役所での評価
門の騒ぎは一応、ひと段落したようだ。
市民に縛られていた衛兵は解放され、逆に市民の何人かが逮捕された。本来ならば民衆扇動罪とか国家反逆罪のような大罪に科せられるような罪なのだが、できるだけ軽い罰で済んで欲しい。
門での混乱のせいで十人以上の怪我人が出たが、幸い、衛兵を含め死者はでなかった。
それと、セイレーンの歌声に関しては様々な意見が飛び交っていた。
「あの歌は我々を守るために顕現なさった女神様の歌声だ。きっとこの呪いも女神様が治してくださる」
という、妙にポジティブな意見もあったが、なかには、
「あの歌の力はすさまじい。あの歌の主こそが呪いをまき散らした張本人に違いない」
なんていい加減なデマを拡散させる奴まで現れた――嘆かわしいことに、このデマに対し、一部の賛同者が出ている。
ちなみに、この情報を集めるために市民から話を聞きまわっていたキャロが、その歌声の主だと見抜いた人はだれ一人いなかった。まぁ、あの色っぽい歌声と、キャロの可愛らしい声が同じものだとは誰も思わないだろう。
俺は市庁舎に向かった。
立派な外観とは異なり、庁舎の中はとてもシンプルなデザインだ。どことなく、ハローワークを思い出す。番号札が出てくる機械でもあれば完璧だ。
総合窓口には誰もおらず、職員が慌ただしく働いている。役所の規模の割に、圧倒的に人数が足りていないと思うが、気のせいではないだろう。
あまりにも忙しくて、俺が入ってきたことに誰も気付いていない。
「あの、すみません」
木箱を運んでいた男性職員に声をかけた。
すると、その職員は俺の顔を見ずに、
「誰か、窓口対応をお願いします」
と言って走り去っていった。
カウンターの向こうで書類仕事に追われていた三十歳前後の女性職員がこちらにやってくる。目の下に隈ができていて、厚化粧で誤魔化そうとしているのに誤魔化しきれていない。かなり過密な仕事に追われているのだろう。
「……何か御用でしょうか?」
「はい――あ、でもその前に体力を回復させる魔法をお掛けしますね」
俺はそう言って彼女に向かって、
「スタミナヒール」
と魔法をかけた。淡い光が彼女を包み込む。
彼女は何度か瞬きして、
「あ……ありがとうございま……ふわぁ……あっ、失礼しました」
彼女はそう言って小さな欠伸をして謝罪をした。
スタミナヒールでも眠気は解消できないからな。疲れのせいで眠気が麻痺していたのかもしれない。でも、彼女の顔色を見る限り、スタミナヒールをかけてよかったようだ。
目の下の隈も消えたし。
「それで、本日のご用件は?」
「副市長に呼ばれてきました、イチノジョウと申します」
「イチノジョウ様っ!? あの、ディスペルをお使いになられる伝説の法術師様ですかっ!?」
「はい、ディスペルを使う……え、伝説?」
なんか話が凄いことになっていないか?
ディスペルを使える人数は少ないそうだけれども、伝説と言われるまでじゃないと思うが。
「いますぐご案内します! 助かります! 呪いにかかったと判明した職員が個室に隔離され、職員の手が圧倒的に足りていないんです。早く治してください!」
「わかりましたから――」
「あ、申し遅れました! 私、この役所で受け付けをしているミドレー・マルラー。ニ十七歳、現在ちょうど彼氏募集中です」
受付の女性――ミドレーさんが顔を俺に近付けてそう宣言した。
カウンターの向こうから、「ミドレーさん、本当は三十四歳じゃなかった?」「ちょうど彼氏募集中って、もう十年以上いないでしょ」と囁く他の女性職員の声が聞こえてきて、ミドレーさんが睨みつけた。
頼みますから、忙しいのなら仕事してください――無職で宮勤めの辛さなんてまったくわからない俺が言うのもなんですけど。
ミドレーさんから副市長に連絡がいき、秘書を名乗る、いかにも仕事ができるという感じのスーツの似合いそうな男性職員が現れた。
俺と同い年くらいなのに、凄い差を感じる。
秘書さんに案内された先にいたのは、五十歳代後半の白髪交じりのおじさんだった。
「お待ちしておりました、イチノジョウ殿。私が副市長を務めている――」
「副市長――挨拶より先に治療を優先してください」
「そうだな――イチノジョウ殿、こちらです」
挨拶をする暇もないらしく、副市長は秘書に急かされ、俺を案内した。
