シラス丼
シーナ三号の熱唱が終わっていた。
ちなみに、彼女の歌は本物のオープニングを完コピしすぎて、物まねの域を超えていた。これが本物のカラオケで歌っていたら、本人が歌っているどころか、CDを流しているのと勘違いされるレベルだ。
「次はニャーピースのエンディングテーマを所望するデス!」
「まだ歌うのか――って、私、その曲知らないぞ。シーナ、お前、エンディングと次回予告はいつもスキップしてるだろ」
「次回予告はネタバレデスから。それならいまから流すから覚えるデス、後輩!」
どうやら、シーナ三号にとって、フルートの呼び名は後輩になったようだ。
フルートはやれやれと言いながらも、教会の最前列の長椅子で、シーナ三号とニャーピースのエンディングを見始めた。
「なぁ、シーナ。このエンディングに流れている文字、音声翻訳、文字翻訳の部分がお前の文字になっているんだが、どういうことだ?」
「このDVDはマスターの故郷の文字と言語で使われていたのデス。このままでは後輩が見ることができないので、シーナ三号が内容を書き換えたのデス」
「よくわからないけど、凄いことしてるんだな」
「先輩は凄いのデス」
「もう一回流してくれ、やっぱり一回じゃ譜面に起こせないって」
「譜面ならシーナ三号がすでに用意してるから、それを使えばいいデス」
「持ってるなら先に言えよ」
あのふたり、かなり仲が良さそうだ。
ていうか、どうやったか知らないが俺のDVDの中身を勝手に書き換えるなよ。
それ、DVD-Rだから書き換えるのは無理なはずなのに。
「マスター、フルートの奴、楽しそうにしてるだろ?」
シーナ三号と同じようにいつの間にか現れたニーテが俺に言った。
「楽しそうというか、少し羽目を外し過ぎな気がするよ。本来、教会ってそんな場所じゃないだろ」
教会ではさっきからエンディングシーンが何種類も放送されている。
「女神様が見ても怒りはしないよ。シーナ三号とも波長が合うみたいで、今朝もふたりでDVD鑑賞してたみたいだし」
「お前とも波長が合うんじゃないか? 喋り方も似てるし、いい友達になれると思うぞ」
「あたしはダメだよ」
ニーテは首を横に振って言った。
「どうしても、心のどこかでわかってるんだよ。波長が合うんじゃなくて、私が合わせることは可能だけどさ、それってやっぱり友情とはどこか違うんだと思う」
「わからないけれど、今のお前の性格は、お前の魂のものじゃないのか?」
「いいや、私のこの性格はマスターの望みによるものだよ。最初、ホムンクルスと聞いたとき、マスターはホムンクルスのことを命令を聞く人形のように思っていたんだろ?」
あぁ、そうトレールール様に教わった。
ロボットだとか動く人形みたいな感じに言われていたのを思い出す。
「だから、ピオニア姉さんの性格は、マスターが望んだ通り、あまり感情が表に出ない、引きこもりになったんだ。それで、ピオニア姉さんみたいなホムンクルスより、もっとわかりやすいホムンクルスがいいってマスターが望んだから、私のような裏表のないホムンクルスが生まれたってわけさ」
「俺の望み……俺、そんなスケベなホムンクルスを望んだ覚えはないけどな」
「本当に? 心のどこかで望んでないか?」
そう言われたら自信がなくなってくる。
俺は話を変えることにした。
「でも、偽者って、それを言ったらシーナ三号は半分機械だぞ」
「シーナ三号の場合、体は機械でも魂は本物だろ? 自然に宿ったものだ。でも、あたしやピオニア姉さんの魂はテト様が作った仮初の物に過ぎないからさ。たぶん、テト様が命令をしたら、あたしはマスターも裏切っちまう。そのくらいわかってるさ」
「お前、そんなこと考えてたのかよ。似合わないぞ?」
「なんだよ、マスター。あたしの愛が仮の存在だって知ってショックじゃないのかよ」
「愛の話なんてしてないだろうがっ!」
俺がホムンクルスにこんなバカなことを言わせたいと望んだなんて思えない。
きっと、全部ニーテの冗談だろう。
「マスター、食事の準備ができました」
ちょうど夕食の用意ができたようだ。
俺たちはログハウス前の広場に向かった。
マイワールドで全員での食事は基本屋外で行われる。
