武器屋への珍客
「いやぁ、旦那も人が悪い、強いなら強いと仰って下されば、あっしらもこんなことはしなかったのに」
いや、言わなくても俺が熊を狩ったんだと考えたらわかるだろ。
それとも、こいつらは俺が行商人で、熊の毛皮の値段が高いのを知って他の町から買ってきたとでも思ったのか?
「いやさ、そっちが盗賊にならないように痛めつける方法を考え付いたように、俺も後遺症の残らないような痛めつけ方を考えようとしててな」
正当防衛では盗賊堕ちすることはないというハルの助言があったので、俺は解体作業をしていた裏庭で襲ってきた冒険者達をひたすらボコり続けた。
やってることは拷問ともとれるが、これからこの世界で生きていくには、このくらい耐えないといけないからな。
逃げ出そうとするやつもいたが、もちろん逃がさなかった。
「じゃあ、ギルドの中に運ぶから、全部正直に話せよ」
「「「「「へい、旦那!」」」」」
青痣、擦過傷、円形脱毛症、脱臼など、重傷とはいえない傷を体中に作った五人が直立不動で敬礼して、俺が解体した熊を運んでくれることになった。
熊肉、毛皮、内臓、狼肉をそれぞれ分けて運ぶことに。熊の胆は内臓の中でも貴重な薬になるらしく、特に高値で取引されるらしい。凄腕の狩人の中には、熊を狩りすぎた場合、熊の胆だけを持っていくものもいるとか。
ちなみに、もう一つ。高級食材と思われた熊の手だが、こっちの世界では高級食材どころか食べられる肉の部位の中では価値が低いらしい。少し残念だ。
冒険者ギルドの入り口はそれほど広くないため、台車は中に入れられない。
ここからは手で運ばないとな。
内臓とかは襲ってきた冒険者連中に運ばせて、俺とハルは毛皮を運ぶ。
魔物の素材買い取り用の部屋は別にあるらしく、そこに運んでいった。
「……驚いた、こいつは見事な毛皮だ……。解体も完璧だな。フォレストウルフもいやがるのか」
すぐに査定をすると言ったギルド職員だが、俺はその前にやるべきことをやっておくことにした。
「あぁ、ちょっとその前に、こいつらの話を聞いてください」
素材を運んできた5人がびくっとなった。
そして5人は供述を始めた。
びくびく怯えながら。
「とりあえず余罪はないって言ってたが、ギルドで調べておいてくれませんか?」
「わかった。とりあえず、お前等はこの熊肉を食糧庫に運んで、重さを計るように伝えてくれ、まぁ、大体の重さは見ただけでわかるから、誤魔化すんじゃないぞ」
どうも、このギルド職員は、このギルド内では顔が広いらしく、5人全員敬礼して去って行った。
「熊の毛皮は1枚につき360センス、依頼の品だから通常の2割増しになってる。あと熊の胆は傷もないし合計4000センスってところだな。狼の毛皮は1枚50センス、牙はまとめて40センスだ。狼肉は悪いがここでは買い取りできないが、西通りの肉屋に紹介状を書いておくからそこに売りに行きな。これだけの量なら宿代くらいにはなるだろう。次に――」
と職員は値段をそれぞれ言っていく。
安いのか高いのかはわからないが、ハルの尻尾を見ると、そこそこいい値段のようだ。
「解体の腕前込みで合計9800センスだな。悪い、どう見繕っても大台の10000センスは無理だわ」
「……ハル、どう思う?」
「十分だと思います。少なくとも、不相応な額ではないです」
だろうな。だって……9800センスって、つまり98万円ってことだろ?
