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秘密の打ち明け

 宿は冒険者ギルドの辺りにはないため、結局奴隷商のあった場所の辺りまで戻ることになった。

 ハルはその間も鼻をぴくつかせ、オレゲールという貴族がいないか警戒に当たっていた。


 高級な宿はあの貴族が宿泊している可能性が高いので、中堅レベルの宿の場所を調べ、そこに泊まることに。

 木造の民家を改造したかのような宿だったが、夕食・朝食込みで二人で50センスと安かった。鍵代として10センスは別料金として支払う。これは宿を出るときに鍵を返すと返却されるものだ。まるで銭湯のコインロッカーみたいなシステムだが、これはこの世界では普通のことらしい。

 お湯は1杯までなら無料らしいが、2杯貰うことにした。お湯は1杯1センスだ。ランプの場合、蝋燭1本までなら無料らしいので、1本で済ませることにした。

 あとで部屋に運んでもらうことにした。料金は前払いだ。チップフリーの標識が店前に掲げてあったので、他の費用はとりあえずはいらない。

 体中獣臭いから、しっかり拭いておきたかった。


 桶の中に水を入れて、中にプチファイヤでお湯ができないか? と少し考えたが、そんなことをして火事になったら大変だしな。実験して、100発100中どんな桶でもお湯を作れるようになったらお湯を借りる必要もなくなるな。


 用意された部屋は二階にあるらしく、俺とハルは二人で向かった。ツインベッドの部屋を頼んだのはいい。確かにベッドが二つある。

 だが、部屋が狭いためベッドが完全にくっついており、これだとダブルベッドと変わらない。


 まぁ、この方が俺には都合がいいか。

 ただ、ハルの顔色が暗いな。


 やっぱり、あの貴族のことを気にしているのだろう。

 俺はこの時、これまで後回しにしていたハルが奴隷になった理由やあの坊ちゃん貴族に気に入られた経緯などについて聞きたいと思った。


 だから――


「ハル、俺の話をする! 聞いてくれ!」


 俺はそう宣言した。

 そして、ベッドの端に座る。クッション性もほとんどない、硬いベッドだった。

 ハルは立ったまま話を聞こうとするが、横に座るように促して、並んで座った。


「ハル、俺が異世界、日本人だってことは話したと思う。日本ってのは、誰も魔法を使えない世界にある一つの国だ。日本には人を襲うような魔物もほとんどいない。まぁ、ブラウンベアっぽいのはいるけど。それで、科学技術という、物が燃える力や雷の力を使って物を動かす技術が発達したんだ。魔法を使わずに鉄の船が空を飛んだり、世界中の情報を家の中にいながら一瞬で集められたり、」


 俺はアイテムバッグから、もう使うこともないだろうスマートフォンを取り出した。

「これで世界中の人と会話できたんだぞ」と自慢気に見せる。

 アイテムバッグの中は時間が止まっているそうなので時計は俺がこの世界に来た時のままだが、その代わり、電池も全く減っていない。

 カメラを起動させて、ハルの写真を撮ってみせた。

 この世界にも、映像を記憶する魔道具はあるらしいが、それでも魔法を使っていないというスマートフォンの存在にハルは、一見大袈裟にも見えるほど驚いた。

 使い終わった後はアイテムバッグに入れておく。また何かに使えるかもしれないからな。


「空に浮かぶ月にも行ったりするような世界だ」

「月に行ったのですか!? ご主人様も!?」


 月に行く、その言葉にハルは驚いた。


「いや、月に行ったのは選ばれた人間だけでな、俺みたいな一般人は夢のまた夢だよ。うん、俺は一般人だったんだ。両親を早くに亡くし、妹と二人で過ごしてきたんだが、仕事をしようにもどこにも雇ってもらえなくてな。そんなとき、事故で死んでしまって、女神に会ったんだ。天恵に関してはハルに話したと思うが……ハル、俺の職業を見てくれ」


 俺はハルにステータスを見せたいと願う。


「これで見れるか?」

「やってみます。ステータスオープン・イチノジョウ。はい、見ることができ……え?」


 ハルは俺の職業を見て、言葉を失った。


「ハル、俺の職業、なんて見える?」

「……いえ、何も表示されていません。職業欄は空白のままです。それに、ステータスがとても高いです。スキルマニアの称号がありますから、スキル整理を使っているのはわかるのですが、職業が見えないなんてあるのでしょうか?」


 そうか……ハルにはそう見えるのか。

 無職……職がない。

 つまり、他の人からは決して見えない職業ということか。


「俺の職業は無職だ。無職レベル62」

「無職……生まれたまま、どの職にもついていないってことですか? 確か、無職はステータスの成長もありませんし、スキルは何も覚えないはずですが」

「レベル19まではな。レベル20からスキルを覚えるんだ。しかも、かなり凄いスキルをな。俺の強さの秘密もそれだ。女神様曰く、本来はこのようなことはありえないそうだ。大切な人以外には黙っておくようにって言われている」

