キャロのピンチ
ふたりで国王軍に向かう。
門を出たところで、矢を射られることはなかった。
国王軍のいる場所にまでいくと、兵たちが道を空けた。
不思議なことに、国王の天幕に行くにも拘らず、持っていた武器を取り上げられることはなかった。
逆に嫌な予感がする。
「キャロ、緊張しているのか?」
俺が尋ねると、金属製の杖を大事そうに握る彼女は無言で首を横に振った。
「そうか――でも油断するなよ」
俺はそう言って、天幕の中に入った。
そこには、俺の見知った人物がいた。
「なんとなく、お前がいる気がしたよ――タルウィ」
白狼族の剣士、仲間として一度共闘し、つい先日は敵として戦った相手だ。
彼女は俺の言葉を聞き、小さく微笑む。
そして、俺はタルウィの横に座る偉そうな男を見た。
顎鬚を蓄えた高そうな服を着ている男が、タルウィ以外誰も護衛につけず、これまた高そうな椅子に座っている。
こんな重そうな椅子をわざわざ城からここまで運ばせたのか。
「あんたがツァオバールの国王か――」
「いかにも」
「ディスペルっ!」
そう言ったが、魔法が発動しない。
キャロが予想した通り、魔法封じの結界が張られているのか。
「なるほど、我が洗脳されているとでも思っておったか。愚かな。我に洗脳など効くはずがなかろう」
「あぁ、効かないとは思ってたよ」
俺はこいつを見たときから、国王が洗脳されている可能性は少ないと思っていた。
こいつの職業を見てしまったから。
【魔王:LV53】
国王と魔王が同一人物なのか、それとも魔王がツァオバールの国王に化けているのかはわからない。
「まずは陛下の御前試合といくか」
タルウィがそう言って剣を抜く。
以前の普通の剣と違い、禍々しいオーラを放つ剣だ。
魔剣だろうか。
「話し合いに来たんだがな」
「罠とわかって来たんだろ? まどろっこしいのは無しだ」
俺は横目で魔王を見る。
どうやら戦いを止める気はないようだ。
「タルウィ、前にボロ負けしておいてまだ戦うつもりか」
「無論だ」
「そうか――悪いが容赦しないぞ。時間がないんだからな」
俺はそう言って白狼牙を抜いた。
今回は最初から、すべての職業を物理戦闘向けにしている。
これなら攻撃を受け止められまい――そう思ったのだが、彼女は以前の何倍もの動きで俺の刀を受け止めた。
「前より速くなってるっ!?」
「自分だけが成長していると思ったら大間違いだ」
タルウィが剣を振るった。
俺は即座に後ろに飛ぶが、頬が僅かに斬れた。
完全に避けたと思ったが、あの魔剣から黒い波動のようなものが伸びた。思っている以上に厄介だ。
レベルは以前とあまり変わらないのに、彼女の成長速度が俺の成長チートを明らかに上回っているどんなチートを使ったんだよ。
俺は彼女の剣を受け止め続けたが、魔剣の黒い波動のせいで生傷を作っていく。
「イチノジョウ、何人の狂戦士と戦った」
タルウィが笑いながら言った。
「お前と話している暇はないって言ってるだろ――一閃っ!」
俺は剣を弾き、刀を横薙ぎに払ったが、彼女の腹部の服と皮一枚を切り裂いただけで、致命傷には至っていない。
傷を負ったにも拘らず、タルウィは嬉しそうだ。
「狂戦士は、狂乱化というスキルを使うことができる。ユニークスキルである狂乱化は狂戦士にしか使うことができない。だが、狂戦士を極め、狂乱化の極みの称号を取得したとき、そのスキルは開化する。ユニークスキルから通常スキルとなり、任意の状態で発動できる」
「まさか、お前――でも、混乱していないだろっ!」
「混乱――人々はそう言うが、それは勝手な思い込み――ただ目の前の人間と戦いたくなるだけ、狂気に支配されるだけ。普通の人間ならばまともな言葉を発することもできなくなるが、私は違う」
タルウィはそう言って、再度斬りかかってくる。
「私の心は常に戦いに支配されているからだ!」
つまり、狂乱化のメリットだけをこいつは使いこなしているっていうのか。
でも、どうやって狂戦士から獣戦士に戻ったんだ? 狂戦士から獣戦士に戻るには、一度贖罪者のレベルを上げる必要がある。
そもそも、どうやって数日で狂戦士を極めたんだ?
こいつは国王に化けていた魔王と繋がっているんだ。
いくらでも方法がある。
たとえば俺のように養殖していた経験値の高い魔物を倒すとか。
そして、その方法は俺が想像したなかでももっとも最悪なものだった。
「イチノジョウ、貴様との再戦をどれだけ待ち望んだか――そして、貴様と戦うために、どれだけの人を殺してきたか」
「貴様っ!」
こいつは、人間を殺してレベルを上げたのだ。
死刑囚や犯罪者だけでは済まないだろう。
俺は怒りに任せて剣を振るうが、それがいけなかった。
大振りになってしまい、隙だらけになった俺の胸にタルウィの剣が当たった。
「斬れていない? その服はただの服じゃないのか」
タルウィは目を細めて俺の服を見た。
ダークエルフの秘術で作られた服が剣の衝撃を体全体に受け流してくれたのだ。
そのせいで致命傷は避けられたが、逆に言えば広い範囲にダメージを受けている。内出血くらいは起こしているかもしれない。というか、あばら骨何本か折れただろう。
それにしても、これだけ騒いで誰も天幕の中に入ってこないとは――天幕周辺を警備する衛兵たちは全員洗脳されているのか。
だとすれば、下手にここから逃げるのは危険か。
と視界の端で、魔王が動いた。
やはり、魔王の狙いは、俺を呼び出して殺すことじゃなく、キャロだったのか。
「キャロ、逃げろっ!」
俺は叫んだ。
「最初に貴様の存在を知ったのはダキャットだったな。魔物を操る誘惑士の半小人族がいると。脅威になると思っていた――しかし、魔法の結界の中においてもその変身を維持できるとは大したものだ」
こいつ、キャロのことも調べていたのか。
まさか、キャロが大人の姿に変えられることまで調べられていた――いや、知っていたのかもしれない。
淫魔族の正体が小人族であることを。
「厄介だと思ったよ。貴様の能力があれば、魔物を誘導することも可能だからな。私の計画の邪魔になると思った」
「覚悟しろっ!」
魔王が振り下ろした剣は普通の人間には避けられるはずはなかった。
彼女はいとも簡単に躱し、あろうことか一瞬のうちに魔王の背後を取ったのだ。
「なにっ!?」
金属の杖は一瞬のうちに二本の短剣へと姿を変えた。
そして、彼女はキャロルという仮の姿を消し去り、本来の姿を取り戻した。
「覚悟するのはあなたの方だったようですね」
俺の剣であり盾の白狼族の少女――ハルの姿がそこにあった。




