好かれる責任
風呂上り。
ハルとキャロはまだ風呂に入っていたので、俺はシーナ三号とリバーシで遊んでいた。
ミリが持ってきたものではなく、マレイグルリで普通に売っていたものなので、盤は金属製で値段もお安くはなかった。
一応石に磁石が埋め込まれているが、何故か白と黒ではなく、黒の裏側は赤い石だった。
これが本来のリバーシだと店主は言っていたけれど、キャロが言うには白い塗料より赤い塗料のほうが安いからだろうとのこと。
ちなみに、このリバーシ……全然楽しくない。
「シーナ三号の三連勝です! チャンピオンです!」
勝てない。
全然勝てない。
高性能機械人形の名残があるということか。
このリバーシ、遊ぶ人間によって性格が出る。
ハルはかなりの早打ち。しかし弱い。
脳筋というわけではないのだけれども、誘いに弱いところがある。
俺に負けることは彼女にとって苦ではなく、むしろ誇らしそうにしているが、途中で終わろうと言うとかなり渋る。口には出さないが、尻尾がそう言っている。そうなると一時間以上リバーシをすることもあるので、夜の交渉前には絶対にしないと決めた。
キャロは俺よりわずかに強い。じっくり考えるタイプで、かなり堅実な打ち方をする。あと、キャロはリバーシ中も普通に雑談をする。リバーシのことを遊戯としてではなく、コミュニケーションの一種として利用している人間だ。
ピオニアとニーテは、シーナ三号同様に強い。俺ではまず勝てない。
ピオニアは淡々と石を置いて勝利して去る。そこに口をはさむ余地はない。
ニーテは勝負に負けたほうが服を脱いでいく勝負をしようと提案してくる。あまりにもしつこいので、下着は脱がないという条件で受けたことがあるのだけれども、途端にニーテの奴、わざと負ける。俺が必死に負けようとしても勝ててしまう。そして、服を脱いでくる。露出狂――というわけではなく、俺を誘惑しているようだ。
彼女がもう少し大人の体をしていたら危なかったと本気で思った。
「もう一度するか?」
俺は盤上の石を、ストーンケースに戻しながら(マイワールド公式ルールで、勝負に負けた人間が石を片付けることになっている)、彼女に提案した。
きっと勝負に乗ってくると思ったのだが、意外なことにシーナ三号は首を横に振った。
「やめておくデス。マスター、ただでさえ弱いのに、上の空でシーナ三号に勝てるはずがないデスよ」
「上の空って、そんなことは……」
ないとも言い切れない。
マレイグルリがあんな状況になっているなか、のんきに遊んでいていいのだろうか? と思っていたが、そこはマレイグルリの役所の人間がやることだからと割り切っていた。
しかし、フルートの必死の思いを聞き、今回の事件に巻き込まれた悪魔族のことを考えると、本当に俺はなにもしなくていいのか? なにもできないのか? と考えてしまう。
俺にできることといえば、呪いにかかっている者が見つかったとき、ディスペルで解呪することくらいなのだけれども。
「マスターの事情はある程度理解しているデス。なにかできないか考えているのデスか?」
「ニーテの奴は、俺が全部抱え込む必要はないって言ってたけどな」
「そうデスか? ニャーピースの主人公のエフィならきっと……どうするんデスかね?」
いいことを言おうとしたのだろうが、言葉が思い浮かばなかったらしく、シーナ三号は考えた。
まぁ、彼女の謂わんとすることは理解できたので、俺はため息をついて答える。
「アニメのキャラと一緒にするな。アニメや漫画の主人公っていうのは、絶対にすべて解決できるルートがあらかじめ用意されているものなんだよ。たとえば、推理小説なら、本物の完全犯罪を成し遂げた犯人なんて存在せず、絶対どこかに証拠を残してるものだろ? でも、実際は犯罪の証拠なんてそうそう見つかるものでもないし、ましてや一人の探偵や刑事の閃きで事件が解決することなんて稀だ」
「それを言ったら、毎週殺人事件に出くわす探偵の方が稀デスよ」
それは何千、何万回と使われたネタなので、今更言う必要もないだろう。
と言っても、俺も行く町、行く国でなんらかの事件に巻き込まれているのだから、あまり強く否定できないけど。
「要するに、神様が運命にテコ入れしない限り、素人がすべて解決できないんだよ」
この場合、神様というのは作者だったり脚本家だったりするわけだが。
「でも、マスターはその神様に呼ばれてきたのデスよね?」
シーナ三号はそれを比喩として捉えなかった。
「……正しくは女神様だけどな」
思わぬシーナ三号の反論に、俺はそう言い返すことしかできなかった。
この世界に召喚された地球人は、滅びの運命から世界を守る存在だとテト様は仰った。そのために俺は日本から転移してきた……と。
俺はテコ入れのテコなのだ。
かといって、特別俺がなにかしなくてはいけない義務があるわけではなく、俺が自由に思うままに生きた結果、世界は救われるらしい。
「自由に生きろって言われただけだよ……運命もなにもない」
「自由に生きたいのなら、マスターはなにをしたいのデスか?」
「ハルとキャロとイチャイチャしていたい」
「シーナ三号ならいつでもいちゃいちゃに付き合うデスよ。マスターはシーナ三号のことが大好きデスから」
「はいはい、好きだ好きだ」
「雑過ぎて否定されるよりつらいデス! エーンデス!」
シーナ三号はそう言って泣き真似をした。
髪をケンタウロスに食べられたと言っていたときを思い出す。短くなっていた髪はもう見事に元通りになっていた。
泣き真似に飽きたのか、シーナ三号はすぐに俺の目を見てさらに尋ねる。
「シーナ三号がマスターに抱かれるにはどうしたらいいのデスか?」
