食事の裏で
ログハウスから帰ってきたとき、女性陣は既に食事を終えていた。
「釜揚げしらすの方が美味しかったですね」
「はい、イチノ様には申し訳ありませんが、キャロは一度湯通ししたもののほうが口にあっているようです」
ふたりとも、ドンブリ二杯目も食べたのか。
「もうお腹いっぱいです。何も食べられそうにありません」
「私たちもこれ以上食べれば、訓練に支障が出かねませんね」
ダークエルフたちも満足しているようだ。
「満足デス。エネルギー供給量百二十パーセントデス」
「本当だな。暫く動きたくない。ピオニア姉さん、後片付けの前に少し休憩にしようぜ」
「肯定します。食後の急激な運動は身体への負担が大きいです」
本来、食事を必要としないホムンクルスたちなんだけど、食べ過ぎによる影響ってあるのだろうか?
「しまったな。スーギューのミルクと蜂蜜、氷魔法を組み合わせて甘いアイスを作ってみたんだが、食べられないかな」
『甘い物は別ですっ!』
女性陣全員が声を揃えて言った。
「こんな冷たいデザートは生まれて初めてです。ご主人様、とても美味しいです」
「ミルクと蜂蜜の優しい甘さ。市場に流通すれば絶対に人気が出ます。これを流通させようとすれば、魔術師の人件費がネックですね。何らかの方法で安くミルクを凍らせる方法がないでしょうか」
「これがイチノジョウ様の世界のデザートなのですね。可能ならば私も行ってみたいものです」
「シーナ三号お手製の果実ソースとアイスの組み合わせは無限大デス! これぞ最強デス!」
「あ、シーナ三号、あたしにもその甘そうなソースをこっちに寄越せ」
「ニーテに同意します。独り占めはよくありません」
結局、毛虫が好きだったり、硬い肉が好きだったり、山羊の血が好きだったり、好みの違いはいろいろあるけれど、女の子が甘い食べ物が好きだっていうのはどの世界でも同じようだ。
女神の空間――無限に増え続ける本が支配者のごとく君臨し、真の支配者であるはずの女神テトを飲み込もうかとしていう具合に増えていく。
その本一冊には、人間ひとりひとりの運命が刻まれている。
奇しくもこの時はイチノジョウが書記になり、最後に入手したスキル――自伝作成を手にした
そのスキルを使えば、その人物の一生涯を書く瞬間までの記録を書き記すことができる。
女神テトが読んでいる本はその延長――つまり人が生まれ、そして死ぬまでの全ての運命が書かれている。
彼女はその本を一瞬のうちに目を通し、世界の終焉に繋がる可能性を模索し、そこから解決につながる糸口を探していた。
「テト様、お茶が入りました」
テトがお手伝い用に作成したホムンクルスであるアルファが紅茶を淹れ、テーブルの上、本の隙間に受け皿と空のカップを置き、紅茶を注ぐ。雫が飛び散るがお構いなしだ。
「…………」
テトは特に何も言わず紅茶を口に含み、本を読んだ――その時だった。
彼女が読んでいた本の頁が突然白紙になったのだ。
その本だけではない。別の本を見ても、一定の時間――つまり現在を境に続きが白紙に変わっていた。
「……運命が塗り替えられたの?」
何が起こったのかわからない。
ただ、このような事態を引き起こせる人間は限られている。
女神メティアスが無職のスキルを与えたイチノジョウ。
二度地球からアザワルドに転移するという特異点の少女、魔王ファミリス・ラリテイの生まれ変わり、ミリ。
そしてもうひとり――他の転移者とは出自が大きく異なる存在。
それならば、その人物の周囲にいる者の本を探し、これまでの動きを見ればなにが起こったかわかるかもしれない。
そう思ったとき――テトは胸を押さえて倒れた。
テトの異変にいち早く気付いたのはアルファだった。しかし、彼女もまたなにもできずにいた。
なぜなら、アルファもまたテトの不調とともに倒れてしまったから。
そして、運命の歯車のひとつが外れ、新たな歯車がそこにはめ込まれることになった。まったく違う動きを見せながら。




