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成長チートでなんでもできるようになったが、無職だけは辞められないようです  作者: 時野洋輔@アニメ化企画進行中
傭兵王国編

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抱き枕談義

「……マイワールド」

 ハルワタートが恐る恐る魔法を唱える。

 すると、イチノジョウが開くときよりも小さな入り口がその場に現れた。

「キャロ……やはりこれは……」

「はい、ハルさんが思っている通り、ハルさんがイチノ様の眷属になったことで、イチノ様のスキルの一部が使えるようになったのではないでしょうか」

 使えるようになっているスキルは三つ。

 引きこもり、生活魔法、乾燥。

 乾燥というスキルをイチノジョウが使っていたところをハルワタートは見ていないが、しかしハルワタートはこのスキルを入手した覚えがないうえ、眷属スキルの一覧にあるため、最近イチノジョウが覚えたスキルだろうと結論付けた。

「では、キャロ。一度マイワールドに行ってみましょう。ご主人様に報告しないといけません」

「待ってください、ハルさん。この先に通じているのは、本当にイチノジョウ様のマイワールドでしょうか? マイワールドが新しい世界を創るスキルだというのなら、この先にあるのはハルさんが創るまったく別の世界なのでは――」

「それはないと思います。なんとなく、この向こうからご主人様の匂いがするような気がするのです」

「なんとなく」「ような」「気がする」という不安な要素がいっぱいあるのに、ハルは自信満々にマイワールドのなかに入った。

 キャロルも後を続く。

「やはり別の場所ではありませんか? マイワールドにこのような森はなかったはずです」

 キャロルが不安そうに言うが、ハルワタートは確信した。

「いえ、キャロ。ここは私たちが知っているマイワールドで間違いありません。イチノジョウ様の匂いがこの森のなかに残っています」

 ハルワタートの尻尾が揺れていたが、ピンと立った。

「そうですか、でもそれならなぜハルさんは警戒しているんですか?」

 彼女の尻尾が真っすぐ立っているのは警戒している証だ。

「……イチノジョウ様以外の者の匂いもしたからです。しかも複数」

「ピオニアさんやシーナさんじゃなくて?」

「ピオニアさんはほとんど匂いがしないんです。シーナさんは人とは違う匂いです」

 とその時、気配が近づいてきた。

 ハルワタートはキャロルを庇う姿勢で、炎の竜牙とショートソードを抜いた。

「キャロル、戦闘になったときはサポートをお願いします」

「わ、わかりました」

 キャロルが頷いた、その時だった。

 木の上から複数の人影が降りてきた。

「止まれ! 貴様ら、何者だ!」

 現れた者を見て、ハルワタートは警戒を強める。

 ダークエルフ――南大陸の大森林に住むと言われる排他的な種族だ。

 教会からは魔族と言われているが、ハルワタートがファミリス・ラリテイから聞いた話によると彼女たちは戦争中は魔族にも教会にもつかず、ひたすら中立であり続けた戦いを好まない種族のはずだ。

 そのダークエルフが、大勢なぜマイワールドにいるのか?

 しかも、数はひとりやふたりではない。

 目の前に現れたのは数人だが、気配を消して森の中に数十人潜んでいる。ひとりひとりが凄腕の達人。

 ハルワタートひとりなら戦えないことはないが、キャロルを守りながら戦えるだろうか?

 そう思った直後だった。

「待て――白狼族に半小人族ハーフミニヒュム……名前を伺ってもよろしいか?」

「……ハルワタート」

「キャロルです」

 私たちがそう名乗った、その直後だった。

 ダークエルフが動いた――思わぬ方向で。

 全員が武器を捨て、その場に跪いたのだ。

「失礼しました、イチノジョウ様の腹心であるハルワタート様とキャロル様と気付かずに」

 どうやら、彼女たちは敵ではない。

 ハルワタートはそう思い、剣を収めた。

「大変失礼ですが、身分証明書はお持ちでしょうか?」

「冒険者証明書でよろしいですか?」

「はい、ご確認します」

 ダークエルフのリーダーらしき女性に、ハルワタートは冒険者証明書を見せた

「確かに。申し遅れました、私はララエル。ダークエルフの族長を務めております。あ、こちらはお近づきの印にどうぞ」

「……ありがとうございます」

 ハルワタートが受け取ったのは、イチノジョウをデフォルメ化したクッションだった。

 彼女はクッションを抱くと、尻尾が何度も揺れた。

「気に入ったんですね、ハルさん」

「……はい、これはいいものです」

「さすが、ハルワタート様、よくおわかりで」

「特にこの肌ざわりがいいです。これはご主人様の服と同じ肌ざわりになるようにしているのですよね?」

「はい、よくおわかりで! 最初は絹で作ったのですが、よりイチノジョウ様に近付けるため、イチノジョウ様が普段から愛用なさっている綿生地で仕立て直しました。仲間からの評判もいいのです」

