ボス部屋のカネーシャ
「キャロっ!」
俺は思わず声を上げた。
いったいなにが――!?
「ご主人様、宝箱の中に破れた札があります」
ハルがふたつに破れた札を見つけた。
「まさか、転移札っ!?」
「転移札ってなんだ?」
「ダンジョンの中で稀に見つかる札です。破ることで特定の場所に転移する札です。緊急時に戦闘から離脱するために使われる札が宝箱の内側に貼られていたようです。発見されたダンジョンの中でしか使うことができないのが難点ですし、転移先が決まっているのが難点ですけど。ちなみに、魔記者も同じく転移札を作ることができますが、魔記者が作った転移札は入口にしか転移できないそうですが、宝箱の中で発見される札はどこに転移されるかわかりません」
よくわからないけれど、キャロはダンジョンのどこかに転移したということか。
くそっ、最悪だ。ハルやララエルならひとりでもなんとか戦えるが、キャロの戦闘能力は低い。すぐに助けないと――
「あ、全然問題ないや。眷属召喚」
俺は魔法を唱えてキャロを召喚した。
光に包まれ、キャロが戻ってきた。
「――イチノ様、ありがとうございます」
戻ってきたキャロが礼を言った。
「うん、眷属召喚できたみたいでよかった。眷属召喚できなかったら、ララエルに麻痺矢を打ってもらうところだったよ」
「何故麻痺矢を打つのですか?」
ララエルが尋ねた。
「キャロは夢渡りというスキルがあって、俺が眠っていたり意識が朦朧としていると、俺の場所に転移できるんだ」
咄嗟に眷属召喚のことを思いつかなかった俺と違い、キャロのことだ。何度も夢渡りできないか試していただろう。
そうだ、今度同じことがあってもいいように、キャロが使える眠りの魔法をコピーしておこう。
フェイクマジックを使えば、効果は下がるが魔法をコピーできる。
自分を眠らせるだけなら使えるだろう。
「どうやら、宝箱の開け口の裏側に転移札を貼っていたようですね。トラップドールが準備した罠ではなく、あくまで宝箱の中のアイテムだったから罠探知が反応しなかったのでしょう。ずる賢い方法です」
「申し訳ありません、私が安易に罠がないと言ってしまったせいで」
「いえ、キャロも他の可能性を考えていなかったのが悪いのです。いい勉強になりました」
「ところで、キャロはどこに飛ばされたんだ?」
「ボス部屋でした」
ボス部屋――つまり最下層に転移したのか。
俺は破れた札を見た。
模様は残っているが、真っ二つに破れている。
「繋ぎ合わせてももう使えそうにないな。まぁ、ひとりだけボス部屋に行っても意味ないし、別に歩いて最下層に行けるからいらないか」
俺は無造作に破れた転移札をアイテムバッグの中に入れた。
第五職業を魔記者にしているうえ、レベルもかなり高くなっている。
そろそろレシピを覚えて、転移札を自分で作れるようになるかもしれないな。
その後、俺たちは最下層に辿り着いた。
「イチノ様、キャロが転移札で転移してきたのはここです」
「そうか――この向こうにボスがいるのか。ハル、キャロ、準備はいいな?」
「はい、準備はできています」
「キャロも大丈夫です」
大きな扉があり、扉は開いている。
扉の向こうには、巨大な象がいた。
「っていうか、これ」
以前、鈴木と一緒に戦ったガネーシャのような魔物みたいだ。
と思ったが、違う。なんというか生きている感じがしない。
「イチノ様、あれはカネーシャです。ゴーレムの一種です」
キャロの説明を聞いた。
名前はガネーシャに近い。
俺たち四人が中に入ると同時に扉が閉まった。
俺は先制攻撃をするため、白狼牙を振ってスラッシュを使った。
と同時に、ハルもスラッシュを放つ。
俺が放ったスラッシュは魔象の頭に届こうとしたが、鼻に弾かれた。
手加減をしていない本気の攻撃――しかし、放たれた攻撃は鼻に阻まれ、致命傷を与えることはできなかった。
ララエルも矢を放っていたが、突き刺さりはしても痛くもないようだ。
「なんて硬さだっ! 例の魔象と一緒だな」
「こんな硬い相手は初めてです。鉄より硬いのではないでしょうか」
ハルが汗を流して言った。
「石像相手なら、麻痺矢を放っても意味はないでしょう」
