蔓延する呪い
その後、衛兵から連絡を受け新たに発見された狂乱化の呪いにかかった人間をディスペルで治療し、キャロに鈴木の家に戻っておくことを眷属伝令で伝えて家に戻った。
「お帰り、楠君」
「ただいま……どうしたんだ? その服は?」
俺を出迎えた鈴木が着ていたのはブレザーの学生服だった。
俺の地元でもたまに見かける、エリート高等学校の制服だ。
「いや、道で小麦粉を売っている店の人と客との間で喧嘩が起こっていてね。その喧嘩の仲裁をしたのはいいんだけど、店の小麦粉の袋が破れて粉塗れになっちゃって。他の服も汚れていたからこれに着替えたんだよ……どうしても冒険者をやっていると洗濯物がたまってね。ラナさんに頼んでまとめて洗濯をしてもらおうかな」
「鈴木って案外ずぼらなんだな。それなら――」
俺が浄化をかけてやろうか? と言おうと思ったが、パン屋での出来事を思い出し、俺は口を噤んだ。
「どうしたんだい?」
「……クリーニング屋にでも頼んだらどうだ? ラナさんも忙しいだろ?」
俺はそう提案していた。
「そうだね。たまにはそれもいいかな……あぁ、でもこんな時に洗濯屋開いてるかな」
「パン屋に行ったときに洗濯物を回収に来てる人がいたから、やってるんじゃないか?」
俺がそう言ったその時だった。
ハルが玄関の入り口の方を見た。
「どうした?」
「……誰かがこちらに近付いてきます」
ハルが言ったその時だった。
「スズキ卿! スズキ卿は御在宅ですか?」
ちょうど俺たちは玄関にいて、まだ靴も脱いでいなかったので直ぐに戸を開けることができた。
戸を開けたそこにいたのは、この町の衛兵だった。
「どうしたんですか?」
「スズキ卿! 町で狂乱化の呪いが発動したようで、狂戦士と化した市民が暴れています!」
「「どっちだっ!?」」
俺と鈴木は同時に声を上げた。
俺たちは衛兵が言った場所に鈴木、ハルと一緒に三人で向かう。
そこは悲惨な光景が広がっていた。
倒れている人間が複数人いる。衛兵を含め、多くの人はまだ息があるようだが、例外がひとりいた。気配を感じないし、職業鑑定もできない。恐らく、もう死んでいるだろう。
そして、そいつは、着ていた服こそさっきと違っているが、小麦粉を転売していた男だった。
この事件を起こしたのは、衛兵五人に囲まれている男だ。
【狂戦士:Lv9】
どうやら、転売屋の男を殺してレベルが上がったのだろう。
衛兵五人に囲まれているというのに、狂戦士と化した男のほうが有利そうだ。他の衛兵から奪い取ったと思われる剣を振り回した――あれは回転切りか。
ってことは、あいつは元々見習い剣士かなにかなのか。
混乱状態でもスキルは使えるらしい。
思わぬ反撃に何人かの衛兵が傷ついた。
当然だ、衛兵たちの職業のほとんどは見習い剣士で、その平均レベルは15。一番強い者で【剣士Lv18】。しかし、狂戦士はレベル1の段階でレベル20の剣士と同様の強さがあり、さらにレベルが上がっていることでますます手に負えなくなっている。
「隊長さん、ここは僕たちにっ!」
「スズキ卿! 来てくださったのですか」
「いいから離れてください」
鈴木が衛兵たちを撤退させようとするが、倒れている仲間を放っておけないらしい。
「ハル! 倒れている人と怪我人を一カ所に集めて守ってくれっ!」
俺はそう言うと、刀を抜こうかと思ったが、刀だと相手に重症を負わしかねない。それなら――と俺は練習用の木刀を取り出して、相手に飛び掛かった。
「奴が持ってるのは鉄の剣だぞ! 無茶だっ!」
無事な衛兵のうちの誰かが叫んだ。
その言葉と同時に、俺の剣と狂戦士の剣が交差した。
その結果、俺の木刀、相手の鉄の剣が砕ける。
「思ったより使いにくいスキルだな」
俺が発動させたスキルは、【フェイクアタック――破壊】。
フルートのスキルをコピーしたのだが、劣化版ということで、自分の武器にもダメージを与えてしまうようだ。
そうでなくては、木刀が粉々になるわけがない。
あとは相手を気絶させたらいいんだな。
ならばピコピコハンマーで――
「……そうだっ! 楠君っ! ディスペルだっ!」
鈴木が思いついたように叫んだ。
