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洗濯屋は答えない

 ミリの嘘つき……拠点帰還は異性の家に転移する魔法だって言ってたじゃないか。

 マーガレットさんの名前が二番目にある時点で気付くべきだったんだけど。

 マーガレットさん相手に対し、今回のような感情はなかった。彼女にはお世話になっているし、俺の気持ちを理解して行動してくれている――勘違いして襲ってきたときは怖かったが。

 しかし、今回感じたのは純粋な恐怖だった。

 同性だからというだけではないと思う。

 同性相手に告白されていれば、ハルがいなくても俺は断っていただろう。そっちの気はない。だが、俺が受けたその好意は誇るべきものだったと思う。

 しかし、狂戦士になった男を捕まえたのは昨日のことだ。あの秘書さんはたった一日の間に、俺の名前、住んでいる場所、ハルやキャロの情報やキッコリたちとの交友関係まで、秘書の仕事の合間に調べ上げた。その行動力に恐怖した。

「よくわかりませんが、それで市の臨時予算書を持ち出してしまったのですか」

「返すのすっかり忘れていたんだよ」

 それどころじゃなかった。

 強く握られてくしゃくしゃになった紙を見て、キャロは感想を述べる。

「この予算書を見る限り、役所はかなり優秀のようですね。緊急時のマニュアルがしっかり作られていたのでしょう。やや保身に走っているところが見受けられますが」

「ああ、そういえば副市長さんは小悪党だけど優秀だって言っていたな」

「あ、この予算はうまく誤魔化されていますが、犯罪ギルドに流れているようですね。小悪党というのは本当のようです」

「小悪党の政治家が優秀ってどうなんだ?」

「清廉潔白な政治家はとても素晴らしいですが、世の中そううまくはいきません。犯罪者ギルドは実はどの町にも存在して、領主とつながっていると言われています。捕えた犯罪者を全員裁判にかけ、贖罪者として更生させるのは確かに素晴らしいことかもしれませんが、贖罪者のステータスは非常に低いですから、それなら犯罪職の中でも上級職の人間を軍の兵とすることも多いです。第零分隊――存在しない部隊と言われている犯罪職の部隊です」

「……うわぁ、なんか聞くのが辛い裏側だな」

 日本でも昔は同じようなことがあっただろう。

 最近はそんなことはないが、当時、政治家とヤの付く職業の人との裏の繋がりみたいなのは表側には出てこないが誰もが知る話だったそうだ。

 犯罪ギルドか。

 本当にそんなものが町の中にあるのか――一般人は一生知ることはないだろうな。

「ちなみに、犯罪者ギルドはこの町に二カ所ありますね。場所は把握しています」

「知ってるのかっ!?」

 キャロ、恐ろしい子っ!

「まさか、情報集めのために犯罪者ギルドに訪れていないよな?」

「まさか、行っていませんよ」

「だよな」

 よかった、安心した。

「中に入らなくても犯罪者ギルドの中で手に入る情報なら外でも手に入りますから」

 安心できなかった。

 まぁ、キャロなら情報収集の安全マージンの見極めを間違えるようなヘマはしないだろう。

 この子、行商人より探偵とか警察官に向いているんじゃないだろうか?

