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三人で汗を流そう

 情報収集を終えた俺は、一度鈴木の家に戻った。

 立派な日本家屋の建物で、家に戻ったというより、宿泊施設に戻った感じが強い。旅館みたいだ。

「お帰りなさいませ、イチノジョウ様、キャロル様」

「ただいま、ラナさん。これ、今夜の夕食にと思って買ってきました」

 俺はそう言って、お米等を含めた食材の入っている袋を渡した。

「まぁ、ありがとうございます。町はこの状態ですから、お米の買い出しが非常に困難だったので助かります」

「そうですよね。市場は戦争状態でしたよ。キャロがいなかったら、お米一粒も買えなかったかもしれません」

 デパートの年末ワゴンセールみたいだ。倉庫から野菜が運ばれてきたとき、並べられる前に売り切れてしまうのは壮観だった。

「あと、これはラナさんにお土産です。安物ですけれど、よければお使いください」

 俺はそう言って、これからお世話になるからお礼として、かんざしを渡した。

 キャロに選んでもらった。

 安物だけれども、和服姿で髪の長いラナさんに似合うと思う。

「……これを私にですか?」

 ラナさんは簪を受け取り、じっと見つめる。

 気に入ってくれたのだろうか?

「お客様から私個人への贈り物を頂いたときのマニュアル――以前、お饅頭を頂いたときは、おやつに食べていいと一年と十日前に言われましたが、それ以外のときの命令がありません。いったいどうすれば――」

 ラナさんがぶつぶつと呟きだした。

 ラナさんはマニュアル人間だからな。そうか、食べ物以外のお土産をもらったことがなかったのか。

 いったいどういう結論に辿り着くのかと、思ってしばらく静観していた。

「そうです! これは木製の簪ですから、食べられないことはありません! つまり、三時のおやつとして食べれば問題ありません!」

「問題だらけですよっ!」

 ケンタウロスを食べるよりも問題だ。

 この人は、想定外のことが起きたとき全部食べるのか?

 胃の中に収めて証拠隠滅か?

「これは、着物に合う簪ですから、備品として、その制服の一種と同じ扱いにしてください」

「あぁ、備品と同じ扱いですね。では、備品一覧に記してきます」

 ラナさんはそう言ってポンと手を打った。

 もしかして、簪を贈ったこと迷惑だったかな? と気になって感情トレースを使ってみたところ、喜びに満ちていた。どうやら簪そのものは気に入ってくれたらしい。

 もしかしたらお米が手に入って喜んでいるのかもしれないが。

 そして、俺たちは部屋に戻った。

 部屋の中は一度掃除されたらしく、ゴミ箱のゴミも空っぽになっていた。

 ラナさんは完全なマニュアル人間だからな。融通が利かないのは悪いことのように思えるけれど、しかしそれは言い換えれば、仕事に手抜きをしないという意味でもある。

「それにしても、タルウィの目的はなんなんだろうな」

「わかりませんが、状況から見て、王族が関わっている可能性は高いでしょうね」

「だよな。査察官と一緒に連れられた俺が、偶然タルウィと戦うことになったってことはないよな。査察官は王家直属の部下みたいだし」

「それもありますが、タルウィさん……タルウィはイチノ様を殺そうとしたのですよね?」

「あぁ、そうだな。感情トレースしたところ、殺意はあったと思う」

「正当な理由なく他者を殺せば一発で犯罪職に堕ちます。にも拘らず、タルウィはイチノ様を殺そうとした。普通、強さにこだわる人がそんなことをするとは思えません」

「新進気鋭の冒険者パーティに殺されそうになったことはあるけど?」

「きっとその新進気鋭の冒険者パーティはバカだったのでしょう」

「そんなことは……そうだな」

 納得した。

 しかも、あいつらは既にドワーフの里で大暴れした後だった。犯罪職に堕ちるほどの騒ぎではなかったようだけど、それでも裁判にかけられたら有罪になるのは間違いない。

 どうせ裁判で有罪になるなら、犯罪職になる道を選ぶようなバカだった可能性が高い。

 いや、犯罪職に堕ちることを忘れていたバカという可能性もあるか。

「でも、タルウィの殺意は本物だったぞ? それに、たぶんタルウィはバカじゃない」

「はい、その通りです。しかし、ある一定レベル以上の貴族、王族等の許可があれば、【免罪】というスキルを覚えます。その【免罪】スキルを使い、殺害を命令されたのなら、イチノ様を殺したとしても犯罪職に堕ちることはありません」

