願いの頂
遅くなりましたが、更新再開です。
ワイバーンのポチに乗って移動する。
「見ろ、エリーズ。夕日がまぶしいな」
「本当だね、ジョフレ。寂しい輝きだね」
ジョフレとエリーズが俺たちが向かっている方向――東の空に向かってそんなことを言っていた。こいつらときたら、ポチの背中の上で大はしゃぎして、気付いたら夕日が沈む前に眠っていた。そして、ついさっき――朝を迎えたところで目を覚ましたというわけだ。
一応、二人に、今は朝だぞと伝えておく。
「そうか、朝日か! どうりでまぶしいと思ったよ」
「本当だね。嬉しい輝きだね!」
反応は変わらなかった。
鈴木が苦笑しているが、話に加わる様子はない。
おい、バカの相手を俺に丸投げするな。
きっと、今の俺は苦虫を噛み潰したような顔をしているだろう。
……ふと、ベラスラの町で倒したウールワームのことを思い出して、異世界で昆虫食はあまりしたくないなと思った。日本でも昆虫食をしているのはミリだけだったけれど。
「三人とも、そろそろ休憩にするよ。ポチも眠たいみたいだからね」
鈴木はそう言って、高尾山くらいの大きさの岩山の頂上に向かった。
飛行中、スタミナヒールを使って体力の回復はしていたけれど、眠気だけは抗えるものではなかったらしい。
岩山の上に着地したワイバーンは、俺たち三人が降りたのを確認すると、大きな欠伸をして目を閉じた。鈴木はその横顔を優しく撫でた。
「じゃあ、僕たちも少し休もうか」
「だな――さすがにあの高さで眠れないよな」
ジョフレとエリーズのように、命綱を付けたからといって眠れるような場所ではなかった。
この三人なら、眠っている間に荷物を奪われることもない。
「ジョフレ、エリーズ。お前たち元気そうだし、見張りは任せていいか?」
「おう、任せておけ」
「うん、任せておいて」
「「泥船に乗ったつもりで!」」
以前、ベラスラでも同じことを言われたな。
たぶん、こいつらの持ちネタなのだろうが、心配だ。
「……ん? 鈴木。空からは気付かなかったけど、あそこに検問があるな。あれはなんなんだ?」
寝床の準備をしていると、東の大地の街道に検問所みたいなものが見えた。
「あぁ、あれは国境だよ。シララキ王国はここまで。この先はツァオバールだね」
「ん? まだツァオバールに入ってなかったのか? すぐ東って聞いたが」
「結構遠回りしてるからね。アルタル湖や大聖堂のあるキュピラスの丘近辺の上空は、飛行禁止になっているんだ」
「なるほど――」
俺は南の空を見たが、そのキュピラスの丘というものは見えない。
「そういえば、ダイジロウさんもそんなこと言ってたな。わざわざ地上から確認できないようにステルス迷彩を施すのが面倒だって」
「『教皇め、いまいましい法律なんて作って。いったい誰のお陰で魔王からこの丘を取り戻せたと思っているんだ。××××が、××××が』って言ってたね」
エリーズが放送禁止用語を連呼している。恐らく、意味はわかっていないだろう。
それにしても、ダイジロウさん。わざわざ飛行ルートを変えるのではなく、バレないように飛行しているってすごい人だな。
なんか、話を聞くたびに彼女のイメージが崩れていく。まぁ、最初のイメージではダイジロウさんは男の人だったのだから、崩れる前のイメージがそもそも大間違いだったのだけれども。
「あれ? これは――」
鈴木はなにか妙な石碑を見つけて言った。
「なんだ? それは」
「これはコロッキストーンって言って、世界中のいろんな場所にある石碑なんだ。冒険者コロッキが自分の足で歩いて残したんだよ。へぇ、ここは願いの頂って言う場所みたいだね。」
「願いの頂?」
「えっと、この山頂で占いのようなことをしてうまくいけば願いが叶うっていう云われがあるみたい」
「へぇ、それは面白そうだな」
占い……か。
鍛冶の乱打夢を使ってどんな効果が出るか占う……いや。さすがにもう眠いし、鍛冶をしたらポチの安眠を妨げることになる。
あ、そうだ。
もっと手っ取り早い方法があるじゃないか。
求職スキル。
ランダムで五つの職業が表示され、そのうち一つの職業に二十四時間限定で就くことができる。ただし、その職業以外、レベルが上がらない。
占いをするには十分だろう。
いい職業が一つでも出たらミリの救出がきっとうまくいく。
悪い職業しか出なかったら……その時はその時考えよう。
俺は求職スキルを使った。
…………………………
・転職する職業を選んでください
(選択しない場合、五分後自動で選択されます)
アルピニスト:Lv1
アルケミスト:Lv1
ヒモ:Lv1
魔法捜査研究所員:Lv1
失業者:Lv1
…………………………
待て! 俺は思わず叫びそうになった。
アルピニストとアルケミストって、語感が似ているから選ばれたのか? というか、アルケミストって錬金術師を英語に変えただけじゃないのか?
