混乱するマレイグルリ
鈴木の家に戻った。
ちょうど鈴木が帰っていたので、身代わり人形を渡しておく。
被害者の私物が盗まれていないかどうかは、鈴木が衛兵たちと一緒になって調べてくれることになり、キャロは早速同人誌が裏で取引されている場所がないか調べに行った。
「私たちはどうしましょう?」
「そうだな、とりあえず……町をぶらつくか」
いまのところ、町ですれ違う人の職業を調べて、呪術師を捜すくらいしかすることがない。
「はい、喜んでお供します」
ハルが尻尾を振って嬉しそうにしているけど、別にデートっていうわけじゃないからな。
商店が立ち並ぶ道を進むが、ほとんどの店は閉店状態だった。
通常なら銅貨一枚で売られているような小麦粉の袋が、銅貨十枚くらいで売られている露店があった。店主の職業は商人ではなく見習い剣士とあった。
食料品の値上がりは止まらないようだ。
しかし、客はあまり多くない。
いや、客というよりかは人通りそのものが少ない。
「既に狂乱化の呪いについて、ある程度情報が広まっているようですからね。余計なトラブルに巻き込まれたくない人が多いのでしょう」
「だな……ん?」
さっきの小麦粉の店の前で、なにやら交渉している男がひとりいた。
俺より少し年上の男だった。職業は――【料理人:Lv16】か。
どこかで見たような顔だが……あれはいったい?
どうやら交渉はうまくいっていないらしく、怒鳴り声がここまで聞こえてきた。
このままでは殴り合いになりそうだ。
「――ご主人様」
「流石に止めるか」
俺はそう言うと、振りかぶって殴ろうとする男に急接近し、その腕を掴んだ。
「やめておけ」
「殴らせてくれ! こいつは人間のクズだ!」
「何がクズだ! 俺は安く買って高く売ってるだけだ!」
「それが問題なんだ! お前、町が封鎖されるのを知って店の小麦粉を半分以上買い占めたんだろうが! お陰で市場に出回る小麦粉が減ってるんだ」
なるほど、転売ヤーとその被害者の言い争いってわけか。
どこの世界でもある問題だ。
「それでも、殴れば犯罪だ。犯罪職堕ちでもしたら、家族が悲しむぞ」
「俺には悲しむような妻も子供もいねぇよ……ん? あんたは……」
男の力が緩み、悔しそうな表情を浮かべた。
「すみません……また迷惑をかけました」
男はそう言って俺に丁寧な口調で謝った。
また?
「どこかで会ったか?」
「覚えてないですか? 昨日――」
「おい、そんなところで話すな! 商売の邪魔だ」
小麦粉の転売ヤーは俺たちにそう言った。
これ以上ここにいたら、また喧嘩に発展しそうなので、俺たちは少し離れた場所に移動する。
その間に、この男とどこで会ったのか思い出そうとした。
昨日は本当にいろいろとあったからな。フルートと出会ったりタルウィと戦ったり。
俺を馬車に乗せた御者でもなさそうだし。
「あぁ、まだ思い出せませんか? ディスペルって言うんでしたっけ? あれをかけてもらった――」
「あっ! 『年齢=彼女いない歴』の!」
「えぇ、そうです。が、その覚え方はやめてください」
男はバツの悪そうな顔を浮かべてそう言った。
俺は男に案内された。
「私はフレットといいまして、この町でパン屋を営んでおります」
営んでいると言ったけれど、パン屋の商品棚は空っぽで、休業状態だ。
「お恥ずかしい、見ての通りの状態でして。長い間店を留守にしていたので昨日から掃除で手一杯で、普段より一時間遅く小麦粉を買いに行ったら、既に売り切れの状態だったのです。国王軍に町を包囲されたと知ったあの男が、今朝早くに大量に買い占めてしまったのが原因だとわかったのは、ついさっきのことです。これではパンを焼くこともできません」
パンを焼けない……か。
米も品薄なので、グルテンフリーのパンを作ればいいと提案することもできない。そんな、パンがなければお菓子を食べればいいみたいなことは言わない。
「もう、踏んだり蹴ったりですよ」
「あぁ……その……元気だしてください。そうだ、小麦粉なら少し持っていますからお分けしますよ」
俺はそう言って、マイワールドから小麦粉が入った麻袋を取り出した。