道中、名乗るタイミングを逃した副市長さんは世間話を始めた。
「いやぁ、急に市長が町から出た直後にこのようなことになって、私も困っているのですよ」
市長とは、ダイジロウさんのことであり、彼女がいるからこの町は魔法都市として発展を遂げたと言われている。
町の中の噂の中には、国王軍はダイジロウさんがいないこの隙を狙って、町を占領しようとしているのではないか? というくだらないものもあった。
実際に町を占領するつもりだったら、とっくにこの町に攻め込んでいるはずなので、それはない――と言われている。
むしろ、町を取り囲むだけでなにもしない国王軍の方が消耗が大きいはずだ。軍を待機させるというのは、それだけでかなりの国費を消耗させる。町全体を取り囲む数の兵ともなればなおさらだ。
「ダイジロウさんが町からいなくなるのはよくあることなんですか?」
「はい。毎回航路計画を出していただいているのですが、今回に限っては航路計画はあっても帰ってくる時間がわからず仕舞いで」
帰ってくる時間はわからないのか。
直ぐに戻ってくるなんて淡い期待は最初からしていない。
そう思って話を流しかけ、俺は思わぬ単語が飛び出たことに気付いた。
「航路計画っ!? そのようなものがあるんですか? もしかしてこの役所に?」
「ええ、私の部屋にも写しがございますよ? ご覧になりますか?」
「はい、是非――」
「副市長、イチノジョウ殿、先に治療をお願いします」
秘書さんに話を止められ、俺は喉から出てきた手をなんとか落ち着かせたのだった。
倉庫や資料室など、普段使われていない個室に閉じ込められた職員たちは、ほぼ全員、綺麗な同じ色の制服を着用していた。
この庁舎では職場ごとに制服の色が異なるらしく、彼らは同じ課の制服らしい。
ひとりひとりの部屋に出向き、ディスペルで治療する。
十人の治療を終えたところで、副市長は用事があるからと執務室に戻った。
全ての個室が同じフロアにあるわけではないらしく、俺たちは階段を上って別のフロアに移動する。階段を上っている途中、秘書さんが尋ねた。
「……イチノジョウ殿、呪いは病のように空気感染するのでしょうか? もしくは疲れている人間がかかりやすいとか――」
「いいえ、特にそのような話は聞いたことがありません」
「そうですか……いえ、呪いにかかったのは全員、迷宮管理課の人間でして」
「迷宮管理課? どのような仕事をするのですか? たとえば迷宮に直接出向く仕事とか?」
「はい、現地に出向くこともありますね。そのため、制服が汚れやすく、彼らは全員二着の制服を持っています」
ちなみに、市庁舎の制服は、学生服同様買い取り制らしい。
「ですが、基本は迷宮から出た魔石の数やドロップアイテム、魔物の数などを冒険者からあがってきた情報を管理し、冒険者ギルドで買い取った魔石の管理、また市が雇っている冒険者の派遣管理をしたり冒険者ギルド、傭兵ギルドとの協議をする課です。普段はそれほど忙しくない課なのですが、今回の騒ぎで家に帰ることも着替えることもできない状態でして――同じ課の職員だけ呪いにかかって、庁内で、呪いが空気感染するのではないか? 自分も迷宮管理課のように働いていたら呪いにかかるのではないか? と不安が広まっているのです」
「そうだったんですか……でも、呪いが空気感染するのなら、呪いにかかった人間を取り調べしている人間に呪いがかかっていないのは不自然ですし、疲れている人間が呪いにかかりやすいというのなら、現在もっとも呪いにかかりやすいのは緊張状態を強いられている衛兵たちでは?」
衛兵が呪いにかかっているという情報はいまのところない。
「そうですね――イチノジョウ殿の仰る通りです。私もそう職員に説明し、皆を安心させましょう。イチノジョウ殿は本当に素晴らしい。あの制圧力、魔法の腕だけではなく、冷静な判断力までお持ちとは」
「え? 制圧力?」
「あぁ、いえ、申し訳ありません。先の小麦粉屋の男が襲われた事件のとき、イチノジョウ殿が戦っているところを見ていたのですよ」
「あぁ、そうだったのですか」
あの時、近くにいた人間は全員逃げていたが、遠くから俺たちを見ている野次馬が何人かいた。
この秘書さんもそこにいたのだろう。
秘書さんはその後も、俺の戦いについて過剰なほどに褒めたたえてくれた。
悪い気はしないが、どこかむず痒かった。




