落ちていた情報
ミルキーの本を買えって、どういう意味だ?
一緒に行動した時間は短い。
しかし、あいつがどういう同人誌を好むかはわかる。
「イチノ様、本当にミルキーさんの本を買うことに意味はあるのでしょうか? ミリ様、もしくはダイジロウ様のミスリードという可能性はありませんか?」
キャロが尋ねた。
たしかに、ミリは俺に追ってきてほしくない――そういう雰囲気がある。
だが、俺は首を横に振った。
「ダイジロウさんについてはわからないが、これがミリからのメッセージだとするのなら、その可能性はない。あいつはこういうことに関しては卑怯な真似はしない」
ミルキーと一日足らずの付き合いで、彼女の同人誌のジャンルがわかるのだ。俺はミリが地球に生を受けて十二年――ずっと彼女の兄だったのだ。彼女が魔王の生まれ変わりであることは気付かなかったが、彼女の行動はわかる。
「ジョフレ、エリーズ。誰かいたか?」
奥の部屋から戻ってきたジョフレたちに尋ねた。
「奥の事務所は無人だったから」
「うん、三人ともどこにいったんだろ?」
ダイジロウさん、ミリ、そしてミルキーだけじゃなくて、誰もいないのか?
確かに、周辺には俺たち以外の気配はない。
ならば、この町にいないのか?
でも、ミルキーの本だけは存在していると?
「イチノ様、私は奥の事務所にいって、ダイジロウ様の行き先の手がかりがないか探してきます」
「あぁ、任せた。ところで、ハル――ジョフレたちはなにをやってるんだ?」
「レアメダルをケンタウロスに食べさせているように見えます」
そう、ジョフレが持っていたのは金色の小さなメダル――レアメダルだった。
ダンジョンの中で変異種の魔物が時々ドロップするアイテムで、魔物に食べさせればその魔物を強くする効果がある。
ジョフレはそのレアメダルを数枚、惜しげもなくケンタウロスに与えていた。
レアメダル一枚は金貨一枚、一万センス――百万円相当の価値はあるというのに。
もしかして、ケンタウロスの奴が素直にマイワールドから出たのは、レアメダルを食べたかったからじゃないだろうか?
「なぁ、ハル。レアメダルって美味しいのか?」
「すみません。私は硬い食べ物は好きですが、金属の味はわかりません」
「そりゃそうだ」
俺は頷き、ケンタウロスを見た。
ただでさえ強いケンタウロスがこれ以上強くなったら、本当に俺の手にも負えなくなりそうだ。
「イチノ様、戻りました」
キャロが奥の事務室から戻ってきた。
「キャロ、早かったな」
「事務所と呼ばれていた部屋はもぬけの空です。資料どころか紙片ひとつありませんでした」
そりゃ早いわけだ。調べるものがなにひとつないのだから。
「ただ、これが落ちていました」
キャロが俺に見せたのは、三十本近い髪だった。
なるほど、毛髪検査か。
溺れる者は藁にも縋るというが、髪の毛に縋るとはな。
ということで、俺はノートを取り出し、毛髪検査をした。
といっても、毛髪検査で得られる情報はランダムだ。そもそも、本当に関係者のものかもわからない。ピザの宅配にきたおっさんの髪という可能性だってある――この世界に宅配ピザがあればの話だが。
それでも、俺は毛髪検査を行った。
やはりというか、碌な情報が得られない。
ちなみに、一本だけ毛髪検査できない髪があった。何故だろうと思っていたら、ハルの贋作鑑定に反応があったそうだ。つまり、そういうことなのだろうと納得した。凄いな、どう見ても本物の髪にしか見えないのに。
そして――
「ん? なんか凄いのが出たな」
ノートの書き記した文字を見て俺は言った。
【個体番号:2531・5231・8989・1192・2960
呪い:42
毛根寿命:0】
「毛根寿命がゼロ……」
ひとつ明らかになった。毛根寿命は毛が無くなる年齢じゃなくて、毛が無くなるまであと何年か――だ。
つまり、毛根寿命72の俺は92歳まで剥げることはないってことだ。
「あの、ご主人様。この呪い42っていうのは?」
「……わからん。まぁ、個人の特定ができない以上、教えてあげることもできないしな」
そして、茶色く長い髪を鑑定した。
【個体番号:3193・2918・3213・2951・3502】
個体番号の最初の八桁までが俺と同じだ。
そんな偶然、普通に考えればあるわけない。おそらく、最初の八桁は両親の遺伝子に影響されるのだろう。
と考えると、これはミリの髪とみて間違いない。
【ストレス:82】
……ストレスを溜めているようだ。
まぁ、自由に動き回れない状況なのだろう、これは仕方がない。
【欲求:52】
……欲求――何かを求めている?
これがわかれば、ミリの考えがわかるかもしれない。
しかし、この毛髪鑑定って、結果が全部数字でしか出てこないんだよな。
数字の意味がわからないとどうしようもならない。
他の髪からは、参考になりそうな鑑定結果は出てこなかった。
やはり、数字の意味を理解しないといけない。
「この毛髪鑑定の結果がわかればな」
「イチノ様。スズキ卿の家なら毛髪鑑定に関する本があるのでは?」
「――そうかっ!」
そういえば、あいつは魔学捜査研究員の勉強をしていたんだった。
それなら、毛髪鑑定に関する資料があるかもしれない。
関係ないけれど、スズキ卿って呼び方はどうなんだ?
まぁ、男爵とわかったんだから、その呼び方が適切かもしれないが。
「キャロはこの町でダイジロウ様、ミリ様、ミルキーさんの情報を集めてきますので、イチノ様とハルさんはスズキ卿の家でお待ちください」
「あぁ、そうさせてもらうよ。いつも悪いな。ありがとう」
俺が礼を言うと、キャロが俺に身を寄せ、俺にしか聞こえないような声で言った。
「お礼なら、夜のベッドで返してください」
「ぶっ」
なんてこと言うんだ。
やっぱりキャロは肉食系のようだ。




