ランドウ山へ
「というわけで、マイワールドで武器作りにぴったりな、オリハルコンとかアダマンタイトとかそういう金属が採掘できないか?」
温泉の男湯。魔力供給という名の背中のマッサージをされながら、俺はピオニアに尋ねた。
銀の鉱山を作ったときのように、新しい鉱山を作れないかと思ったのだ。
「残念ながら、世界創造の書で作ることができる鉱山で採掘できる最も希少な鉱石は金鉱石までのようです」
「そっか――となると、マイワールドの外で入手する必要があるか」
「ヒヒイロカネなら私が持ってるデス!」
シーナ三号が突然そんな宣言をした。
「――ここ男湯だぞ。てか、機械人形なのにお風呂に入って大丈夫なの――」
大丈夫なのかと聞こうとしたが、海底に放り込んでサルベージ活動をさせたこともあるくらい防水は完璧だった。
なので質問を変えることにした。
「大丈夫なのはわかっているが、風呂に入る必要があるのか?」
「シーナ三号には自浄作用があるので必要ないデス!」
きっぱり言い切りやがった。あと、たぶん自浄作用の使い方間違えている気がする。
「シーナ三号、ヒヒイロカネを持っているというのは本当ですか? ヒヒイロカネといえばミスリル以上に貴重な金属ですが」
ピオニアが尋ねた。
「はいデス! 持ってるデス!」
「本当か? それなら譲ってほしい」
「はいデス!」
思わぬところで伝説の金属が手に入った。
これはラッキーだ。
「シーナ三号のパーツに組み込まれているので、まずは分解を――」
「お前の部品かよっ! もらえるわけないだろ!」
ただでさえ動作不良が目立つのに、これ以上ポンコツになられたら目も当てられなくなる。
まぁ、ポンコツとはいえ、こいつはミリが作った超高性能機械人形だ。貴重な部品のひとつやふたつ、使われていてもおかしくないのだろ。
……そういえば。
「なぁ、シーナ。お前って変な知識持っていたりするよな」
「変なとは失礼デスね! シーナ三号のメモリ機能には美味しい豆腐の作り方から、美味しい納豆の作り方まで全ての情報がインプットされているデス」
「大豆のことしか入ってないじゃないか。お前に大豆好きの設定なんてこれまで一度たりともなかっただろ」
本当にこいつ、大丈夫なのだろうか?
「お前の知識で、貴重な金属が採掘できる場所とかわかったりしないか?」
「ないデス」
「期待した俺が悪かった」
そうだよな、現実はそう甘くはない。
「シーナ三号のデータベースにある南大陸の貴重な金属は傍若無人魔王の命令で採掘されつくしましたから、一部を除き魔王城に運ばれたデス」
「その一部というのは?」
「五百年前に成竜にアダマンタイトを奪われたという記録が残っているデス」
そんな昔の話をいま出されてもな。
それにしても、本当に竜って光物が好きだよな。
宝石を奪われたり、金属を奪われたり。老竜と成竜の違いはあるけれど。
……ん?
俺は竜の寿命は知らないんだけど、イメージ的にかなり長生きするよな?
何百年も封印されていたレヴィアタンがあんなにピンピンしていたわけだし。
五百年前に成竜ってことは、現在は老竜と呼ばれる竜になっていたりしないだろうか?
「なぁ、シーナ。その竜はどこに住んでいたかわかるか?」
「わかるデス! フジャク山です」
全然違ったっ!
そりゃそうだよな、そんな偶然があるわけない。
アダマンタイトを奪った竜と、職奪の宝玉を奪った竜が同じだなんて、そんな偶然が――
「フジャク山――現在ではランドウ山と呼ばれている山ですね」
「そんな偶然あったっ!」
こりゃ、可能性が出てきたぞ!