「…………」
「シーナ三号はマスターのこと大好きデスよ? シーナ三号の命を救おうとレヴィアタンと戦ったあの日からずっと好きデス」
「……お前、デイジマで俺のことを侵入者だと言って襲い掛かってこなかったか?」
「記憶にないデス」
高性能の機械人間は、都合の悪いところを忘れてしまうという機能まで搭載されているらしい。
「マスターはシーナ三号を救った責任を取るべきデス」
「救われておいて責任とか……」
「ダークエルフたちを救った責任は果たそうとしているデスよね?」
「そりゃ、あれは事情が違うだろ。あれは俺が勝手に救ったからで――」
いや、事情が違うことはない。
シーナ三号もあの時、南の島で死ぬ覚悟を決めていた。
それを俺が勝手に救った。
そして、それはフルート相手でも同じか。
「救ったからには最後まで救えってことか? 家に帰るまでが遠足――みたいな感じで?」
「全然違うデス」
シーナ三号が呆れたというような目をして首を横に振った。
ヒトを小ばかにしたような顔に少し腹が立つ。
「は? 責任取れっていったのはお前だろ?」
「責任を持つというのは、マスターは好かれる責任を持てと言うことデス。シーナ三号もダークエルフたちも、マスターのことが大好きデス! だから、マスターはその気持ちにこたえるべきデス」
「好かれることに責任って、全員抱けっていうのか? どんなハーレム漫画だよ」
「それはシーナ三号にとってはありなのデスよ? ダークエルフもシーナ三号も抱いても子供はできませんから、責任という言葉が嫌いなマスターにはむしろお勧めデス」
なんで俺が責任という言葉が嫌いってことになってるんだよ。
……あまり好きじゃないけれどさ。
「話が変わりすぎだろ! 俺がどう自由に生きるかって話だったはずだ」
その質問に、ハルとキャロといちゃいちゃして過ごしたいなんて言った俺が悪い気もするが、ここはシーナ三号に責任を擦り付ける。
「無職チートと成長チートで得たこの力があれば、ある程度のことならなんでもできるって思ってた。でも、実際はそうじゃない。お前のときだって、結局はレヴィアタンに島を滅茶苦茶にされた。デイジマでは島を魔物の侵攻から守ってもミリを連れていかれてしまった。ニックプラン公国のときだって、結局は軍を足止めして彼女たちを逃がすことしかできなかった。最善ルートを進むことはできても、最高ルートを探り出すことはできないんだ。ゲームオーバーにはならず、ノーマルエンドに辿り着けても、トゥルーエンドに辿り着けないんだ」
いまでも考える。
もっとうまくできたのではないか?
もしもこの力を持っていたのが俺ではなくミリだったら、きっと俺なんかが思いつかないような方法で皆を幸せにしているのではないか?
そんな風に考える。
「マスター? トゥルーというのは真実という意味デスよ?」
「そんなこと言われなくてもわかってる。言葉の綾っていう奴で――」
「わかってないデス。マスターの求めていた最高の結果がどういうものかはわからないデスけれど、結果シーナ三号もダークエルフもこの結果に満足していて、そしてこの結果こそがみんなにとっての真実なのデス。そしてハッピーエンドなのデス。だから、マスターにはこの現実を真実ではないなんて思ってほしくないデス。正しくないなんて、言葉の綾でも思ってほしくないデス」
シーナ三号が俺にそう言って俺の後ろに回ると、そっと腕をまわした。
「マスターが下さった真実を絶対に否定しないでください」
密着しているからこそ聞こえてくるような小さな声でシーナ三号は言った。
「お前……語尾はどうしたんだよ……」
これまでにないシーナ三号の態度に、俺はそんなどうでもいいことしか言えなかった。
そして、俺はシーナ三号に尋ねる。
「シーナ三号、俺はどうしたらいいと思う?」
「まずはマスターがやりたいと思うことを考えてください。実現可能か不可能かは関係なく、誰かに迷惑をかけるかけないも関係なくデス」
「俺がやりたいこと――」
今回の事件について俺がやりたいことは三つ
狂乱化の呪いの問題を解決したい。
教会に連れていかれた悪魔族を助けたい。
フルートを家族や仲間の元に帰してやりたい。
連ねてみて、実現可能なことはなにひとつないように思える。
「渋い表情をしてるデスね」
「まぁな。己の無力さに打ちひしがれているところだよ」
「無職の無力デスね」
「うるせぇ! で、この後どうすればいいんだ?」
「それについて、みんなで考えるのデス。きっとみんなも力になってくれるデスよ?」
シーナ三号がそう言うと、突然背後から声が聞こえた。
「はい。私はご主人様の剣で盾です。ご主人様の望みのためなら全力を尽くします」
「キャロもイチノ様のやりたいことのために全力を尽くします。どうぞ仰ってください」
いつの間にかハルとキャロが俺の背後にいた。
全然気付かなかった。
「力を貸してくれるのか?」
「貸すのではありません。この私の力は、常にご主人様のものです」
「それに、きっとイチノ様がしたいことって、キャロたちもしたいことですからね」
ハルとキャロが言った。
キャロは――いや、ふたりは俺がやりたいことはおおよそわかっているはずだ。にも拘らず、彼女たちは俺と一緒に最善の策を考えると言ってくれた。
俺が無理だって決めて悩んでいたのがバカみたいに。
(好かれる責任……か)
思い出したよ。
責任って、信頼の証なんだよな。
ハルとキャロは――いや、ここにいるみんなは俺のことを信頼してくれている。だから彼女たちは迷わず俺の力になってくれる。
責任という言葉が少しだけ好きになった。




