魔物を止める手段
「シーナ三号、後は任せた」
「わかったデス。あ、それとマスター、ニーテが気絶する前に話していたことを伝えるデス」
「ニーテが? なんだ?」
「『そういえば、前にマスターに頼まれて醤油作りを教えたあと、日本酒の酒蔵が火落ちのせいで大損害を被ったことがあったんだ』」
シーナ三号は、ニーテの声をそのままに再生する。彼女の音声再現技術はコピーキャット顔負けだ。
「『そのせいで、瘴気が酒蔵に蔓延したんだ。ほら、瘴気って人間のイヤだなぁってもやもやした気持ちから生まれるだろ? ただ、その瘴気の流れが速いっていうかさ、迷宮に向かう速度が普通とは違う気がしたんだ。まぁ、気のせいかもしれないから言わなかったんだけど、もしかしたら、マスターが言う迷宮の魔物大量発生はその辺が影響しているんじゃないか? ……それにしてもさっきから体がだるいな』とのことです」
瘴気の流れが速い……か。
とりあえず参考にしておこう。
俺とハルは開きっぱなしになっていたマイワールドの出口から、鈴木の家に戻った。
家の中から気配はしない。本来、ラナさんはこの時間、夕食の準備を始めているはずだ。マニュアル通りに動かないなんて――と心配になって玄関に向かったところ、一通の手紙が置かれていた。
【非常事態マニュアルに従い、ミルキー様とともに所定の避難場所に向かいます】
最後にラナさんの署名が書いてある。
どうやら無事のようだ。
俺たちは家を出た。
町の中は静まり返っていた。全員避難しているのだろう。
そう思ったら、目の前に巨大なコボルト――の着ぐるみが現れた。
「イチノジョウ様!」
「その声は……リリアナか?」
「はい! イチノジョウ様、ハルワタート様、無事でよかったです」
リリアナが喜び言った。
「状況を説明してくれ」
「はい! 現在、キャロル様はスズキ子爵とともに上級者向け迷宮に潜り、キャロル様の誘惑士のスキル――月の魅惑香の効果により魔物を上級者向けの迷宮に誘導して二時間が経過したところです」
「そうか――」
俺とキャロが立てた作戦は、上級者向け迷宮に魔物を呼び込むことだった。
どういうわけか、上級者向けの迷宮の低階層は魔物が少なくなっているという話を聞き、俺たちは国王軍に向かう前に冒険者ギルドに確認をしにいった。そこで冒険者ギルドの調査で、上級者向け迷宮の浅い階層での魔物の目撃数は驚くほど少ないことを知った。
キャロの月の魅惑香は広範囲に広がるが、迷宮の複数の階層をまたいで広がらないことは、ベラスラでオレゲールが無理やりキャロを迷宮の奥深くに連れて行ったときに判明している。そのため、仮にキャロが上級者向け迷宮の一階層にいても、深い階層の魔物たちは上がってこないだろうと判断したのだ。さらに言えば、上級者向け迷宮の魔物は、動く鎧とか人形とか、嗅覚を持たない魔物が多い。仮に魔物が浅い階層に残っていたとしても、キャロの匂いに釣られる魔物は少ないはずだ。
いざというときには、彼女には拠点帰還を使って脱出するように伝えているが、いまのところ危ない事態にはなっていないのだろう。
そして、その迷宮の入り口を鈴木に守らせ、展望台からダークエルフたち十名に戦闘の補助をさせている。
これで町中の魔物を一掃できるはずだった。
一応、残り十名のダークエルフは初心者向けの迷宮や中級者向けの迷宮から上級者向けの迷宮に向かう道程の魔物を退治してもらったり、町を巡回してもらっている。
リリアナも巡回組だったようだ。
「キャロル様のスキルの威力は凄いですね。ほとんどの魔物をおびき寄せています」
「ああ、何度も助けられてるよ」
本当に彼女の能力には何度も助けられた。
見張りの塔では教会の兵を混乱させて塔の中に侵入する隙を作ってもらい、ダキャットではあふれ出る魔物から町を救ってくれた。
レヴィアタンと戦うときにおびき寄せてもらったこともある。
