なにがあったんだ?
「あれが……マレイグルリなのか?」
町の外壁が見えてきて、俺はそう呟いた。
すでにポチは低空飛行状態だったため、外壁の中を見ることはできない。
魔法都市。ダイジロウさんがいると言われていた都市。俺の旅の最初の目的地。
いろんな想像をしていた。
いったいどんな都市なのだろうか?
空飛ぶ絨毯が交通手段になっているような、いわゆるTHE・魔法都市といった感じなのか、はたまた高層ビルが立ち並ぶような近代都市なのかと。
町をぐるりと覆う外壁の向こうを夢想する。
いま、鷹の目を使えばフライングして中を見ることができるのだけれども、そんなことはしない。
「鈴木はマレイグルリに来るのは何度目なんだ?」
「んー、どうだったかな。やっぱり僕たち転移組にとって、最初に入ってくる情報がここだからね。こっちの世界に来て半年くらいしてから一度訪れて、それからも何度も訪れてるよ。世界広しといえど、和食を扱ってる店があるのはここくらいだからね」
「へぇ、和食があるのか」
「うん。しかも、この世界にもともとあった米の品種改良にも力を入れて、美味しいよ。味はコシヒカリに一番近いと思う……ってあれ? 楠くん、あんまり嬉しそうじゃないね」
「いや、そんなことないぞ。和食は楽しみだな」
俺はぎこちない笑みを浮かべた。
悪い。お米に関しては、すでにマイワールドで大量生産できているんだ。
「米ってなに、ジョフレ?」
「聞いたことがあるぞ。お米の一粒の中には女神様が七人いるそうなんだ」
「女神様が七人もっ!? あれ? でも私、女神様は六人しか知らないよ?」
「ん? そう言えばそうだな。コショマーレ様、トレールール様、セトランス様、ライブラ様、ミネルヴァ様、テト様……」
ジョフレが指折り女神様の名を列挙していく。
「なぁ、ジョー。あとひとりは誰なんだ?」
「ジョー、あとひとり誰だか教えて」
俺に振るな。
きっと、メティアス様だろうよ。
どういうわけか欠番になってしまっているけれど、本当にいたみたいだし。
「お米の神様か。『米俵一俵には六人の神様が乗っている』って慣用句もあるよね。あと、一粒には八十八柱いるっていう説もあるかな?」
それも俺に振るな。
悪いが、俺は日本の慣用句全てを把握しているわけじゃないんだ。
米一粒の中に神様が七柱とか八十八柱いて、さらに米俵に神様が六柱も乗っていたら、国中神様だらけになっちまう。まぁ、だから八百万の神なのだろうけれど。
米の話ばかりしていたら、米が食べたくなってきた。
そう思ったところで、ポチが着陸体勢に入った。
門の近く――厩舎の前で止まる。
厩舎の係員が出てきて、
「男爵様! 困りますよ、そんなところにいきなり着地してきたら馬が怖がってしまう」
「え? でも前はここで預かってくれるって――」
「前に来た時はあっしの頭くらいの大きさのワイバーンだったから預かれたけど、そんな大きさのワイバーンは預かれませんよ」
そりゃそうだろ。
いくら大人しいからといって、鎖も檻もないような場所で大人のライオンを預かるようなものだ。
「餌も必要でしょうし、牧場で預かってもらいましょう」
「それがいいですね」
……いま、しれっと餌が必要だから牧場でって言ったよな?
んー、ポチの餌――いったい何頭の牛さん、羊さん、山羊さんが犠牲になることやら。
前に、スーギュー一頭なら三日もあれば食べ尽くすって言っていた。マイルたちがここに来るまで、徒歩なら二週間。大聖堂で観光でもしようものならさらに数日延びる。
その間、最低でも――いや、考えるのはよそう。
「じゃあ、僕とポチは牧場のほうで交渉してくるから、三人は先に町の中に入っていてよ。日本人街、昭和通りの三番地、僕の表札が出ている家に行けばタダで泊まれると思うから。これ、紹介状」
鈴木はそう言うと、一枚の羊皮紙を俺に差し出した。
というか、さっきの住所――日本人街? 昭和通り? 表札?
「……凄い住所だな。一発で覚えられたよ」
俺は羊皮紙を受け取った。
そして、せっかく厩舎にいるのだから――とケンタウロスを呼び出すために、ジョフレたちに待ってもらい、物陰からマイワールドに移動した。
懐かしのマイワールド――そこでハルたちが笑顔で俺を迎えて――
「お、お帰りなさいませ……ご主人様」
「もうダメです……キャロに魅力はありません」
「あたし……マスター、魔力を――いますぐ魔力を分けてくれ」
「私にもお願いします……MP残量が一桁になっています」
「シーナの髪が……シーナの髪が……エーンデス……」
いや、笑顔ではなく、ハルが、キャロが、ピオニアが、ニーテが、シーナ三号がぐったりとした感じで俺を迎えてくれた。
いったい、マイワールドで何があったんだ?
特にシーナ、いつの間にショートヘアになったんだ?
「……ララエルたちも大丈夫か?」
ダークエルフたちも全員ダウンしている。
ハルたちよりもダメージは多そうだ。
「…………黄金樹は……大丈夫です」
「あのロバ……二度と預からないでください」
ララエルの言葉を継ぐように、リリアナが俺にそう懇願してきた。
あのロバことケンタウロス――あいつは、悠々とバナナを皮ごと食べていた。
本当になにがあったんだ?




