熊の解体
この町は、中央に商店や賭場、西に住宅地さらにその西には町の中の畑や農場があり、東には鍛冶屋などの工房や、冒険者ギルドが存在し、最奥に迷宮が存在するらしい。
この町の迷宮の難易度は中の下。今の俺達でなら余裕でクリアできそうだ。
東に進むと、行き交う人の職業が、見習い剣士や弓士といった戦いを生業とする人、鍛冶師や見習い錬金術師などそれらを支える者が増えてきた。
職業鑑定を使っているとその地区の特色がわかりそうで、初めて行く町などでは便利だな。
「……へぇ」
すれ違った裕福そうな男を見て、俺は後ろを向いた。
あの男の職業が意外だった。
「どうなさったんですか?」
「いや、今の男、職業が遊び人だったんだ……好き好んで遊び人になる人間もいるんだなって思ってさ」
好んではいないのに、無職を続ける俺がいうのも妙な話だが。
その遊び人が裕福な格好をしているのを見て、遊び人って儲かる仕事があるのかな? とか思った。
「彼はおそらく賭場に行くのでしょう」
「賭場に?」
「遊び人は他の職業より幸運値が高いんです。神殿で職業を変えるのにはお金が必要なので、普通に賭場を楽しむ人は職業を変えたりはしないのですが、裕福な方はあのように職業を変えて賭場に挑みます。もっとも、遊び人になれるのも裕福な人だけなんですが」
あぁ、平民としてレベルを上げるには職業が平民であるうちに高い税金を納める必要がある。
高い税金を納めることができるのは、裕福な人間だけ、そういう理屈か。
平民は戦闘には向かないから、人を雇ってパワーレベリングしてもらうにもお金がかかるしな。
「もっとも、賭場で幸運値が高い者が儲かるというのは俗説です」
「だろうな。多少は作用するだろうが、大体は胴元が勝てる仕組みになってるし」
日本のパチスロやパチンコといった、コンピュータが制御している遊びなら、幸運値が高ければ勝てるかもしれないが、ルーレットやカード、サイコロなどを使ったゲームは、胴元の腕次第で好きに目を左右できるからな。
そうなったらもはや運では対抗できない。
「お、果実ジュースが売ってる。おばちゃん、二杯頂戴」
甘い香りのする飲み物を見つけて、14センス渡してジュースを二杯購入した。
タルから掬って、陶器に入れて渡してくれる。高いのはこの陶器の値段だ。
コップを持ってきたら1杯につき2センスらしいから、陶器が5センスなのか。
「はい、これハルの分」
「ありがとうございます、御主人様」
二人でジュースを飲みながら移動した。レモネードみたいな感じのジュースだ。砂糖は入っていない代わりに蜂蜜が入っているようで、そこそこ飲みやすい。
飲み終えた陶器はアイテムバッグの中に入れておく。
そして、冒険者ギルドにたどり着いた。
剣と盾の看板が掲げられている建物で、フロアランスのそれとは違い扉は閉じられていた。
扉を開けると――最初に鼻についたのはアルコールの匂いだった。
そして、感想は一つ。まるで酒場だな。
いや、実際に酒場が併設されているのだろう、廊下の向こうから酒を運んでくる女性を見て、俺は嘆息した。
好きになれない場所だ。
まだ昼間だというのに酒を飲むなんて。
これを俺が言ったら、完全にギャグでしかないが、それでもこう言いたい。
――仕事しろよ、お前等。
まぁ、既に仕事を終えてここにいる人間もいるのだろうが。
奥にカウンターがあり、俺達はそこに向かった。
カウンターの奥には書類に向き合っている男がいたが、俺が近付くのを見ると、営業スマイルどころか睨み付けるようにこちらを見て言った。
「見ない顔だが何か用か?」
「ここに来る途中でブラウンベアを狩りました。解体したいんですが、場所を貸していただけないでしょうか?」
「現物は外か……ギルドの裏に空き地がある。そこで勝手にやりな……ちなみに、ブラウンベアは何匹狩ったんだ?」
「10匹です」
「そうか……解体スキルは?」
「持ってます」
「ブラウンベアを解体した経験は?」
「途中で一匹解体しましたが、初めてです」
なんでそんな質問を?