職奪の宝玉とアダマンタイト――両方を一度に手に入れることができる可能性が。
※※※
翌朝。
ピオニアに吸われたMPもすっかり回復した俺は部屋を引き払い、ハル、キャロと三人で国を出た。
どうせすぐに戻ってくるから、ゴーツ札を貨幣に戻してはいない。
「この感覚も久しぶりだな」
フユンが馬車を曳き、ハルが御者席に座り馬車の手綱を握り、俺とキャロは内職に勤しむ。
俺はトンカチを使って純銀から銀細工を作り、鍛冶レベルを上げる作業。
キャロは乾燥させた薬草を乳鉢と乳棒ですり潰す作業をしている。
薬師のレシピがないため、マナポーションを調合することはできないが、薬草をすり潰す作業だけでも僅かに薬師としての経験値が入ってくるらしい。
レベル2になるまで、普通なら一日十二時間作業をしたとして三日くらいかかるそうだけれども、キャロは俺の眷属になったことで【取得経験値4倍】【必要経験値1/4】という俺の天恵の劣化版を持っているため、普通の人間の十六倍の速度で成長する。
その結果、二時間少しの作業で――
「イチノ様、薬師のレベルが上がりました。調合のスキルと初級ポーションのレシピを取得しました」
キャロが報告をした。彼女の言う通り、キャロの職業が【薬師:Lv2】になっている。
「おめでとう、キャロ」
「おめでとうございます、キャロ」
俺とハルがキャロに祝福を送った。
よし、俺も鍛冶師のレベルを上げるか。
と銀の指輪にトンカチを振った――その時だった。
馬車が止まった。
「休憩か?」
「魔物が近づいています」
「魔物?」
気配探知スキルには引っかからないが……あぁ、そうか。ここは風下か。
ならば、魔物の臭いを感じたのだろう。
「数はわかるか?」
「少なくとも五、多くても十程度、獣系の魔物で真っすぐこちらに向かっています。かなり速いですね。馬車では逃げきれないでしょう」
「いや、逃げる必要はない。まだマイワールドの鶏もスーギューも食べられるほど増えていないからな。ここで獣を狩ってみんなへのお土産にしよう」
本当はゴーツロッキーで肉を買って持って帰るつもりだったけれど、スーギュー病の影響でいまは肉不足になっているし、なによりひとりで五十人分近くの肉を買ったりしたら目立ちすぎる。
俺が馬車から降りると、魔物の影が見えていた。
「あれは――猪の群れか」
俺の知っている豚の二倍くらいの猪が七頭、こちらに向かって走ってきた。
普通の豚にはない二本の牙が目立つ。あんな牙で噛みつかれたら、普通の人間ならひとたまりもないだろう。
「フロックボアです。集団で暴れる危険な魔物で、討伐推奨の魔物です。牙を冒険者ギルドに持っていけば僅かですが報奨金がもらえたはずですね。お肉は美味です」
「家畜として飼うことは?」
「フロックボアは通常の手段では馴致不可能動物と言われています。魔物使いの力があれば馴致可能かもしれませんが、ダークエルフの皆様に世話を頼むのは不可能でしょう」
討伐推奨で、飼うこともできず、それでいてお肉が美味しい。
こりゃ倒すしかないだろ。
と思ったところで、フロックボアが二手に分かれた。
「ハルは左側の三匹を頼む。キャロ、ハルの援護を! あと、ハルは余裕があるなら火竜の牙剣は普通に使って属性攻撃は避けてくれ」
せっかくの新鮮なお肉だ。焦がしたりしたら勿体ない。
「かしこまりました」
「任せてください」
巨大猪が迫ってきているというのに、フユンは優雅にその場に佇んでいる。これなら暴れて逃げ出す心配はないだろう。
「よし、行くか――」
俺は右側の四頭に目がけて走った。
ここからではスラッシュは届かない。竜巻切りを使えばフロックボアが細切れになってしまう。ならば、まずは魔法で。
「プチウィンド」
俺の手から生み出された一陣のかまいたちが迫りくるフロックボアの一頭の首を落とす。
仲間を殺されたフロックボアは怒ったのかさらに速度を上げ、鼻息荒くこちらに迫ってくる。逃げる気はないようだ。猪突猛進とはよくいったものだ。
こちらとしても都合がいい。
まさか、プチウィンドで一発で倒せるとは思っていなかった。さっきまで鍛冶師の作業をしていたので、鍛冶師を含め、物理系職業をメインにしていたから。魔法強化(皇)のおかげだろうか?
この程度なら、ハルが後れを取ることもないだろう。ならば、焦らなくても大丈夫だ。
ついでだ、ちょっとスキルを試してみよう。
俺はアイテムバッグの中から、銅貨を三枚取り出した。
そして、その銅貨を指で弾いて飛ばす。
投げ銭――ようするにお金を投げて武器にするスキルだ。
弓矢がないときに便利かもしれないと思った。
「……え?」
投擲スキルで石を投げるときの数倍、それこそ弓矢で放つ矢のように真っすぐ飛んでいき――
「……げっ」
フロックボア三体の身体が肉片になった。
できるだけ傷つけずに倒そうと思ったのにエグイことになってしまった。
こりゃ、この三体の肉は食べられそうにないな。
【イチノジョウのレベルが上がった】
……ん?
