キャロのユニーク職業
女神像の前にも人が増えてきたので、入れ替わるように俺達はそこを去った。
赤レンガ倉庫――もとい奴隷商館は目と鼻の先にあった。
キャロとハルとともに、奴隷商館に入る。
「……いらっしゃいませ、あら、キャロル……もう終わったの?」
そう言ったのは、40歳くらいの、ロングスカートに長い髪の妖艶な女性だった。キセルのようなものを吸っている。普通のタバコとは違い、とても甘ったるい匂いがするが、俺はその香りをあまり好きになれそうにない。
「戻りました、マダム・クインス」
「そちらの方は?」
「契約をなさっていた冒険者の皆さまが亡くなったところを助けて頂きました」
「……そう。キャロルは部屋に戻りなさい。彼らの対応は私がするわ」
キャロはクインスに言われた通り、去っていく。
最後の別れもない、淡白なものだった。
まぁ、俺が勝手に助けただけだし、お礼を求めるというのもダメか。
「すまないね、あの子は生きることに絶望しちまってるのさ」
煙を口から出して、クインスは言った。生きることに絶望。
俺に、自分を殺してほしいと言ったことを思い出す。
「四組目よ、彼女とともにでかけて、全滅した冒険者は。全滅しなくても、死者の数は二桁になるわ」
「……どういうことですか?」
「彼女は、ユニーク職業の持ち主なのさ」
「ユニーク職業?」
聞いたことのない名前に、俺は首をかしげると、ハルが説明してくれた。
ユニーク職業とは、生まれながらに人が持つ職業。
「有名なものだと勇者や魔王、王族、貴族がそうです。貴族は生まれながらに貴族という諺があるように、私達平民はいくら努力しても貴族にはなれません。他にも、数は少ないですが、職業レベル関係なく、特定の人だけがなれる職業があります。先天的、後天的はありますが。そして、ユニーク職業は簡単に他の職業に転職できず、その職業の間だけ使える固有スキルを持つといいます」
「それがユニーク職業なのか……」
特定の人にしかなれない職業か。そういえば、女神――コショマーレ様が提示した天恵のなかに、勇者になれるというものもあったな。
「誘惑士……あの子の職業さ」
「誘惑士? なんかキャロとは無縁そうな職業だけどな」
「夜になると特定のフェロモンを体から出し、魔物を呼び寄せる。そういう職業らしい。あの子が14歳の時だよ、そのユニーク職業が急に現れ彼女に固定化された」
「固定化?」
またも聞きなれない言葉に俺はおうむ返しで問う。話の腰を折ってばかりで申し訳ないと思うが。
「通常の神殿で転職できない状況になることです。司教様以上の方でないと転職できないものもあるとか」
ハルの説明に、俺は理解した。
「夜、もしくは太陽の届かない場所だね。例えば地下に続く迷宮の中に入ったら最後、周囲の魔物を全て引き寄せちまうのさ……ただし、引き寄せられた魔物は決してキャロを襲わない。それが誘惑士の凄いところだよ。もっとも、文献によると、誘惑士が誘惑した魔物を傷つけた場合、催眠状態は解けて誘惑士でさえも襲うそうだがね」
「それで、あの冒険者はキャロを地面に埋めて、魔物をおびき寄せていたのか……」
「ああ、なんでもブラウンベアの毛皮採取の依頼が高値で張り出されたからね。この時期はブラウンベアは中々人のいる場所に現れないから、あの子の力を利用しようとしたんだろうね……地面の下に埋めても空気穴からフェロモンは外に漏れるから」
クインスはそう言うと立ち上がり、
「そんな力だから、あの子は夜の間は空気の洩れない部屋で寝ないといけないからいろいろと大変だけどね、あれでもレンタルとしての需要は高いのよ。使い方さえ間違えなければ便利な子だからね。あんた達が連れて来てくれたおかげで、怪我などもしていないみたいだし、これはお礼だよ」
そう言って、クインスは貨幣が入っているであろう小袋を出した。
「……ありがとうございます……」
俺は小袋のお金を受け取り、頭を下げた。
お金のために助けたわけじゃないが、これはクインスの純粋な好意なのだろうと思った。
そして、俺達は商館を出た。
「ご主人様――ご主人様の力ならもしかしたら」
「……もしかしたら、キャロの職業を変えられるかもしれないな……でも――」
俺は横を通り過ぎた男の職業を見た。
【大工:Lv17】
その男の職業を平民に変えたいと念じる。
だが――その職業は変わることはない。
前にも試したが、職業を変えられるのは仲間だけだ。
そのため、他の人の職業をこっそり変えることはできない。
キャロをレンタルして職業を変えるという手段は一応ある。
だが、それをしたらどうなる?
俺の職業変更のスキルがクインスに知られてしまう可能性が高い。
とすれば、彼女の職業を、キャロ以外に知られずに変えるには、キャロを身請けするしかない。
それは悪いことじゃないだろう。キャロの悩みも解決することだろう。
でも、これから同じことが起きたとき、俺は同じように奴隷を買い続けるのか?
そして、全員に俺の秘密を話すのか?
俺は、それが怖いと思った。
「……ていうか、まぁ、キャロを身請けするような余裕がないしな。冒険者ギルドに行こうか」
「そうですね、ブラウンベアの毛皮が今なら高く売れそうですから」
ハルはキャロの職業に関してはそれ以上何も聞かず、俺の後ろをついてきた。
お金がありません。
稼がないと。