「大切な人以外……」

「ああ、俺はハルのことを大切に思っている。だから、ハルにだけは話そうと思った。一人で抱え込むのは、抱え込んでいる方も、黙っておかれる方も辛いだろ? もちろん、秘密にした方がいいこともあると思うから一概には言えないけどな」


 俺がそこまで言った時、扉がノックされた。

 宿の従業員がお湯を持ってきたようだ。


 扉を空け、お湯の入った桶を二つ受け取る。

 外も暗くなってきたので、ランプの蝋燭に火を灯した。


「ハル、背中を拭いてくれないか?」

「かしこまりました」


 俺は服を脱ぎ、上半身裸になる。

 そして、マーガレットさんの店で買っておいたタオルをハルに預け、彼女に背を向けて床に座った。


 お湯の中に手が入る音、タオルを絞る音が聞こえ、背中にタオルがつけられた。

 暫く、無言でハルは俺の背中を擦っていたが、声が聞こえた。


「ご主人様……この世界で、かつて、勇者と魔王の戦いが、いえ、ヒュームと魔族との戦いがありました」

「ああ……魔王ファミリアだっけ?」

「魔王ファミリス・ラリテイです」


 あぁ、そんな名前だった。

 すっかり忘れていたが。


「白狼族は強い者に従うことを誇りとする一族です。かつて、その戦争があった時、白狼族は二つに分かれました。片方は、魔族に仕えることをよしとせず、13年前に現れた勇者とともに魔族と戦った者。そして、もう一つ……魔王の強さに心酔し、魔王に仕えた者です」


 そして、ハルは再度、タオルを洗い、絞り、言った。


「そして、私の父は後者でした」


 それって……そういえば、ハルは王宮で宮仕えしていたと言っていた。

 つまり、ハルがいたのは、魔王城だったってことなのか?


「……私の父は魔王ファミリス様に仕えた罪により死刑になりました。その後、長い裁判の後、私の母は終身刑に、そして私が奴隷落ちすることが決まったのが1年前のことでした」

「そうだったのか……」

「私をマティアス様が買うことになったのは、勇者様達の配慮によるものだと聞いております……もしも奴隷として他の国に売られていたら、私の扱いはひどかったでしょう……そして、私がオレゲール様に出会ったのは、奴隷になって二ヶ月目の日でした」


 オレゲールは、この国の男爵家の長男であり、父の命令で、各地の初心者用迷宮をクリアして力を上げるための修行の旅の最中だと語った。


「初心者用迷宮に行くための案内役として私が貸し出されました。ちょうど、その前に他の冒険者とともに初心者迷宮に行っていましたから」


 それからは特になにもなかったとハルは言う。

 通常通り護衛をして、ハルとセバスタンの二人が先頭に立って迷宮を攻略し、女神像に祈りをささげた。

 ちなみに、その時にオレゲールが授かったのはスキルではなく、タワシだったらしい。

 流石はコショマーレ様、空気を読んでくれる。


「オレゲール様が私を身請けしたいと仰ったのはその後のことです。当然私は断りましたが、それならば十ヶ月後、私の身請け条件が自由になる日にもう一度来る、彼はそう言い残して去っていきました。それからです。私のことを身請けしたいとオレゲール様が仰っていることを知った冒険者達が誰も私を借りようとしなくなったのは。私にもしものことがあったら事だと思ったのでしょう。オレゲール様のお父上、そしてオレゲール様もまた冒険者ギルドには多額の支援をなさっていましたから」

「……そうか、それは大変だったな」

「あの、ご主人様は私のことをどう思いますか?」

「どうって?」

「私は魔王様に仕えていました。子供のころのことですが、とてもよくしてもらいました。正直、ご主人様の次にですが、今でも魔王様を敬愛しています……そのような者が、ご主人様に仕えてもよろしいのでしょうか?」


 ……それがハルの悩みだったのか。


「んー、俺は魔王から実害を受けているわけじゃないから言えるのかもしれないが……別にいいんじゃないかな? むしろ、世間に悪く言われているからって一緒になって恩人を悪く言うなら、そっちの方が俺は嫌だしな」


 背中を擦る手が止まった……そして、鼻をすする声が聞こえた。


「……ハル?」

「……いえ、何でもありません……ただ、私は幸せです。ご主人様に仕えることができて、本当に幸せです」


 背中に伝わってくるハルの思いに、俺は少し背中が痒くなった。

 だから、ハルが背中を擦ってくれるのがとても気持ちよかった。

 そして、ハルは背中だけではなく、俺の胸や腹、脇なども拭いてくれた。

 その時の彼女は、目が赤く腫れていたが、その顔はとてもいい笑顔だった。


 そして――


「じゃあ、次は俺がハルの背中を拭かせてもらっていいかな?」

「え? あの、私は自分でできますが……」

「ダメかな?」

「ご主人様がよろしいのでしたら、私は……」


 ハルは俺に背を向け、上の服を脱ぎ、髪をかき上げた。

 とてもきれいな白い肌がランプの光に照らされた。


 じゃあ、背中を拭かせて頂きます。

 後で前も拭かせてくれるのか。それが今は楽しみだ。


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