「なるほど……しかし、このクッションは困りものです。ご主人様の顔を枕にすることなど恐れ多くてできません」

「はい、皆、抱き枕として使っています」

「抱き枕ですか。それでしたら、私は仰向けになってお腹の上に乗せたいですね。ご主人様にお腹を撫でられているような気分で寝られそうです」

「なんと、それは素晴らしい。さすがはハルワタート様です」

 ハルワタートとララエルのクッション談義は延々と続く。

 本当はクッション談義なんてしている暇はないのに、とキャロルは思ったけれど、こんな楽しそうなハルワタートを見るのは久しぶりなため、キャロルはひとりで情報収集をすることにした。


   ※※※


 キャロルはハルワタートとララエルを捨て置き、ダークエルフたちが警戒を解くとともに情報の収集に動いた。

 その結果、彼女は短い間に、どうしてダークエルフがマイワールドに住むことになったのかという情報と、現在イチノジョウが抱えているゴーツロッキーでの問題などを正確に把握した。

「ハルさん、私はピオニアさんに会ってきます」

 ハルワタートがララエルと抱き枕談義に花を咲かせているので、キャロルは近くにいたリリアナというダークエルフに言伝を頼み、ひとりでピオニアに会いにいくことにした……のだが、

「敵性反応ありデス! 迎撃モードに移行するデス!」

 森を抜けると、いきなりシーナ三号が襲い掛かってきた。

 デッキブラシで。

「落ち着いてください、シーナ三号さん! キャロです! 何度も会ったじゃありませんか!」

「え? キャロデスか? ……デスか? 敵性反応を感じるデスが」

「また壊れたんですか?」

 シーナ三号が、両手の人差し指をそれぞれコメカミにあてて、うーんうーんと考えている。

 その仕草は人間そのものだ。

 頭から煙が出ていなかったら……の話だが。

「ところで、シーナ三号さん。ピオニアさんはどこですか?」

「ピオニア姉さんなら、いまは銀鉱山のなかだぜ!」

 そう言って現れたのは、また見知らぬ女性だった。

 勿論、その女性の情報は、すでにキャロルは持っていた。

「ニーテさん……ですよね?」

「そういうあなたはマスターキャロルだな! あぁ、あたしはニーテだ! よろしくな」

 ニーテはキャロルの手を握り、握手を交わして何度も手を振った。

「マスターなら、いまは留守だぞ? ただ、さっき一度来て、今日はゴーツロッキーの宿で泊まるって言っていたから、明日には帰ってくるはずだ」

「そうですか……」

 イチノジョウが帰ってくる。

 久しぶりにイチノジョウに会えるというのはキャロルにとって僥倖ともいえる話なのだが、しかし彼女の顔は晴れない。

「あの、ニーテさん。少し試したいスキルがあるのですけれど、よろしいでしょうか?」

「場所はどこがいい?」

「できれば、空気が密閉された空間であれば助かります」

 キャロルはそう言ったので、ニーテは考えるそぶりをし、

「温泉施設の隣にサウナ――蒸し風呂の施設があるから、そこでいいだろ」

 ニーテに案内され、キャロルはその狭い部屋の中に入った。

 蒸し風呂施設という話だが、いまは使われていないのだろう。

 熱気も湿気も皆無といっていい。

「それで、マスターキャロル……あぁ、まどろっこしいからあたしもキャロって呼んでいいか?」

「ええ、構いません」

「で、キャロ。なにをするんだ?」

「それは……」

 ニーテなら話してもいいだろうと、キャロルは自分が持っているスキルについて説明した。


 彼女もまた、ハルワタート同様、眷属スキルを三つ手に入れたのだ。

 そのうちのひとつが、キャロルにとって最も思い出深いスキル。彼女にとって幸せの第一歩となったもの。職業変更だった。


「職業変更ね。それであたしの職業を変えるのか? あたしの職業はマスターでも変更できないぞ?」

「いえ、そうではありません。そもそも、職業変更は自分とパーティメンバーの職業しか変更できませんから」


 キャロルはそう言い、自分の第一職業を行商人から変更した。


 ……かつて、ダキャットで誘惑士としてレベルを上げた時に取得した、イチノジョウにも話すことができなかった職業に。

「成長チートでなんでもできるようになったが、無職だけは辞められないようです」第九巻の発売日が6月22日に決まりました。

勿論、書籍版オリジナル展開、魔族との戦い盛沢山です。

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