残り銀貨2枚渡したら金貨がもらえるぞ。
そりゃ、あいつらも盗もうとするわ。
熊に殺された奴らも、危険を冒して魔物を狩ろうとするわ。
ハルの冒険者証明書を使って、お金を受け取る。銀貨10枚束を9束、バラで8枚か。
思わぬ大金が手に入った。
「あ、この熊切包丁、ありがとうございました。とても使いやすかったです」
マーガレットさんに教わった方法で手入れをしておいた熊切包丁を返す。
男は包丁を鞘から出さずに懐にしまい、
「おう、大金が入ったんだし、横のおっさんのところで買ってくれや」
と宣伝をした。
……そうだな。
熊と戦っている時も、鉄の剣が熊に刺さって抜けなくなったからなぁ、切れ味のいい剣が欲しいと思っていた。
ハルの剣も買ってあげたいし。
「では行ってみます。ありがとうございました」
俺は受付の男に頭を下げ、それに従うことにした。
受付嬢は美人が一番だと思っていたが、やっぱり仕事ができて面倒見のいい人のほうがこっちは助かるな。
大金をアイテムバッグの中に入れ、俺は冒険者ギルドを出た。
……あと、お腹空いたな。
そろそろ夜になるし、宿も探さないと。
「……夜……か」
俺は沈む太陽を見て、ため息をついた。
「キャロさんのこと、考えてるんですか?」
「……決して夜は外に出ることが許されない。まるで吸血鬼の反対だと思ったんだよ……ただ、それだけだ」
俺はそう言って、冒険者ギルドの隣の武器屋に入った。
武器屋にあるのは剣、ナイフ、槍、鎧など多くの種類のものが置かれている。
ショーケースの中に入った名刀っぽい雰囲気のある剣を見てみる。
20万センス……剣1本で2000万円か。
鍛冶師って儲かるのかね。
無職を最大レベルまで上げて全てのスキルを手に入れたら、鍛冶師になって剣を鍛えて過ごすのもいいかもしれないな。
無職卒業と同時に鍛冶師として名を馳せる。
たしか、鍛冶師になるには、槌使いから、見習い鍛冶師になって、そこから鍛冶師になるらしいな。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」
若い男がカウンターに出てきた。
こいつが鍛冶師か? と思ったが、ギルドの受付の男は「おっさん」と言ってた。この人はどう見てもおっさんというには若すぎる。
職業を見てみると、「見習い鍛冶師:Lv4」と出た。おそらく、ここの店主の弟子か何かだろう。
「ええ、冒険者ギルドで熊切包丁を借りて使わせてもらったんですが、切れ味がとてもよくて、俺も一本欲しいなって思ったんですけど」
「あぁ、熊切包丁ですか。こちらになります」
「200センスか……じゃあ、これ一本買おうかな。あと、切れ味のいい剣を一本欲しいんだが。大きさはこのくらいで」
鉄の剣を出して見本として見せる。
大剣も憧れるが、使いやすさに重点を置きたい。
「それでしたら、こちらの鋼鉄の剣はいかがでしょう?」
鋼鉄の剣か。確かに鉄の剣よりは使いやすかった。
値段は1000センスか。高いか安いかいまいちわからんが、買っておくか。
「ハルは何か欲しい物はあるか?」
「いえ、特には――」
「そうか、ところで、ハル、そこをゆっくり歩いてくれ」
俺は短剣コーナーの前をゆっくり歩くように命じた。
ハルがゆっくり歩くと、ある剣の前で尻尾が大きく揺れた。
「……火竜の牙剣?」
値段は3000センスか。
「ファイヤードラゴンの牙から作られた短剣です」
店員の男はその短剣を手に取り、力を込めた。
すると――短剣に火が灯る。
「物理攻撃力を魔力に変換し、炎を出すことができます。魔法攻撃力の少ない剣士が遠距離攻撃をするときも便利です」
男から剣を受け取り、俺も試してみる。もちろん手加減して。
ほぉ、確かに剣に火が灯るな。
「じゃあ、これ一本下さい。ハル、使ってくれ」
「え……私にはすでにショートソードが」
「悪いが一本は予備に回してくれ。戦いは何があるかわからないからな」
「……ありがとうございま――っ! 店員さん、すみません、私を隠してください!」
ハルはそう言うと、カウンターを飛び越え、その裏に隠れた。
「え? ハル? 急にどうしたんだ?」
「すみません、ご主人様。私はここにはいない、そう思ってください」
なんで?
そう思った時だった。
「うむ、ここが庶民の武器屋か……小汚い店だな。本当にベラスラ一の鍛冶師なのか、セバスタンよ」
「はい、オレゲール様。そう聞き及んでおりますが、何しろチンピラの情報屋がもたらした情報ですから」
入ってきたのは金持ちっぽい服の男と、そして50歳くらいの執事の男だった。
俺は二人の職業を見て、ハルの様子がおかしい理由に察しがついた。
【貴族:Lv14】
【執事戦士:Lv49】
……ハル、そういうことなのか?
でもこいつ……
「しかし、僕が使えそうな威厳溢れる剣は存在しないな、セバスタンよ」
「はい、やはりオレゲール様に相応しい剣となりますと専属鍛冶師に作らせるしかないでしょうね」
……まるで玩具の剣みたいな、ショートソードよりも小さい剣を出して言う。
その剣は金色でピカピカだったが、刃の部分は丸くなっていて紙ですら切れそうにない。
……短い脚、ずんぐりむっくりな体……そして、まだ声変わりもしていない声。
ガキじゃないか。
「まぁ、こんなしなびた店でも僕が来店してやったというだけで箔が付くだろう。運がよいな、店主よ! これは宣伝費用代わりに――」
オレゲールは置いてあった剣を持とうとして……持てなかったようで諦め、
「やっぱりいい。賭場に行くぞ、セバスタン」
「はい、オレゲール様」
俺も鍛冶師見習いの兄ちゃんも一言も話せないまま、二人は去って行った。
そして、ハルが顔を出す。
「ハル、もしかしてあいつが」
「はい、私を買おうとなさっていた、オレゲール様です」
あいつがそうなのか。
……マジか。