真っ赤な尻尾
専属料理人へのお誘いを断ったことが原因で、ミネルヴァ様が死にたいと言い出す……なんてことはない。
とても美味しそうにパンケーキを召し上がっている。
これだけ見ていると、女神様というよりは美人なお姉さんだ。いや、普段の死にたがりが女神様らしい姿というわけではないんだけど。
と、余計なことを考えて心を読まれるのはマズイか。
心を無にしないとな。悟りの境地をいまこそ開くのだ……って、そんなのできるわけないか。
このまま余計なことを考えていても自らの首を絞めるだけになりそうなので、俺から声をかけることにした。
「ミネルヴァ様、今日はパンケーキを食べにいらっしゃったんですか? ならば追加で焼きますけれど」
「ううん、そうじゃないの。今日はスケ君にこれを渡そうと思ってきたの」
ミネルヴァ様は自分の胸の谷間から、綺麗な宝石を取り出して俺に手渡した。まだほんのりと温かい。
って、ダメだ。余計なことを考えるな。
「あ、これは一体? 宝石鑑定でもわからないから、宝石……じゃないんですよね」
「それは技能書よ」
「技能書?」
そういえば前にミリからもらって使ったことがある。確か、石頭ってスキルを手に入れたんだった。
「うん、かぐやちゃんが渡したそれと一緒ね。スケくん、使って使って」
「わ、わかりました」
拒否権はないんだろうな。
またかぐやと呼ばれていることを知れば、ミリが怒るんだろうな――とか余計なことを考えながら、俺はその技能書を使った。
【技能書スキル:眷属化を取得した】
――っ!?
これって、確か俺が無職に戻ることを条件にもらえるスキルじゃないか。
「報酬の前渡しよ。大切に使ってね。ちゃんと無職に戻ってね」
「ありがとうございます。わかりました、ちゃんと無職に戻ります」
ちゃんと無職に戻るという言葉の違和感がヤバイことになっているけれど、そこは諦める。
報酬を貰っておいて、いまさら「やっぱ辞めた」ってのは無職にも劣る。
それは社会人としての責任というものだ。
ところで、この眷属化って、どんなスキルなんだろ?
スキル説明を見る。
……………………………………………………
スキル説明:眷属化【技能書スキル】
条件を満たした対象を眷属にすることができる。
眷属にするには相手の承認が必要。
……………………………………………………
……全然わからん。
「ミネルヴァ様、この眷属化スキルってどうやって――」
とふとミネルヴァ様がいた場所を見ると、彼女の姿がなくなっていた。
「……ピオニア、ニーテ、ミネルヴァ様は?」
「パンケーキを持って帰りました」
「パンケーキを持って帰ったぜ」
……ちゃんと説明くらいしてから帰ってほしかった。
社会人としての責任を持ってくれ――って、女神様は社会人とは言えないのか。
はぁ、本当にこのスキル、どうやって使えばいいんだよ。
※キャロル視点※
ベラスラの町。
アランデル王国の南部に位置する娯楽都市であり、イチノジョウがこの世界に来て二番目に訪れた町。
そして、彼がキャロルと出会った町でもある。
その町に、ハルワタートとキャロルのふたりが訪れた。
マリナとカノン、ノルンは別行動をとっているのでここにはいない。
「こんにちは、衛兵さん」
町の門の入り口で見張りをしていた衛兵に、キャロルは笑顔で声をかけた。
彼は、キャロルがイチノジョウと出会う前、狩りの道具として使われていた頃から何度も顔を合わせていた衛兵で、いつもキャロルのことを気に掛けてくれていた人物だ。
「キャロルさん。久しぶり。君は確か、前にキャロルさんを助けてくれた人だな」
「お久しぶりです」
キャロルと違い、ハルワタートは衛兵の顔をはっきりと覚えていたわけではない。
ただ、キャロルをこの町に届けた時、感謝した門番がいたということは覚えていたので、きっと彼なのだろうと思って頭を下げた。
衛兵はキャロルの顔を見て、僅かに口角を上げた。決して微笑むという表情には程遠いが、それでもキャロルが元気でいて嬉しく思っているようだ。
ハルワタートは、入町税(キャロルが行商人なので半額になった)を支払い、町のなかに入った。
「まずはクインス様のところにいきましょう。あとは人が集まる賭場で情報収集もしないといけませんね」
「賭場ですか」
「……ハルさんはギャンブルがお好きなんですか?」
「どうしてですか?」
「尻尾が少し揺れたので」
ハルワタートの表情はまさにポーカーフェイス。凄腕のギャンブラー並みに感情が出ない。
しかし、それとは正反対に尻尾は感情豊かであり、カードゲームだったらまずハルワタートに勝ち目はないほどに。