「ご主人様、本を置き終わりました」

「ありがとう、助かるよ」

 俺の目の前には、漫画「こちら渋谷区代々木公園前派出所」全二百巻が二メートル置きに並べられている。

「書籍探索! こちら渋谷区代々木公園前派出所!」

 漫画の場所がわかるスキルを発動させた

【検索結果:百五十一件】

 それぞれの本のタイトルと位置が、十件ずつ脳内に表示される。

 一度に全部表示されないのは助かる。そんなことになったら脳がパンクしそうだ。

「キャロ、百五十一巻まで検索できた」

「それなら約三百メートルですね、畏まりました」

 キャロはそれを確認し、マレイグルリの地図を広げた。

 元々鈴木の家にあったものを、贋作作成でコピーさせてもらった。

 キャロはその地図を見て、円をいくつか書いていく。

「とりあえず、キッコリさんから聞いた怪しい場所、キャロが怪しいと思った場所は合計三十七カ所ありますが、この十カ所で書籍検索をしたら全てカバーできます」

 キャロは十カ所に点を記し、その点を中心に同じ大きさの綺麗な円を描いた。

 ここを中心に書籍探索したらミルキーの本が見つかる可能性が高いというわけか。

 効率のいい本の見つけ方だな。

 ダイジロウさんの飛行経路が分かった以上、ミルキーの本を探す必要はもうないのかもしれないが、じっとしていても落ち着かないし。

「もっとミルキーさんが見つけやすい方法があるにはありますが――キャロはお勧めできません――というよりしてほしくありませんが」

「そんな方法があるのか?」

 キャロがしてほしくないってことは、かなり無茶な方法なのだろう。

 でも、聞いてみるだけ聞いてみるか。

「はい。イチノ様がフェリーチェという方と一緒に町を歩いていたら、その匂いを感じ取って現れるかと――」

「よし、書籍探索するぞ!」


 キャロは町で情報収集をすることになり、俺とハルのふたりで町を回ることにした。

 キャロが記した場所に行き、書籍検索をするだけだ。

 町の中心部から順番に検索をかけていく。しかし、ミルキーの本の反応はまったくない。キャロの予想では、ミルキーは町の宿屋にいる可能性が高いということだったので、宿屋街は入念的に検索したのだが、そこでも反応はなかった。

「金が払えないなら出て行ってくれ!」

「出て行けって、町から出られないんだ、どうしようもないだろ!」

「なら、あんたの荷物を金に換えればいいだろ」

「これを売れば次の町で売るものがなくなるんだ!」

 宿屋の主人と旅商人らしい男がもめている。町はどこも荒んでいるな。

 こんなときにミルキーの本を探していて本当にいいのか不安になってきた。

 結局、宿屋街が集まるアザワルド通りや観光地、商店が多い日本通りでは目的の本の反応はなく、奥の魔法通りまでやってきた。

 このあたりは倉庫が多いので、そこに本が保管している可能性が高いということだった。

 ここで反応がなければアウト――今度は怪しい場所ではなく町全体で検索をかけることになる。

【検索結果、一件】

 望んだ結果がようやく表れた。

「反応があったっ!」

「おめでとうございます、ご主人様」

 しかし、結果一件?

 ミルキーが自分の本を一冊しか持っていないか?

 なにはともあれ、反応のあった場所に行く。

「洗濯屋?」

 そこは、レッド洗濯店という名前の店だった。

「とりあえず行ってみるか」

 俺とハルは洗濯屋に入っていった。

 中は少し薄暗い。

 最初に出迎えてきたのは、なんと着ぐるみだった。しかも数がかなり多い。三十はある。

「うわっ!」

 思わず声をあげてしまう。

 イベントでは人々を楽しませる着ぐるみだが、薄暗い部屋に三十体の着ぐるみがいるのは少し怖い。

「お客様ですか? すみません、驚かせてしまって」

 店の奥から、丸眼鏡をかけた茶色い髪の優男っぽい男性が現れた。

 あ、パン屋で見かけたあの洗濯屋だ。

「あ、すみません。俺のほうこそ大きな声を出して」

「イベントで使う予定だった着ぐるみだそうで、洗濯したのですけど、イベントそのものが中止になってしまって、関係者さんから暫く預かっていて欲しいと言われたのです――トホホ」