そう思ったら、
「ちょっと待ってろ」
男はそう言うと、ギルドの奥の引き出しから一本の短剣を出して持ってきた。
「熊切包丁だ。これを貸してやるから使え……気に入ったなら隣にある武器屋で買ってやりな。おっさんも喜ぶから」
「……ありがとう、助かります」
冒険者ギルドには悪い印象が多かったが、いい奴もいるんだな。
そう思って、俺は冒険者ギルドを出て、外から裏口に回った。
本当に、冒険者ギルドには優しい人もいるというのに。
アイテムバッグからブラウンベアを出して、解体を始めた。
ハルには狼たちを解体してもらう。
もちろん、ハルと俺の職業は狩人にセッティングしてある。
解体しながらの雑談で、別に白狼族が狼を狩ることはタブーでもなければ狼に関して親近感があるわけでもないらしい事が分かった。後からハルに狼を殺させるのは失敗だったかな、と思ったが、そんなことはなかったようだ。
熊は1頭の解体に20分かかった。そのため9匹を解体するのに3時間。
ハルも狼に関しては半分の時間でできたが、かなり時間がかかっていた。
それにしても、解体スキルは凄いな。普通に解体しようとしたら、何倍の時間がかかったことか。
…………………………………
解体Ⅱ【狩人Lv15】
解体作業時の手順が手に取るようにわかる。
解体作業時の技術・筋力・速度・繊細さが大幅アップする。
…………………………………
こいつのおかげで、速く、丁寧に、そして豪快に作業ができた。
その間に、俺の狩人のレベルは3も上がった。
今は29だ。レベル30になれば何かスキルを覚えるかもしれないな。
まぁ、熊9匹の解体といったら、熊3600匹解体したのと同じ成長度だから、このくらいはレベルが上がるか。
ぶっちゃけ、1匹解体するほうが、1匹倒すよりも疲れるし。
「よし、解体も終わったし、持っていくか」
俺がそう言った時だ。
男が5人、近付いて来た。
「やっぱりだ、解体が終わってるぜ、兄貴」
「本当だな、こりゃラッキーだ。おい、坊主たち、悪いことは言わねぇ、その熊を俺達に譲ってくれないか?」
「なーに、善意で譲ってくれたらいいんだよ。痛い目にあいたくないだろ?」
「お礼に熊肉くらいはくれてやるからよ」
「ボランティア精神は大事だぜ」
白昼堂々人の獲物を横取りしようっていうのか。
きっと、ギルドで会話を聞いていたんだろうな。
「そんなことしたら盗賊になるんじゃないのか?」
「はっ、盗賊になるのは人の物を盗んだ時、もしくは大怪我を負わせた時くらいなものだ。俺達はよ、盗賊にならないギリギリの範囲を知っているんだぜ?」
自慢気に自慢できないことを言う男達。
……何を言ってるんだ? こいつらは……バカなのか?
~~閑話 一方そのころ。本物のバカは?~~
フロアランスとベラスラとを繋ぐ街道は途中山道があるとはいえ、一本道だ。
もちろん、木こりが木材を運ぶための林道や、獣が踏み分けて自然にできた獣道は存在しても、街道と間違えることはまずない。
絶対に迷わない、迷うはずがない、迷う者がいるとすれば、そのものはまぎれもない――
「いやぁ、ベラスラって遠いんだな、エリーズ」
「ベラスラは遠いね、ジョフレ」
街道どころか獣道すら存在しない森の中を、ジョフレとエリーズは進んでいた。つまり、完全に迷っていた。
フロアランスに長いこといた二人は自分達が旅の初心者だということを理解している。
だから、彼らは頼ることにしたのだ。
旅のプロっぽい者に。
「まぁ、ケンタウロスがこっちだって言ってるんだから間違いないだろ」
「ケンタウロスってベラスラに何度も行ったことがあるって言ってたわよ」
ケンタウロス――二人が買ったロバは、自分がそこまで頼りにされていることなど想像すれしていないことだろう。彼はただ、自分が食べたい物がある場所を目指して歩く。人の歩かない未開の地を、草分け――いや、草食いして進んでいるだけだった。
この二人がベラスラに到着するのは、まだまだ先。