とりあえず、百キロほどでいいか。
「こんなにっ!?」
「はい――商売人には少し足りないかもしれませんが」
製粉前の小麦ならトン単位であるのだが、ほとんど製粉していない。
マイワールドには風車も水車もないので、製粉作業は人力で行われているからだ。
そうだ、風車は風が吹かないので無理だが、川があるので水車なら製粉できるかもしれない。
今度ピオニアに提案してみるか。
「いえ、十分です。これだけあれば町の皆にパンを振舞うことができます――しかし、これは――」
フレットは麻袋の中の小麦粉を計量スプーンで掬い、小皿に移してそれを舐めた。
小麦粉を生で食べても消化しにくいし、食中毒の心配もあるからやめた方がいいと思う。
「やはり。こんな高品質な小麦粉、見たことがない」 「舐めてわかるのですか?」
「はい。パン屋ですから。匂いでもわかっていたのですが、我慢できませんでした……あぁ、もう一口舐めたい」
男はそう言ってもう一度小麦粉を掬っては舐めた。
……自分で取り出しておいてなんだが、本当に小麦粉だよな? 生の小麦粉を食べて食中毒になることはあっても、中毒性はないと思うんだが。
しかし、パン作りか。
俺にとって、パンは作るものではなく買って食べるものだったからな。
一度、パン作りって経験してみたい。
「フレットさん。パン作りのお手伝いをしたいのですが、よろしいでしょうか? ハルもいいよな?」
「はい、誠心誠意お手伝いさせていただきます」
「勿論です……あぁ、でも清潔な作業着が……」
「大丈夫ですよ――浄化っ! これで完全除菌、清潔状態ですから」
熱湯消毒、アルコール消毒といろいろな消毒方法はあるが、浄化消毒に勝る消毒方法はない。洗身、洗濯、手洗い、うがい、歯磨き、耳掃除に鼻掃除。なんでもこの魔法で一発クリアだからな。整髪やムダ毛の処理以外は。
「おぉっ! 生活魔法ですか。羨ましい。私もその魔法が使えたら、毎日支払う洗濯代が節約できるんですが」
毎日払う洗濯代……この世界にはクリーニング屋でもあるのだろうか?
そんなことを思いながら、ハルにも浄化の魔法をかけた。
一応、第二職業をアウトドアシェフにしておき、三人でパン作りの経験をした。
詳しい手順は省略するが、料理人は発酵という菌の力を強めるスキルを覚えるらしく、この発酵スキルがあればパン作りがかなり楽になる。
日本だと一時間以上かかる工程が半分以上短縮できた。
窯に入れて焼いている間、俺たちは本題を尋ねた。
「盗まれた私物ですか? 取り調べのときにも聞かれましたが、特にないですね」
結果は空振りだった。
取り調べのときにも聞かれたということなので、この町の衛兵たちも盗まれた私物が呪術の触媒になっていることを疑っていたのだろう。
アウトドアシェフのレベルもやっぱり上がらなかった。室内で設備の整った場所での調理だからな。
ただ、焼きあがったパンは硬かったがとても美味しかった。
しかも、できたパンの三分の一を小麦粉のお礼としてもらった。
アイテムバッグに入れておけば、いつでも焼きたてパンが食べられるな。
俺はそのお礼に、残った小麦粉に防腐のスキルを使っておき、洗濯前の作業着に浄化の魔法をかけてあげた。
俺が店を出た直後、若い男とすれ違った。匂いを嗅ぎつけた客かな? と思って聞き耳を立ててみたが、
『フレットさん、帰ってきたんですね。今日はなにか洗濯するものはありますか?』
『今日はなにもないんです。また今度頼みます』
どうやらクリーニング屋だったらしい。
仕事の邪魔をしてしまったな、と心の中で謝罪した。
「ご主人様――あの焼きたてのパン、美味しかったですね」
「そうだな……今度俺もパンを作ってみるよ」
「はい。ご主人様の料理はどれも美味しいので、とても楽しみにしています」
ハルはそう言って尻尾を振ったのだった。
農家のレベルを上げて料理人に転職できるようにしないとな。
このあたりを書いていた頃は、1月の初旬……コロナとか広まる前だったので、転売騒動が落ち着いてようやくUPしたのですが……今度は町が自粛ムードで閑散状態
はぁ、タイミング難しいなー