「よし、じゃあそろそろ鈴木の助勢に行く。リリアナは巡回の続行を頼む!」
「かしこまりました! イチノジョウ様、ご武運を!」
俺たちは上級者向け迷宮の展望台に向かって全速力でダッシュした。
屋根の上を移動する。日本人街は屋根が瓦だから走りにくかったが、魔法街は屋根が平らな石造りとなり、さらに一つ一つの建物が大きくなるので非常に走りやすくなった。
屋根の上で弓を扱うダークエルフの一人を見つけ、
「ありがとう! 悪いがもう少し頑張ってくれ!」
と声を掛けて通り過ぎた。
「イチノジョウ様こそ頑張ってください!」
黄色い声援を受け、俺は足の裏に力を入れた。
上級迷宮に近付くにつれ、着ぐるみを着ているダークエルフたちの姿だけでなく、衛兵たちの姿、さらには冒険者や傭兵たちの姿も見え始めた。
キッコリたちも戦いに参加して、弱い魔物を倒していた。戦える人間は総動員で魔物の対処をしているようだ。
そんななかで、一際人が多く、そして大量に魔石やドロップアイテムが落ちている場所があった。
俺はその前に着地すると途端に、鼻先に剣を突き付けられた。
「ごめん――楠君。敵かと思ったよ」
「あやうく鼻の穴が三つになるところだったよ」
俺は冗談めかしてそう言い、背後から迫ってくる山羊のような魔物の額にプチファイヤをかました。
「ハル、しばらく鈴木とキャロと話す。迫ってくる敵を全部倒してくれ」
「かしこまりました」
ハルが頷き、鈴木の代わりに魔物退治を始めた。
その間、俺と鈴木は階段に移動する。
「大丈夫か? ここはお前ひとりで戦ってたのか?」
「うん、乱戦状態になったら、どうしても魔物の何匹かを取り逃がすからね。ここは僕が責任を持って守っていたよ」
俺たちは階段を下りていく。
階段の下の部屋で、いつもの姿のキャロが待っていた。
「イチノ様っ! 無事でよかったです!」
キャロがそう言って俺に抱き着いた。
「無事だったのなら、眷属伝令で知らせてください」
「悪い――そうだよな」
俺はキャロに抱き着かれたまま、新たにわかった真実を告げた。
そして、俺はキャロを抱き上げたまま、鈴木の方を見た。
「……今回の件、裏でタルウィと勇者アレッシオ、そして新たな魔王が絡んでいた。国王は魔王が化けていて、そこにタルウィが一緒にいた。タルウィは勇者アレッシオの命令で動いていて、魔王と繫がっていることはわかった。手を組んでいるのかどうかはわからないが。あと、ミリと合流できた。今は寝ている」
それを聞いて、狼狽したのは鈴木だった。
特に、勇者アレッシオの名前が出たところで、鈴木の気配に変化があった。
こいつは自らを勇者と名乗るくらいアレッシオのことを尊敬していたからな。しかし、俺のことを疑ったりはしなかった。
「……そう」
いろいろと思うところはあるだろうが、鈴木はすべて飲み込んだ。
強い奴だ。
さすがは主人公だな。
「今度は僕からの報告だね。実は魔物は迷宮の外だけじゃなく、奥深く、女神像の間から大量に湧き出ていることがわかったんだ」
「女神像の間から……それって」
「うん――これは本当に秘密のはずなんだけど、女神像には、浄化するべき瘴気を魔物として生み出す機能があるんだ」
ヨミズキでは、魔物を生み出す機能が壊れ、機能を失ったはずのメティアス様の女神像から魔物が生み出された。
デイジマでは、鬼族が瘴気を集める機械を使い、その余波により魔物が大量に生み出されて迷宮から溢れ出る惨事になった。
女神像には、一般的には知られていない機能がいろいろとある。
「それなら話が早いよ。それで、その瘴気を魔物化させずに霧散させるための魔道具があるんだ」
鈴木はそう言ってアイテムバッグに手を入れ、取り出した。
「これ、覚えているよね?」
鈴木が出したのは、ふたつのガラス玉だった。
まさか――ダキャットで使ったあのガラス玉が、こんなところで出てくるとはな。