ここには、いまだ全員が入れるような建物は造船ドックぐらいしかない。その造船ドックも、いまはピオニアが自作した楽器の部品で溢れていて、落ち着いて食事ができる環境ではないからだ。
「今日は凄い料理だな」
なんと、今日のメインディッシュは釜揚げシラス丼だった。この世界に来て食べるのは初めてだ。他にも、野菜や魚の天ぷらが並んでいる。
「一カ月前にデイジマで仕入れた魚が卵を生んで、一カ月になります。マイワールドにはこの小魚の天敵が存在しないため、ある程度間引く必要がありました」
ジュエルタートルは入江で養殖しているため、それ以外の海では小魚の天敵が存在しない。植物プランクトンを食べて増殖し続ける。
「マスターにはこちらを用意しております」
「お、生シラス丼かっ!? ピオニア、わかってるじゃないか」
江の島に来た気分だ。
「イチノジョウ様、本当に火を通さずに召し上がるのですか?」
ララエルが心配そうに尋ねた。
「ああ、生シラス丼は新鮮じゃないと食べられないからな。俺たち日本人にとっては贅沢な品なんだよ」
「ピオニアさん、キャロもイチノ様と同じ物をお願いします」
「私もご主人様と同じナマシラスドン? をお願いします」
キャロとハルが俺に合わせた。
「マスター、これを浄化してください」
「これって、卵黄か?」
「肯定します。食中毒には注意していますし、菌の繁殖は確認できませんでしたが、必要だと判断しました」
「わかった」
俺は卵黄に浄化をかけると、ピオニアは俺の丼の上にその卵黄を落とした。
黒い鶏は週に一度くらいしか卵を産まないらしく、とてもではないが全員分用意できなかったらしい。少し悪い気もするが、好意は受け取っておこう。
こうして、俺、ハル、キャロ、ホムンクルス、ダークエルフ、フルート、全員そろってのシラス丼実食会が始まった。
ちなみに、ナナワットは俺たちが食べ始める前に、バケツ一杯のシラスを豪快に食べている。贅沢なデザートランナーだ。
フユンは馬なのでこのパーティには参加せず、草を食べている。
「うん、美味い! 生姜で生臭さが消えて、……これはわさび醤油を使っているのか?」
「肯定します。マスターが以前、ヨミズキで採ってきた葉わさびを使っています」
「醤油はあたしが作ったんだぜ」
「日本の醤油じゃなかったのか」
驚くことに、今回の和食は全てマイワールドで採れたもの、作られたものでできているらしい。ここまでいろいろなものを作れるようになったのか。
「生シラスが舌の上で溶けていきます……んー独特な食感ですね」
「歯ごたえがあまり感じられません」
キャロとハルには少し不評のようだ。
「この時々カリっとする食感はなんでしょうか? この食感は好きですね」
「しらすの目でしょう」
ハルは表情を変えないが、尻尾がなにか複雑そうな感じだ。
シラスの目の食感は好きだけど、目を食べていると言う事実は嫌だとか。
ふたりとも味ではなく、食感の話しかしないが、
ハル、キャロとは対照的に、釜揚げシラス丼を食べているみんなは満足そうだ。
俺はご飯が半分、しらすが三分の二くらい無くなったところで、卵黄を潰して卵かけご飯風にして食べる。
なんという贅沢な卵かけご飯だ。
「イチノジョウ様は本当に卵も生で召し上がるのですね」
ララエルが驚いたように呟く。
卵を生で食べるのは、魚を生で食べること以上に珍しいらしい。
しかし、「ララエルも食べてみるか?」と誘いをかけてはいけない。
俺は気軽に誘った感じでも、ララエルからしてみれば命令と捉えるかもしれない。わかっている、自分にとって変な物を食べさせられる辛さを。
モンクロシャチホコという虫がいる。サクラケムシとも呼ばれる虫で、その名の通り、サクラの木に多く生息する毛虫なのだが、その名の通りというのはもう一つある。
食べた時、サクラの香りがするのだ。
しかも、その食感はぱりっとソーセージを食べているような食感、あふれ出る肉汁はとてもジューシー。味だけならば最高らしい。
しかし、味が最高だからといって、人間には忌避する食事というものが存在する。
「おにい、食べてみてよ。モンクロシャチホコはこの時期には簡単に捕まえられるんだけど、昆虫食の専門家が認める美味しい昆虫ベスト五に入るんだから」
なんて言って勧められたが、だから、どうした?