 貴族、王族の許可……か。

「貴族と王族以外にも、同じようなことができるのか?」

「はい。数は少ないですが、存在します。ただし、あまり現実的ではありませんね」

「なんでだ?」

「他者を害することを許可できる職業はあと三種類が確認されています。教皇、勇者、そして魔王です」

「なるほどなぁ。そうだ、キャロ。ついでにどんなことをしたら犯罪職に堕ちるか教えて貰っていいか?」

 以前、ベラスラの町のチンピラたちは、俺とハルに恐喝紛いの行為を行ってきた。

 彼らは、どこまでしたら犯罪職に堕ちるかわかっているような口ぶりだった。その知識を悪用するつもりはないが、逆に自衛の意味では覚えておかないといけないだろう。

 いまさらだけど。

「明確に"これ"というものはありませんね。たとえば他人の物を盗んだとしても、一回盗んだだけでは犯罪職に堕ちることはありません。勿論、衛兵に捕まり、裁判に掛けられたら正当な手続きの後、贖罪者に転職させられますがね。逆に一回では犯罪職に堕ちないような罪でも、複数の種類、罪を犯せば犯罪職に堕ちたという例もあります」

「軽犯罪なら一度では犯罪職にならなくて、複数回で犯罪職か……」

 自動車の罰点制度みたいだな。

 一定以上点数を貯めると、免停――みたいな。

「あと、殺人についても状況に鑑みて犯罪職に堕ちないこともあるそうです。たとえば、病気で苦しみ死を望む患者を安楽死させた医者は、法律上は罪でも犯罪職に堕ちません。しかし、苦しみに耐えてでも生きたいと望む患者を安楽死させたら犯罪職に堕ちます。すべては女神ライブラ様の導きの下、決まります」

「基準に関しては結構融通が利くんだな。それに、ライブラ様なら女神様の中では一番安心して任せられそうだな」

「はい。とある法学者によると、女神様の裁定があるお陰で、世界の犯罪の九割以上は未然に防がれているという論もあります」

「それは言えてるな」

 誰にも気付かれないような罪を犯しても、女神様が見ているから悪事はできない。

「本当に便利な機能だよ」

 神様が見ている。

「そうですね。でも、そう思わない人もいますけど」

 へぇ、そんな人がいるのか。

 確かに根っからの悪人とかはそう思うかもしれないな。


 さらに話の打ち合わせをしていると、ハルと鈴木が帰ってきた。

 ふたりは、食料供給のために初級ダンジョンに潜り、魔物を狩っていた。

 初級ダンジョンには、野菜を落とす魔物が多いので、農家の収穫のようなイメージで魔物を倒していたらしい。

「ハル、お帰り。鈴木に変なことはされなかったか?」

「ごほっ」

 俺に言われて反応したのは、ハルではなく鈴木のほうだった。

 過剰なまでの反応で、普通ならなにかあったのだろうと勘ぐってしまうところだ。

「ちょっと、楠君。そんなことあるわけないよ!」

「あぁ、わかってる、冗談だ。お前のへたれっぷりは俺が一番よくわかっている」

 俺も相当にヘタレな部類だが、鈴木のヘタレっぷりは、ハーレム展開のある少年漫画における主人公のそれに等しい。

 にも拘らず、ラッキースケベどころか、躓いてキスのような展開すらない健全っぷりだそうだ。

 鈴木は俺に軽く言葉を交わすと、副市長と打ち合わせがあるということで出ていった。

 さてと、三人になったな。

「ハル、ちょっとこっちにこい」

「はい」

 尻尾を揺らして俺の傍に近付く。

 ハルの汗の匂いが俺の鼻孔を擽る。この匂いは嫌いではないが、そのまま汗を放置するのは美容にもよくない。

 俺はハルに浄化(クリーン)の魔法をかけた。

 体と服が一緒に綺麗になる。

「ありがとうございます。あの……ご主人様。せっかく綺麗にしていただき、申し上げにくいのですが。私と……その、もうひと汗かきませんか? ふたりでしたことはありましたが、よければキャロも含めて三人で」

 三人で汗を……!?