「キャロ、なにか弱点とかあるか?」
「カネーシャの体は金属でできているので、弱点は雷のはずです」
「オッケー!」
俺はアイテムバッグからアクラピオスの杖を取り出し、魔法を唱えた。
「ブーストサンダー!」
杖から放たれた雷が一直線にカネーシャに直撃……したはずだった。
「なっ! 弾かれた!」
全然通じていない。
「イチノジョウ様、あのカネーシャ、本当に金属でできているのですか? まるで硬い岩のようですが」
「そういえば、金属鑑定できないな」
さっきのアイアンゴーレムは鑑定できたのに。
それに、あの色、まるで土を全体に纏っているかのような。
「そうか、本当に土を纏ってるんだ。象が日焼け対策に泥を塗るみたいに」
ララエルの矢が突き刺さってもなんともないのは当然だ。
だって、土に刺さっただけなんだから。
「それなら対処は簡単だ」
俺は再度杖を構える。
「ブースト浄化」
生活魔法の浄化。体を綺麗にできるその魔法を強化して、カネーシャに放った。
すると、カネーシャの体が、眩い光を取り戻す。
「生活魔法で泥を落としたのですね。さすがご主人様です」
ハルが俺を褒めたたえる。
「ああ、これなら――」
カネーシャが鼻を上げ、斧のように振り下ろそうとしたが、俺のほうが早い。
「ブーストメガサンダー!」
アクレピオスの杖から放たれた雷が、カネーシャを貫いた。
【イチノジョウのレベルが上がった】
レベルアップしたのだ。
それは、つまり魔象の像カネーシャが息絶えたということだ。像なのでもともと息はしていなかっただろうけれど。
【法術師スキル:回復魔法Ⅵが回復魔法Ⅶにスキルアップした】
【法術師のレベルはこれ以上上がりません】
【称号:法術師の極みを取得した】
【職業:神聖術師が解放された】
回復魔法Ⅶを取得して、法術師を極めた。
結果、回復魔法Ⅶ――ディスペルを取得した。
これで、呪いを始めとした全ての状態異常の回復が可能になる。
他にも、どうやら魔記者のレベルもカンスト状態になっているようだ。これもあとで他の職業のスキルと一緒に確認しよう。
魔象の像カネーシャが消え、残ったのはスイカのような大きさの魔石と肉の塊だった。肉塊は巨大な魔石よりもさらに大きい。スーギュー一頭分はありそうだ。
「どうやら象の肉のようですね」
「何故、像なのに本物の肉を落とすのでしょうか?」
キャロが肉の正体をいい、ハルが不思議そうに尋ねた。
その問いに答えられるものは誰もいなかった。
このままではアイテムバッグに入らないので、細かく斬り分けてから中に入れた。
キリンさんが好きで象さんがもっと好きな国で育った俺としては、象の肉を食べるのは憚られるので、ナナワットの餌にすることにした。
「さて、女神の間に行くか」
女神の間に行く。
このダンジョンの女神の間で奉られているのは、テト様だ。
やはり、ピオニアに似ているな。
「今回は普通に祈るだけで終わるだろうな」
俺はそう思って苦笑した。
コショマーレ様とトレールール様は俺をこの世界に誘った女神だったし、セトランス様は鈴木を、ミネルヴァ様はミリの前世であるファミリス・ラリテイ――かぐやをこの世界に誘った関係で俺も女神の空間に招かれた。
ライブラ様のダンジョンを攻略したことはないけれど、でもマイワールドを創ったときに一度出会っているので、今後、ライブラ様が奉られているダンジョンを攻略したときに女神の空間に招かれる可能性はある。
しかし、俺とテト様についてはほとんどつながりがない。
細い繋がりはあるけれど、ピオニアたちホムンクルスの産みの親が実はテト様ではないか? と思っているだけだが、それもあくまでトレールール様経由で賜ったものだから、関係があるとは思えない。
あとは、ミネルヴァ様から、テト様が造ったネクタルを貰ったくらいのものだ。
今回は結果だけ聞いて終わろう。
そう思い、ハルたちと一緒に、目を閉じて、気楽に祈りを捧げた。
そして、目を開くと俺は別の空間――女神の間にいた。
――やっぱりかっ!
本来ならば、岩より硬い泥を削ぎ落して、雷魔法を数発以上ぶち込まないと倒せない強敵でしたが、
浄化チートでした。