「ディスペル? でも呪いが発動したあとに使っても意味がない――ってそういうことかっ!」
すっかり失念していた。
俺は鈴木の助言を受けると、獣のように襲い掛かってくる男の攻撃を紙一重のところで躱し、その首すじに向かって、
「ディスペルっ!」
と魔法を唱えた。
すると、男の目に光が宿る。
「お……俺はいったい」
「気が付いたようだな」
忘れていた。
呪いを解くことばかりに気を取られていたが、ディスペルは他にも石化回復など、状態異常を回復する魔法だった。
つまり、混乱状態も回復することができるというわけだ。
「なにがあったか覚えていませんか?」
「……ええと、小麦粉を高値で売ってる奴と口論になって――そうだ、そこにいる騎士様が仲裁に入ってくださったんですが、小麦粉の麻袋が破れて粉塗れになったんですが……その後の記憶がどうも曖昧で……」
「うん、それは僕も覚えているよ」
鈴木の方を見ると、彼は頷いて言った。
「記憶を失う前、誰かの言葉を聞かなかったか?」
「そういえばなにか聞こえたような……せかいの……そう! 世界の救済、そう聞こえた」
「誰だっ! 誰がそれを言ったんだ!」
誰かが呪いを発動させるために言ったんだとすれば、そいつが犯人だ。
間違いない。
「かなり近くから聞こえたのにこもった声で――でも、あの場には私とあの男――小麦粉を売っていたあの男しかいなかったはずですから、きっとその男だと……」
「その男というのは彼のことですか?」
鈴木が指さした方向には、小麦粉を転売していた男の死体が横たわっていた。
「ひっ!?」
彼は自分がしたことを覚えていないのだろう。
そして、その視線の先は男の首に向かった。
手形が残るほどに強く握り潰されたその首に。
彼はその手形の跡と自分の手を見比べて――
「俺は……俺はなにを……」
「あなたはなにも悪くないです。自分を責めないでください」
自分を責めるな……と言われてもそれは難しい。
俺だって人を殺した経験があり、あの時のことはいまでも忘れられない。
いくら混乱状態で記憶がなかったとしても、人を殺したという事実は彼に大きなトラウマを刻むことだろう。
男は自分の手を見詰め、震え出した。
まともな話しはもう聞けそうにない。
「誰か、彼を安全な場所に。狂乱化が再発動する恐れがあるから、頑丈な手枷を忘れないで。司法機関と掛け合って急いで職業を変えさせてください」
犯罪職からは、普通の転職では職業を戻すことはできない。
裁判所のような場所で手続きをすることによって贖罪者に転職し、そのレベルを上げることでようやく平民に戻ることができる。
犯罪職の状態では職業が犯罪職以外の職業が封印されているため、俺の職業変更スキルでも贖罪者にすることしかできない。
贖罪者からのレベルアップがどれだけ大変なのかはわからないが、彼が普通の生活に戻れるのは暫く先になるだろう。
それだけ、この世界において職業の力は大きい。
「……はぁ……悪いことをしたかな」
鈴木がため息をついて自分の額に手を当てた。
「悪いことって?」
「彼に死体を直接見せたことだよ」
「仕方ないだろ。状況が状況だ」
俺はハルのところに向かった。
重傷者も含め、怪我人十人くらいか。
「ご主人様、見事なお手際でした」
「ハルこそお疲れ様」
俺はハルの頭を撫でた。ハルが嬉しそうに尻尾を振る。
さて、これからもうひと仕事だ。
「スズキ卿! 怪我人の搬送は我々が――」
「いや、時間がない」
怪我人を搬送しようとする衛兵に対し、俺はそう言って一番怪我の深い人を見た。
既に意識を失っているが、
剣で腹を斬られている。
そのまま回復させようかとも思ったが、黴菌が傷口に入った状態で回復魔法で傷口を塞ぐと危険だな。
「浄化」
生活魔法で傷口を綺麗にする。
「メガヒール」
その後、傷口を塞いだ。
男の顔色が少しマシになったように思えるが、失われた血は戻らない。
同じように、剣で斬られた人間は浄化とメガヒールのコンボで治療する。
そして、残った人――打撲や骨折など切り傷はないが肉体的なダメージを受けている人は一カ所に集まってもらい、クールタイムを考慮しながら、回復魔法で治療していった。