尻尾が揺れたということは、賭場に行きたくてうずうずしているということになる。
「はい、ゴルサさんとまた勝負がしたいですね」
「え? ゴルサ様とですか?」
ゴルサとはこの町の賭場の店長の名前だ。元々は凄腕のギャンブラーとしてこの町で名を馳せていた。
「はい。あの方のルーレットの妙技を、いまの私に見破れるか確認したいのです。あと、いかさまなしなら一点賭けで勝てるかどうかというのも気になります」
「……ギャンブルでなく腕試しとして行きたいんですね。時間があったらアポをとってみましょう。あの人も情報通ですから」
キャロルは町を歩きながらそう言った。
クインスの奴隷商館に行く前、町に入ってすぐの広場にあるトレールールの女神像の前で一礼をし、ふたりそろって十センスを賽銭箱に入れた。イチノジョウからお小遣いは十分に貰っている。
祈りを捧げるハルワタートは、ふと思った疑問を口にした。
「キャロ。お賽銭を投げるよりも、直接トレールール様にお金を渡した方が意味があるのではありませんか?」
普通に考えたらありえない台詞だけれども、トレールールは暇をみてはイチノジョウのマイワールドにやってくる。
お金を渡すことができないわけはない。
「トレールール様がお金を必要とするとは思えません。このお金は教会や女神像の維持管理費に使われるから意味はあると思います。トレールール様にはイチノ様がきっとワイン等のお酒を奉納なさっていますから、キャロたちはこうしてお賽銭を入れてお祈りしましょう」
キャロルの言葉に従い、ハルワタートは祈りを捧げた。
そして顔を上げて周囲を見る。
ハルワタートたちの他にも多くの人が祈りを捧げていた。
信仰の厚さが見てわかる。
「……そういえば、キャロ。トレールール様はどうして怠惰の女神と呼ばれるようになったのでしょうか?」
過去、イチノジョウにトレールールについて説明したこともあるハルワタートであったが、彼女自身はセトランスの信者でありトレールールに関しては浅い知識しかない。
「トレールール様が迷い人の方にそう名乗ったというのがそういう理由だったという話です。聖典によると元は夜の女神様として信仰を集めていたようです」
「夜の女神様なのですか?」
「はい。そして、夜は寝るものですから、睡眠の女神ともいわれるようになり、本人の性格と発言から怠惰の女神と言われるようになった――という説もあります」
「睡眠の女神ですか。それはもう一度お祈りを捧げないといけませんね」
「ハルさんは睡眠に悩みがあるのですか?」
意外そうな表情でキャロルは尋ねた。
「いえ、睡眠中、夢のなかでもご主人様と一緒にいられるように祈っておこうと思いまして」
「……そういうことを臆面もなく語れるハルさんは凄いと思いますが……キャロももう一度、お祈りしておきます」
キャロルはハルワタートの純真さに少し慄きながらもトレールールの女神像に手を合わせた。
祈りを終えたあと、通りを進むハルワタートは思い出したように言った。
「そういえば、夢といえば過去にサキュバスという種族がいたそうですね」
かつてファミリス・ラリテイから聞いたことがある。
サキュバス。夢魔とも呼ばれた種族だ。見た目は悪魔族に近い。
男性から精気を奪い、それを己の糧として生きると言われている。
「あの方から伺ったのですか?」
キャロが尋ねた。あの方というのは、魔王ファミリス・ラリテイのことである。さすがに人前で魔王とつながりがあることを知られるわけにはいかないという配慮だ。
ちなみに、その魔王ファミリス・ラリテイは現在、楠ミリという名前で、イチノジョウの妹として転生を果たしている。そのあたりの詳しい話はハルワタートたちも、そしてイチノジョウも聞いていない。
「ええ。子供の頃に伺ったっきりなので詳しくはないのですが、サキュバスという種族は、他の人の夢のなかに入ることができるという話を聞いたことがあります。その能力があれば好きな夢を見ることができそうですね」
「夢渡りという能力ですね。エッチな夢を見せて、そこから出る精気を吸い取るそうですから、確かに好きな夢を見せることはできそうです」
キャロルの説明を聞き、ハルワタートが十日に一度は見る夢の内容を思い出した。
フロアランスでのイチノジョウとの初めての日の夢だ。
「キャロ、私はサキュバスに憑りつかれているのかもしれません」
「――っ!? ハルさん、表情はいつも通りですが、尻尾が真っ赤ですよっ!」
キャロルはスカートから見えるハルワタートの尻尾の初めての変化に、病気ではないかと疑ったのだった。




