訪れぬ平穏
今日にも包囲網が解かれるということで、俺たちはマイワールドで出発の準備をしていた。包囲網が解かれたら直ぐにディスペルを使うことができる法術師が町に到着するということなので、俺もお役御免というわけだ。
マレイグルリから東の街道は道が整備されているらしいので、久しぶりに三人で馬車の旅だ。
その前に、ノルンさんや真里菜たちの状況も調べておかないといけないので、拠点帰還を使って一度フロアランスに戻るつもりだ。
とりあえず、あらかた作業を終えたところで、俺たちは一度鈴木に今日町を出ることを告げるため、マイワールドから出た。
あれ? 誰もいないのだろうか?
「皆さん、用事でしょうか?」
「ラナさんはこの時間は買い物の時間ですが」
ハルとキャロが言った。キャロの奴、ラナさんの勤務スケジュールを完全に把握しているのか。マニュアル人間の彼女なら、きっとスケジュール通りに買い物に行っているのだろう。
とりあえず、俺は居間でお茶を飲むことにした。
ラナさんがいないので、キャロが代わりに淹れてくれる。
三人で座椅子に座って足をテーブルの下に伸ばしてくつろいでいると、鈴木が帰ってきた。
鈴木は俺の姿を見るなり、大きな声を上げた。
「楠君、どこに行っていたんだ! 大変なことが起こったんだよ」
「なぁ、鈴木――お前のポジション、『てぇへんだ、親分!』とか言いに来る下っ端に見えたんだが、主人公補正持ってるんだよな」
「うん、自分でもそう思うんだけど、それより、本当に大変だったんだ! 町で狂乱化の呪いが発動した人が大勢現れて、暴れまわったんだ。死人も出ている」
「なっ!?」
俺は立ち上ろうとして、テーブルの裏に膝をぶつけ、テーブルの上に置いてあった湯飲みが倒れた。お茶を飲み干した後だったのは幸いだが、そんなことはどうでもいい。
「事件は終わったんじゃなかったのかよ」
「行方不明の送信札――それを使った誰かがいたってことだよ」
「大変だったってことは、事件はもう沈静化したのですか?」
キャロが尋ねた。そうだ、事件が起こっているなら、鈴木がここにいるわけがないもんな。
「一応……ね。もう事件から一時間以上経過しているから、狂乱化の呪いによる混乱も解けている。でも、町はひどいよ。事件が解決したと思っていたのに、さっきまで普通に話していた人が狂戦士になって人々を殺して回るんだから。もしかしたら、友達じゃなく、自分の親や子が狂戦士になるかもしれない」
「洗濯屋で洗った服を着なかったら平気のはずだろ?」
服の中に受信札が入っていた。
洗濯屋の顧客名簿に載っている人全員に、洗濯屋で洗った服を着ないように、と通達を出しており、現在は順番に魔法捜査研究員が呪いの有無を確認してまわっているところだったはずだ。
「それが、そうでもないんだ。町のいたるところに、受信札がしかけられていたんだ。しかもご丁寧に、裏に拡声札の効果をつけてね。さながら町内放送みたいに『世界の救済』という言葉が流れたんだ。犯人の声明ともとれる言葉とともに」
「声明?」
「『創造神によって生み出されたこの鳥かごから人々を救い出すには、一度世界を壊さないといけない――破壊の後に世界の救済が訪れる』って」
「創造神? 女神じゃなくてか?」
「うん、そう言っていたよ――楠君、町中に聞こえたのに、一体どこに行っていたんだ」
鈴木は俺を責めるように一瞬息を荒げたが、思い直して純粋に質問という形で聞いた。
「いや、ちょっと引きこもってた……悪い」
「ごめん君を責めるつもりじゃなかったんだ。同時に事件が発生したら、君ひとりいたところで止められはしない。僕たちも油断していた」
「国王軍の包囲が解かれるのが遅くなるのでしょうか?」
ハルが尋ねた。
鈴木は首を横に振る。
「副市長が説明した感じでは、それはないよ。皮肉な話だけど、今回の事件で潜伏的に呪いにかかっている人間がいなくなったからね。今日にでも包囲は解かれるはずだよ」
「死者が出ている以上、地獄に仏なんて言えないな」
「そうだね――黒幕は不明のままだし。でも、今度こそ終わると思うよ」
鈴木がため息をついて言った。
最後の最後に、俺は結局、落ち込むことしかできなかった。
「犯人の目的は結局、テロを起こすことだけだったのかな」
だとしたら、大成功ともいえる。
こんな事件、国の歴史どころか世界の歴史に刻まれることだろう。
お陰で、これからの旅に必要なものを買い出しに来たのだが、開いている店が全くない。少なくとも昨日までは、食品売り場は空でも雑貨屋などは開いていたのに。
こりゃ、次の町で買った方がよさそうだな。
「…………」
キャロが何か考えている様子だった。
「キャロ、なにか気になってるのか? おかしなところがあるとか?」
「はい、おかしな点があるとすれば、黒幕の正体が明らかになっていないことです」
「ん? そりゃわからないように送信札を使ったから――」
声から犯人がわかるようなスキルがあれば話は別だが、少なくとも俺は知らない。
「いえ、通常犯行声明というのは、自分の存在や目的を広く世に知らしめるために使うものです。黒幕の正体がわからなくても、組織の名前くらいは告げるはずなんですが」
そういえば、地球で起こるテロ後の犯行声明も、正体不明の犯行声明なんて聞いたことがない。何かの組織や団体を名乗っている。
「じゃあ、今回のはテロに見せかけた別のなにかってことか?」
「それだとまだいいのですが――」
「もしくは、事件がまだ終わっていない可能性もあるということですね」
キャロの説明を継ぐように、ハルが言った。
すべて終わっていない。
事件がまだ終わってない?