どうやらハルたちの戦いも終わったようだ。
ボロボロの肉塊にしてしまった俺とは違い、彼女たちはしっかり綺麗な状態でフロックボアを倒していた。
【侍大将スキル:刀装備が刀装備Ⅱにスキルアップした】
【侍スキル:十文字斬りを取得した】
【錬金術師スキル:錬金初期化を取得した】
【錬金術師のレベルはこれ以上あがりません】
【称号:錬金術師の極みを取得した】
【職業:上級錬金術師が解放された】
【レシピを取得した】
おぉ、レベルが上がった。
鍛冶師のスキルは覚えなかったが、しかし、レシピは増えたようだ。
さらに錬金術師のレシピも。
「レシピオープン」
追加されたレシピを確認する。
……なんたる偶然。
希少な金属の鍛冶レシピ、錬金術師レシピが追加されていた。
その金属というのが、ヒヒイロカネ、そしてアダマンタイトだった。
あと、ミスリルも錬金術師を極めたとき、製錬することが可能になったが、ミスリルから武具を作るレシピは追加されていない。
やはり、ミスリルの加工は一筋縄ではいかないようだ。
ゲームとかしていたら、ミスリルよりもヒヒイロカネとかアダマンタイトのほうが貴重っぽいんだけどなぁ。
とりあえず、ミンチになったフロックボアは、一度浄化で綺麗にする。
「ハル、ちょっと待っててくれ」
俺はそう言うと、マイワールドへの扉を開き、デザートランナーを連れてきた。
そして、デザートランナーにミンチになった肉を食べさせた。
さすがの大食いのこいつでも三体分全部食べるのは無理だろうから、残った分はこいつの餌にさせてもらおう。
そして、唯一綺麗に首を落とせた一体とハルたちが倒した三体のフロックボアは、解体をせずにマイワールドに送った。
向こうでララエルたちが解体してくれるそうなので任せることにした。ララエルは狩人としてもレベルを上げているため、解体スキルを持っているそうだ。
任せてもいいだろう。
「――ご主人様、お見事でした。まさか銅貨一枚でフロックボアを倒されるとは。私も精進しないといけません」
「…………」
ハルがいつも通り俺のことを大袈裟に褒めてくれるが、しかしキャロの顔色が優れない。
理由はだいたいわかっている。
「悪い、キャロ。いくら攻撃のためとはいえ銅貨を使ったことを怒っているのか?」
行商人のキャロにとって、お金を武器として使うことなど褒められることではない――そう言いたいのだと思ったが。
「申し訳ありません。怒っていたわけではありません。矢を放っても同じ経費が必要になります。使った銅貨は回収すればまた使えるでしょうから、同じことです」
……使えるか?
あの衝撃だ、ひん曲がっていて使い物にならないと思うんだけど。
「じゃあ、どうしたんだ?」
「いえ、薬師のレベルが上がりました……レベル5になりました」
「おめでとうございます、キャロ」
「あぁ……そういうことか」
キャロの報告を聞き、ハルは素直に祝福する。
しかし、俺はキャロがなにを言おうとしているのか手に取るようにわかった。
……うん、辛いよな。
二時間以上もの時間、ちまちまと薬草をすり潰してようやくレベルがひとつあがったのに、ちょっとフロックボアを倒しただけでその三倍もレベルが上昇してるんだもんな。コツコツやるのが辛く思える。
「……まぁ、人生そういうものだよ。一カ月普通に働いて二千センス稼ぐ人もいたら、魔物を一頭倒すだけで一万センスの報酬を得られる人もいる。だからといって、普通に働く人間を愚かだって思わないだろ?」
「イチノ様の仰る通りですね……すみません。コツコツと作業をする必要がなかったのではと思ってしまって」
「うん、まぁ、俺もそう思ったことも多々あったけれど、その戦闘で怪我するリスクを僅かにでも減らせるだろ?」
かつて、俺も自分にそう言い聞かせて錬金術の作業をコツコツ頑張っていた。結果、魔力枯渇で倒れてしまったんだけど。
「そうです……ね。ありがとうございます」
キャロもまた、俺の言葉に自分を納得させた。
うん、無駄なものなんてこの世にない。
そう結論付けたところで、ハルが俺に申し訳なさそうに言った。
「ご主人様。第二職業の剣士のレベルが上限に達していたのに職業を変更していただくのを忘れていました」
……あぁ、そりゃ経験値を無駄にしたな。




