダーの槍をテト様の体に突き刺した。
「炎の大精霊よ! いまこそ力をはな――」
一瞬のうちに世界を静寂が支配し、
トン
と、そんな音が聞こえた気がした。
無音の中、セトランス様は自分が持っていた槍を――いや、槍だったものを見る。
彼女の槍はテト様に突き刺さった刃の部分を残し、折れていた――いや、斬られていたのだ。
無音の世界の中、彼は降り立った。
「どうも――いやぁ、危ない危ない――ギリギリ間に合ったようだね」
突如として空間を切り裂き、その男は現れた。
サラマンダーの力を凝縮させた槍を容易く切り裂く、黒髪の男。かつてフロアランスで見たときの姿そのままだ。
そして、つい最近、俺はその声を聴いた。
「……勇者アレッシオ」
ミリがその名を告げる。
やはり、こいつが勇者アレッシオか。