本当に正体を明かすのは、すべてが終わってから?
いや、いくらなんでもそれは考えすぎだと思うけどな。
と、俺たちは初心者向け迷宮の前にまでやってきた。
結局、俺がこの迷宮に入ることはなかった。
町が落ち着いたら、中級向けの用迷宮と初心者向けの迷宮をクリアしにこよう。
などと思っていたら、衛兵たちが慌ただしい様子で初心者向けの迷宮の中を出入りしていた。なにかがあったみたいだ。
「なにかあったんですか?」
俺はなんとなくそう尋ねた。
「あなたは、子爵様のご友人の――」
「申し遅れました。イチノジョウと申します」
俺はそう言って、准男爵の証であるブローチを見せると、
「し、失礼しました、准男爵殿!」
と言って敬礼する。
この爵位、かなり有効に使わせていただいています。
「それで、なにがあったんですか?」
「いえ、地下から魔物が溢れてきていまして。弱い魔物ばかりなのですが、どうも不穏な雰囲気でして」
「地下から魔物が……上級者向けダンジョンは大丈夫なのですか? あっちの魔物なら低階層の魔物でも危険だと思いますが」
「上級者向けダンジョンは閉鎖していますが、一階層を調査した冒険者によると、魔物が増えている兆候は見られないそうです。それどころか、むしろ魔物の数が非常に少ないんだそうです」
「魔物が少ない?」
もしかして、またトラップドールが発生して、一階層に罠を作っているのだろうか?
「教えてくれてありがとうございます」
俺は礼を言って、離れた場所で待っていたハルとキャロのところに戻った。
「ちょっと魔物の数が多いだけみたいだ」
そう言ってふたりを安心させたところで、衛兵たちの声が聞こえてくる。
「おい、また魔物が階段を上ってきたぞ」
「嘘だろ、これで四度目だぞ。魔物の間引きはうまくいってないのか」
「いいじゃないか、初心者向けの迷宮なら。いまなら野菜も高値で売れるぞ?」
「俺は肉食なんだよ――獣系の魔物が出てきてくれたらいいんだが」
「ミノタウロスとかか?」
「それはいいな。それなら今日は部隊全員で焼き肉パーティだ」
ミノタウロスの肉か。ミノタウロスの味がどんなものなのかはわからないが、迷宮のミノタウロスが落とす肉は全部牛肉だった。
ドロップアイテムの肉は結構大きかったので、二、三人で食べるなら十分な量だが、大勢で食べれば一人一切れも食べられないと思うけどな。
「本当に大したことなさそうですね。イチノ様、裏通りにたとえ世界の終わりがこようとも営業を続けると豪語するおじいさんが営む雑貨屋があるんです。そこに行きませんか?」
「そんな爺さんの店なら営業しているだろうな――ただ」
俺は迷宮のことがやはり気になる。
「ご主人様、迷宮のことが気になるのでしたら、一度冒険者ギルドに行きませんか? あそこなら情報も集まっていますし、冒険者ではなくてもご主人様の爵位があればこれまで集めた魔石を換金することもできるはずです」
「あぁ、そうだな。キャロ、裏通りの爺さんのところは冒険者ギルドに行ってからでいいな」
「はい、勿論です」
よし、冒険者ギルドに行って情報集めとするか。
そう思った矢先の出来事だった。
「迷宮から魔物が迫ってくるぞっ!」
「また野菜が増えるな」
「違う、野菜じゃない! あれは――」
その時、伝令に上がってきた男が吹っ飛んだ。
ハルがいち早く反応して駆け出し、絶賛吹っ飛び中の男を空中でキャッチする。
中から現れたのは、ミノタウロスの群れだった。




