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触ってもいいか

「そういえば、キャロ。没食子(もっしょくし)って知ってるか?」

「はい。魔記者が使うインクの素材ですね。リリアナさんに買って行かれるのですか?」

「あぁ、ルリーナが魔記者用の札を作ればパーティ管理ができるようになるって言っていたから、リリアナにその札を作ってもらおうと――」

 いまさら、キャロが、なんでリリアナが薬師であることを知っているかなんて驚かない。

 ダークエルフと話す時間が一時間もあれば、彼女は全員の名前と職業、趣味や好きな食べ物くらい聞きだしていても不思議ではないからだ。

 ……もしかして、キャロが俺と一緒に行動していたら、とっくにミリの情報も掴んでいたんじゃないだろうか?

 そう悔やまれる。

「……ハル、どうしたんだ?」

 横を歩いていたハルが立ち止まり、脇道を凝視していた。

 なにかあるのかと見ても、誰もいない。

「いえ、何故か懐かしい匂いがしたもので」

「懐かしい香り? そういえば、ハルは南大陸の出身なんだよな?」

 魔王城があった場所は南大陸のここより東の国。キュピラスの丘と呼ばれる現在の大聖堂が建っている場所にあった。

「南大陸独特の空気みたいなものを感じたのかもしれないな」

「――そう……かもしれませんね」

 ハルは自分を納得させるように、最後には笑顔で頷いた。

 傍からみたら無表情に近いけれど俺にはちゃんとわかる。口角がミリ単位で上がっている。まぁ、尻尾のほうはあまり揺れていないので、納得できて嬉しかったわけではなく、俺に笑顔を向けようとしてくれたのだろう。

「こちらです!」

 キャロが案内した店を見て、俺は思わず眉を(しか)めた。

 だって、店頭には大きな網のようなものが吊るされていた。

 港町で干物を作るときに使われるものだけれども――中に入っているものが。

 黒くて乾燥していて、丸まっていて、これは紛れもなく――

「……なんでしょう? これ。もしかして――」

「ハル、それ以上言うなっ!」

「――なまこですか?」

「だから、言う……なまこ?」

 なまこって、海にいるあのなまこ?

 そう言えば、確かに乾燥させたなまこに見えなくもない。漢方薬の世界では滋養強壮薬の材料になるんだった。

 そうだよな、さすがに店の前に――

「それはマナグラスを食べ続けたスーギューの糞を乾燥させているのでしょうね。薬として使われますから」

「やっぱりかっ! ていうか、糞とか飲むのかよ。あと、マナグラスって毒だったよな」

 俺も以前、ミレミアと戦ったときに一度だけ食べたことがあるが、あれは相当ひどい味だった。

 そんなものだけを食べさせられるなんて、いかにスーギューとはいえ可哀そうだよな。

「スーギューはマナグラスが大好物です。あの草は人間にとって毒ですが、スーギューにとってはそうではありません。それどころか、マナグラスの魔力を回復する成分をスーギューは吸収することができないので、糞にその成分が溜まります。そのため、魔力の回復量はマナグラスをそのまま食べる時に比べて十倍、しかも糞にある有毒な成分は乾燥させることで無くなるので無毒になります」

「……十倍で無毒って言われてもなぁ」

 糞を食べるのはさすがにイヤだ。糞を食べるくらいなら、マナグラスを十倍食べて、自分に解毒魔法をかけたほうがまだマシだ。

「臭いはしないのですね」

「ハルさんでもわからないくらい、防臭処理をしているということですね。さすがにそのまま食べる人はあまりいませんが、薬用酒の素材として使われるそうです」

「いや、いいよ。キャロにマナポーション作ってもらうから」

「キャロはまだ薬師としてのレシピはありませんよ?」

「すぐに覚えるさ」

 俺はそう言うと、店の中に入った。

 店の中は少し薄暗い。

 最初にうんこを見せられたお陰か、中にある素材がまともに見えた。

 あれがなかったら、店の中に大量に吊るされていた黒イモリの丸焼きを見ただけでも気味悪がっただろう。

 マナグラスも束で置かれている。

「いらっしゃい。早く扉をしめておくれ、日光に弱い素材も多いからね」

「申し訳ございません」

 カウンターの向こうにいる婆さんに言われ、最後に入ったハルが扉を急ぎ、丁寧に閉めた。

「初めての客だね。職業証明書は持っているかい?」

「はい、こちらに」

 キャロが職業証明書を婆さんに渡す。

 婆さんは証明書をちらりと見ただけで、恐らく碌に確認もせずにキャロに返した。

「で、何を買いにきたんだい?」

「とりあえず、調合のための道具を一式見繕ってあげて欲しいんだけど。キャロ、お金は――」

「イチノ様、先ほどいただいたお金で十分です。交渉は私がしますので」

 キャロはそう言って、店主と話を始めた。

 まぁ、買い物はキャロに任せておけば大丈夫だろう。

 いくら俺の『思考トレース』が交渉に役立つと言っても、交渉技術全体でいえばキャロの足下にも及ばないからな。

 と俺は店を見てまわった。

「へぇ、金属もいろいろと売ってるんだな」

「水銀……? これも薬になるのですか?」

「大昔は不老不死の薬になるといわれていたけど、毒だから飲んだらダメだぞ」

「不老不死になるのですか?」

「俺のいた世界じゃ、そういう迷信があったってだけだ。不老不死の薬なら、ミリあたり作り方を知っているかもしれないけどな」

 できることなら、ハルにはいつまでも若くて美人な姿でいてほしいと一瞬思ってしまったが、しかし成長し、大人の魅力を持ったハルも見てみたいと思う。

 やっぱり人間、自然が一番だ。

「ハルは不老不死って興味あるのか?」

「いいえ、ございません」

「そっか」

「はい。不老不死になってしまったら、ご主人様が亡くなったあと私は絶望の中で永遠の時を過ごさなくてはいけなくなります。それは耐えられません」

 な、なんて可愛いんだ、ハルは。

 あぁ、もう、これ、プロポーズするしかないんじゃないか? いや、結婚するしかないだろ。

「……ハル」

 俺は思わずハルを抱き寄せ――そうになって堪えた。

 いや、ダメだ。先にキャロとの話を解決しないといけない。

 キャロとの問題……か。

「ハル、少し頼みがあるんだが、いいか?」

「はい、ご主人様の頼みならなんでも」

 うん、ハルならば絶対にそう言ってくれると思った。

 だから、俺は普通ならば絶対にこんな場所でお願いできないであろうことをお願いする。

「ちょっと、胸を触ってもいいか?」

「はい、構いませんよ」

 ……これも断られるとは思っていなかったが、なんでハルの奴、これまでで一番大きく尻尾を振ってるんだよ。

「あ……でも、最近少し胸が大きくなってしまって、ご主人様がお気に召すかどうか」

 ……なんでそんな大切な情報を申し訳なさそうに言うんだよ。

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