 リアルでトホホと言う人を初めて見た気がする。

 そうか、イベント用の着ぐるみなのか。

 手の部分だけ手袋のような形をしているのが少し気持ち悪いな。

「それで、なにを洗濯しましょうか?」

「あ、いえ、ちょっと探し物をしに来たのですが――ミルキーって人が描いた漫画がこの店にあるって聞いて」

「ミルキー? はて? そのような本がありましたかね? そういえば、市の職員からお預かりした荷物の中に本があったような」

「きっとそれです。それを見せてもらえませんか?」

 検索結果によると、奥の部屋にあるそうだ。

「しかし、お客様の荷物を勝手に見せるのは……いいえ、わかりました。奥の部屋にご案内しましょう」

 洗濯屋は少し渋ったが、俺を奥の部屋に案内してくれることになった。

 洗濯屋の中に入るのは初めてだ。ほとんどは客から預かった服などだった。

「へぇ、いろいろとありますね」

 制服が多い気がするが、普通の服もある。

 あ、これ鈴木が普段着ている服だ――そうか、俺が洗濯屋に持っていくように促したんだった。

「町中の服が集まりますからね。いくら浄化(クリーン)しても終わりませんよ」

「よかったら手伝いましょうか? 俺も浄化は使えますけど」

「そうしていただきたいのはやまやまですが、私の浄化(クリーン)はちょっとコツがありましてね。たとえば染め直しをした服に浄化を掛けた場合、後から染めた部分の色が剥げてしまうことがあるんですよ。どうも魔法が染め直した部分を汚れと勘違いしてしまうそうで。なので、私は独自に浄化(クリーン)を改良して使っているんです」

 魔法の改良――そんなことをしているのか。

 俺がオイルクリエイトを使うとき、いろんな油を作るみたいなものか。

「よろしければなにか洗濯してみましょうか? ハンカチ程度なら直ぐに終わります。綺麗になるだけでなく、使い心地もいいと評判なんですよ。お代はいただきますが。衣服も洗濯できますよ。なんなら着替えも用意できます」

 そう言って、男はアイテムバッグらしき鞄から綺麗な服を何着も取り出した。

 アイテムバッグを持っているのか。

 容量はどのくらいなんだろう?

「ハンカチか――なら頼んでみようかな? ハルも頼んでみるか?」

「では、このスカーフをお願いしようと思います」

 彼女はそう言うと、いつも首に巻いているスカーフを解いて男に渡した。

 ふと、机の上に目がいく。七夕の短冊のようなものがいくつも用意されていた。

「あれ? あの札は?」

「あれはクリーニングしたときの注意事項を記すものですね。どうしても魔法で汚れが取れない場所があったときや、ボタンを付け替えなければいけなくなったときに、ポケットの中に物が入っていたときなどに紙に書いておくんです」

 あぁ、それは普通のクリーニング屋でもあるよな。

 でも、なんかあの札、どこかで見たことがある気がするんだよな。

浄化(クリーン)――はいできました」

 おぉ、ハンカチが光り輝いている気がする。

 魔法をこういう風に改良できるってことは、魔法の修行でもしたのだろうか?

 俺は少し気になって、男の職業を調べた。

 その瞬間、俺の中で点と点が一本の線に繋がった。

 俺はその線を確かめるように、男に尋ねた。

「そういえば、パン屋ではよく作業着を預かってるんですよね?」

「ええ、そうですよ。そういえば、パン屋で一度すれ違いましたよね?」

「市庁舎の制服も洗濯していますよね?」

「はい、御贔屓にさせていただいています。最近は特に」

 秘書さんは言っていた。迷宮管理課の職員は最近家に帰ることもできないし、着替えもままならないと。にもかかわらず、彼らが着ていた制服はとてもきれいだった。まるで洗い立てのように。

 迷宮管理課以外の職員は、制服を洗濯屋に持っていくことはない。彼らの制服は基本一着のため、何日も制服を預けることはできない。しかし、迷宮管理課の職員は二着制服を持っていて、帰る暇もなければ着替える暇もない。気分を変えようと制服を洗濯に出していてもおかしくない。

「鈴木――スズキ子爵の服も預かっているようですね。そこで見ましたが」

「はい、貴族様からの依頼ですから、念入りに対応させていただきました」

 あぁ、鈴木の服は俺がここに預けるように言った。

「そういえば、小麦粉屋の騒動で小麦粉塗れになったって言っていた男がいたんだけど、服が綺麗だったんですよね。着替えたんでしょうか? たとえばたまたま着替えを持っている人がいたとか?」

「…………」

 洗濯屋から笑顔が消えた。

 そして、俺は自分の背中の襟元をトントンと触る。

「その着替えの服の中とか洗濯を終えた服の襟の裏とか中に『通信札』でも仕込んでおけば、その人にだけ聞こえる声を届けることは可能ですよね。たとえば『世界の救済』とか」

 洗濯屋は答えない。

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