「さすがはディスペルをお使いになる法術師様だ」
「え? 剣士様じゃないのか? さっきの剣術は見事だったろ?」
「浄化を使ってるから洗濯屋だと思ってた」
衛兵たちが俺の職業の予想を始めた。
答えは無職なんだが、正解者は一生現れないだろうな。
まだ意識が戻らない人、血を流しすぎて立ち上がることが困難な人は近くの病院に搬送され、残りの一般人は衛兵とともに詰め所に向かった。
これから事情聴取が行われるそうだ。
怪我人の搬送に人数が足りないそうなので、俺と鈴木で手伝おうと申し出たのだが、貴族様に怪我人の搬送などさせられないと断られ、結局、ハルだけが搬送の手伝いをすることになった。
そして、後から駆け付けた衛兵によって、小麦粉売りの男の遺体も運ばれていった。
「ねぇ、楠君。あの男の人が呪術師だと思うかい?」
「思わないな。あの男は見習い剣士だ。呪術師とは正反対の職業だろ」
「え? いつの間に職業を調べたの?」
「あ、いや――」
職業鑑定で見たなんて言うわけにはいかない。
マイワールドは見せてしまったけれど、女神様の命令で、無職スキルについては極力誤魔化さないといけない。
「回転切りとか見習い剣士のスキルは使っていたけど、剣士のスキルは使っていなかっただろ? だから見習い剣士だろうなって予想は付くさ」
「うん、まぁそうだよね。自分で呪いを発動させた相手に殺されるっていくらなんでも間抜けすぎるよ。それに篭った声だって言っていた。目の前で口論している相手から篭った声が聞こえるとは思えない。でも、それならどうやって呪術を発動させたんだろ? 気付かれずに近付いて呪いを発動させることなんてできるのかな?」
「それなんだよな……透明人間になって近付いたとか? 光魔法を使って光を屈折させる光学迷彩くらい異世界なんだしできそうな気もするけど」
「もしくは認識阻害かも。そこにいるのにいると思われない……とか?」
透明人間に影の薄い人間か。
どっちも現実的じゃないなぁ……と思ったが、俺はあることを思い出した。
悪魔族は魔法を使って、自分の角や翼を隠しているってフルートから教えて貰った。
その魔法を使えば、角や翼だけじゃなく、体を全部消すことができるんじゃないか?
もしかして、犯人は悪魔族なんじゃないか?
鈴木に言おうとして、俺は口を噤んだ。
もしもそれを言ったらどうなる?
これまで以上の悪魔狩りが始まってしまう。
犯人が魔法で姿を消していたって証拠はどこにもないんだ。
それに、悪魔族が犯人なら、同族であるフルートに呪いをかけただなんて思いたくない。
きっと俺の想像は間違えている。
その後、俺たちは家に戻り、普通に食事をとった。
キャロが帰ってきたが、情報集めは難航しているらしい。やはり、いまの町は外を囲む国王軍の話題で持ちきりになっていて、他の情報が回ってこないんだそうだ。
ただ、キッコリから有力な情報が掴めるかもしれないということで、明日、もう一度会いに行ってみるそうだ。
そしてその日の夜――鈴木が部屋に押しかけて来た。
「お前な。いくら自分の家だからってノックくらいしろよ」
ちょうど俺がキャロの耳掃除をしていたところだったのでよかった。
これなら見た目だけなら親娘のスキンシップに見える。
俺たち三人の口腔ケア、俺個人の鼻腔ケアは浄化で済ませるが、耳のケアは三人の総意の上、キャロとハルの耳掃除は俺が行い、俺の耳掃除はハルとキャロが交代で行うことになっている。
「ごめん――でも緊急事態なんだ」
「どうなさったのですか?」
キャロが起き上がって尋ねた。
「これを見て」
鈴木が見せたのは、粉々に砕けたなにか。
破片ひとつひとつではそれがなんだったのか判別はできないが、その色や材質。なにより、鈴木がわざわざ持ってきたということから、それがなにか想像がつく。
「これって……お前、まさか――」
「身代わり人形が発動したんだ。どうやら呪術師は僕のことも呪いに掛けようとしたみたいだよ……どうやったのかはまったくわからないけれど」
鈴木自身、身代わり人形が砕けるまで特に変わったことはなにもなかったそうだ。
いったい、犯人はどこで、どうやって呪いをかけているんだ?