そして、ヒモ――またお前かっ! 俺はヒモにはならないよ。
特に最後の失業者ってなんだよっ!
無職のうち、職探しを行っている人間を失業者って呼ぶらしいけど、つまり無職と同じじゃないのか?
「なぁ、鈴木。急な話だが、失業者って職業があるの知ってるか?」
「本当に急だね。うん、知ってるよ」
「知ってるのかっ!?」
「この世界の職業システムって、女神様が管理しているんだけど、新しい職業が生まれたり、失われたりしているんだよ。それで、女神様の都合で職業が失われた場合、その職業に就いている人は三年間だったかな――失業者っていう職業になって、新しい職業に就きやすい状態になるらしいよ」
「あぁ、無職とは違うのか」
「全然違うよ。失業者である間のステータスは、職業を失う前より少し高い状態になるし、自分の以前の職業とそのレベルに応じた職業が解放されるんだ。そして、転職したとき、以前の職業で得た経験値が引き継がれるらしい」
そっか。無職から失業者になったとき、無職に応じた職業が解放されるのだろうか?
その時こそ、本当にヒモが解放されそうで怖い。
「じゃあ、魔法捜査研究所員ってのは?」
「日本で言うところの科学捜査研究所員みたいなものだね。わかりやすくいえば、指紋やDNAの鑑定、足跡から身長や体重、病気の有無まで割り出したり。鑑定系のスキルが増える職員だね。専門の道具がないと使えないスキルもあるけれど、それ以外にも有用なスキルは多いよ。ただし、試験は結構難しいよ。僕も相当苦労したし」
「お前、職業解放されてるのかよっ!」
忘れていた。こいつ、かなり賢いんだった。
「うん。まぁ、医者の診察に必要なスキルもいっぱいあってね。もしも日本に戻れるようなことがあったとき、こっちの世界のスキルが向こうで使えるかわからないけれど、覚えておこうかなって思って。まぁ、レベルはあんまり上がっていないんだけど」
鈴木は自嘲するように言った。
日本に戻れるかはわからないけれど、安心しろ、鈴木。
こっちで覚えたスキルは日本でも使えるから。
うちの妹が――ミリが日本でスキルを使っていたそうだからな。
でも、そうか。鑑定系か。
ミリがいた痕跡――それを見逃さないために、この魔法捜査研究所員で得られるスキルは悪くない。いや、むしろいい。
そう思ったとき、他の職業の選択肢は無くなった。
【第一職業を魔法捜査研究所員に設定しました】
といっても、この職業を選んだところで、経験値が得られなかったら意味はないんだけどな。魔物でも出ないものか。
「……ん?」
職業を設定したところで、俺は気配に気づいた。
僅かに遅れて、鈴木も立ち上がり、剣を抜く。
「どうしたんだ」
「どうしたの?」
見張りをしていたジョフレとエリーズが尋ねた。
二人は気付いていない――俺たちは徐々に囲まれ始めていた。
「楠くん」
「あぁ……ここは奴らの巣だったようだな」
突如、そいつらは立ち上がった。
ジョフレとエリーズが気付かなかったのも無理はない。
俺たちを囲むように立ち上がったのは、山にあった岩そのものだったから。
どうやらここは奴らの巣だったらしい。
「ロックゴーレムだ。楠君、残念だけどこのゴーレムには『e』の文字はないからね」
「あってもなくても、奴らが死ぬのは変わらないだろ」
なるほど、願いの頂か。
どうやら、ふたつめの願いは即座に叶えられたようだ。
成長チート10巻は10月20日発売デス!
ぜひ、シーナ三号のヒロイン的活動をその目でご覧になってください!