 それって、もしかして――いやいや、待て、待て待て、さすがにそれは早……くはないか。俺とハル、俺とキャロ。それぞれの関係は既にかなりのところまで発展している。

 三人で……っていうのも展開としてはありなのではないだろうか?

 さっき、鈴木のことをヘタレだと言っていた手前、ここで引き下がるのは男じゃないだろ。


「イチノ様、キャロは……もうダメです。体が壊れちゃいます」

 キャロが荒い息でそう言った。仕方がない、一時間もぶっ続けだったからな。

 彼女にはスタミナヒールをかけて、休ませることにした。

「ご主人様、私はもう少し――今度はもう少し激しくお願いしたいです」

 火照った顔でハルが言った。彼女は始めたばかりよりも元気になっている気がする。

 本当は俺もキャロと一緒に休憩したかったのだが、しかし、彼女にそう言われて無理だと言えるわけがない。

 こっそり自分の体にスタミナヒールをかけて、第三ラウンドを始める準備を行う。

「わかった、もう少し激しくいくぞ。痛かったら言えよ」

「大丈夫です。ご主人様のだと思うと、痛いなんて思いません」

 こうして、俺とハル――ふたりきりの勝負が始まった。

 マイワールドの草地での、木刀での打ち合いが。

 それにしても、ハルの奴、一緒に剣の稽古がしたいのなら、そう言ってくれたらいいのに。わざわざ紛らわしいこと言わなくても。

 いや、普通に汗を流すといったら運動のことか。

 俺が邪推しすぎただけだったな。

 最初、三十分素振りをして、俺とハルが模擬戦を行い、再度三十分素振りをしていた。

 懐かしいな、この世界に来た時は毎日のように素振りをしていたが、いつの間にかしなくなった。

 ハルはあれからも毎日続けていたので、少々申し訳ない気がしていた。


 こうしてふたりで模擬戦をするのは久しぶりだな。

 現在の職業は、攻撃力を抑えるため、魔法職重視にしている。それでも速度の合計はハルを軽く上回っているのだが、俺の攻撃はハルに紙一重で躱されていた。

 スキルは使っていないし、顔などは狙わないようにしているけれど、それでも手を抜いているわけではないのに。

 突きによる攻撃は左右に躱され、薙ぎによる攻撃は後ろに飛んで躱される。

 中途半端に斬りかかっても斜めに躱されてしまう。

 一度も攻撃が当たらない。


 それならばと、職業をひとつ、既に極めている剣士に変更。

 攻撃速度が上昇する。

 ハルの表情が僅かに変化した。

 普通に見たらわからないけれど、ハルの顔を見てきた俺ならわかる。

 焦りと、同じくらい喜びがある。

 ハルはただ躱すだけでなく、剣で攻撃を受け流すことも増えてきた。

 それだけではなく、躱しきれずに服に掠ることも増えてきた。

 ダークエルフの秘術によって作られた服が傷つくことはない。

「もう少し速度を上げるぞ」

「はいっ!」

 第三職業を見習い剣士に変えた、直後だった。

 俺の攻撃がハルの肩に当たってしまった。

「くっ」

「ハルっ! 大丈夫か?」

「はい、大丈夫です。さすがはご主人様――この服なら些細な攻撃なら受け流せるのですが」

「いますぐ治療するから見せてみろ」

「はい」

 ハルがそう言って、服を脱いだ。

 肩のあたりが赤く腫れている。ハルの肌は白いので、赤く腫れあがっているのがよくわかった。このまま放置しておけば青く変色するだろう。

「って、服を脱ぐ必要はないぞっ!?」

「あ、申し訳ありません。つい――」

「いや……まぁ、うん」

 ほぼ無表情のハルだが、それでも照れているのはわかる。

 俺も釣られて、照れてしまう。

「イチノ様、ハルさん。キャロがいるのを忘れないでくださいね」

 休憩中のキャロに指摘され、俺はいそいそとプチヒールを唱えてハルを治療した。

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