ベスト五だろうとベスト一だろうと食べたくない物は食べたくない。
コオロギやアリは何度も我慢して食べてきたことがあるが、毛虫はダメだ。
俺はなんとか、モンクロシャチホコだけは食べずにこれまで生きて来られた。
なにが言いたいかというと、俺にとってのモンクロシャチホコが、ララエルにとっての卵や魚の生食かもしれないということだ。
美味しいから、安全だから、ということではないのだ。
「どうなさったのですか? イチノジョウ様」
「いや、昔、妹に毛虫を食べさせられそうになったことがあってな」
「ああ、美味しいですからね」
「そうそう、とても美味しいらし……え?」
あれ? いまのララエルとの会話におかしな点があったような気がする。
「あぁ、美味しいですよね」
「黄金樹に付く害虫なので本当は憎い存在ですけれど、見つけたときは嬉しいです」
「マイワールドに来てから食べられないのが残念ですね」
ダークエルフたちは毛虫の味について、嬉しそうに語り合った。
「ララエル? 毛虫を食べていたのか?」
「はい。我々ダークエルフにとって、貴重なタンパク源ですから」
なんで、毛虫はオッケーで卵と魚の生食はダメなんだよ――とツッコミを入れたくなった。
「私も魔王様からいただいたことがあります」
「キャロは子供の頃に食べたことがあります。子供の頃に食べたので抵抗はなかったですが、慣れていないと食べにくいかもしれませんね」
ハルとキャロまで食べたことがあるのか!?
ミリの奴、前世でも虫を食べていたのか――いや、むしろ前世で虫を食べていたから、いまでも虫が好きなのか。
もしかして、毛虫が嫌いなのって俺だけなのか?
そう思ったとき、フルートが苦笑いして呟いた。
「私は毛虫はイヤだな。生卵や生魚の方がまだマシだよ」
いた!
毛虫嫌いの仲間が。
「そうか、じゃあフルートはなにが好きなんだ?」
「あたしは山羊の血の炒め物だな」
仲間じゃなかった。
いや、山羊の血の炒め物――知ってるよ。沖縄料理の中でもマイナーな方だけれども売っている店もあるくらいだし。
でもさ、やっぱり血を食べるのってどうかと思うよ。
俺、マグロの刺身にたまにある血合いだって食べるの嫌なんだけど。
食材を美味しく食べたければ、血抜きは大事だよな。
「ハルは一番好きなのは干し肉でいいんだよな?」
「干し肉に限らず、歯ごたえのある肉ですね」
「キャロが好きなのはなんだ?」
「一番好きな物……と言われるといささか困ってしまいますね。イチノ様にご馳走になった玉子とカリカリベーコンのサンドイッチの味はいまでも忘れられませんが」
ベラスラで買った奴か。
うん、確かにあれは美味しかったよな。
「イチノ様が一番好きなのは、確かウナギでしたよね?」
「ああ、ウナギだな。マイワールドで養殖は……難しいよな。まぁ、稚魚が大量に手に入ったら、一度試しに放流してみるつもりだが」
ウナギの完全養殖は近畿地方のどこかの大学が研究していたって聞いたことがある。
俺がこの世界に来てからまだ数カ月なので、研究がどこまで進展したのかはわからないけれど、近い未来、日本ではウナギが安く食べられるようになっているのだろうか?
食べ物の話を続けたせいで、皆の食欲はいつも以上だった。
俺は、夕食に満足すると先に席を立ち、なにか皆のために作れないかとログハウスに向かった。




