パンケーキ
俺の宝石職人試験合格祝いは終わりを告げた。
亀雑炊も本当に美味しかった。
「そうだ、俺からも礼に何か作るか」
そう言うと、俺はみんなに少し待つように言って、ログハウスで食材の準備をした。
小麦粉、砂糖、牛乳とバター、卵を用意し、調理を開始する。
「マスター、メレンゲ作り手伝うデス」
「そうか、任せた」
シーナ三号が卵白からメレンゲを作ってくれる。
それを聞いて、腕を泡立て器に変形するくらいのカオスな調理方法くらいは許容したのだが、シーナ三号の奴、あろうことか卵白を全て口の中に入れ、高速で首振り運動を始めた。
「なにやってんだ、お前は」
「んぇんんん」
口を閉じているので、何を言っているのかまったくわからないが、シーナ三号が口から吐き出したのは、見事なメレンゲだった。
口の中で泡立てたのか……いや、まぁこいつの口も機械だし、毎日自分で洗っているから綺麗なんだろうけれど。
……誰にも見られてないよな?
なら、一応浄化して使わせてもらうか。
そして、残りの食材を適量混ぜ合わせる。
あとは、発電機とホットプレートをみんなの前に持って行った。
「イチノジョウ様、それはなんでしょうか?」
「これは、鉄板を熱する道具だよ――オイルクリエイト」
オイルクリエイトで、ホットプレートに油を敷き、作った生地を流す。
「これは、パンですか?」
「似てるが違う。パンケーキだ」
ララエルの質問に答え、俺は、彼女たちにパンケーキを振舞った。
「っ! 美味しいです! とても美味しいです、イチノジョウ様」
ピオニア、ニーテに続いて食べたララエルがそう感動の声を出した。
「おうっ、そうか。全部マイワールドで作れる素材でできてるから、今度作り方を教えるよ。作り方は簡単だからな」
ベーキングパウダーを使わなかったのは、俺がマイワールドで採れるものからベーキングパウダーを作る方法がわからなかったからだ。
ミリが日本から持ち込んだ料理本を熟読すれば答えがあるかもしれないけれど。
「こんなおいしいものが簡単に作れるのですか?」
あぁ、簡単だ……と思ったら、
ただ、人数分作ろうと思えば卵が大量にいるので、いまいる鶏だけなら数が足りないだろうな。
スーギューの乳からバターを作るのも苦労しそうだ。
「悪い、素材を揃えるのが大変かもしれない」
「いえ、この世界の素材で作れるのならば大変なことはありません。いつか、我々が作ったパンケーキをイチノジョウ様に食べていただきたいです」
「ありがとうな」
俺は礼をいい、その後も大量にパンケーキを作っては彼女たちに振舞った。
ダークエルフだろうと、人間族だろうと、女の子がパンケーキが好きなのは一緒なんだよな。
ちなみに、ついさっきアウトドアシェフから宝石職人に職業を変えたことを思い出したのは、パンケーキを人数分焼き終えてからのことだった。
こうして、俺の合格祝いという名の亀鍋パーティは終わった。パンケーキがいくつか余ったけれど、数はそれほどないので、喧嘩にならないようにピオニアに渡すことにする。
食に興味のある彼女なら、きっとこっそりひとりで処理してくれるだろう。
食器洗いも俺が立候補した。ダークエルフたちは、自分たちがするのでと言ってくれたが、浄化の魔法を使えば一瞬で終わるので、俺がすることにした。片付けとして、ニーテを補助につける。なし崩し的に取りやめられた、抱き枕事件の罰が残っているからだ。
ちなみに、衣装は、彼女が生まれて最初に着たメイド服を着用している。
彼女は普段着にもメイド服を着用しているが、これまでで一番正しい服の使われ方ではないだろうか?
洗い物もそろそろ終わりというところで、生ごみを畑に埋めに行っていたピオニアが来た。
「マスター、作業終了しました」
「お疲れ様。浄化」
一見、汚れてはいないけれど、一応全身を浄化で包みこんでやる
ピオニアは無表情のまま、俺に頭を下げる。
同じ無表情でも、ハルは嬉しいときは尻尾を振るんだけど、ピオニアはどう思っているのか本当にわからない。
「ニーテをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「ん? 他に仕事があるのか?」
「肯定します。接客の仕事がございます」
「接客? 誰の相手をするんだ?」
「女神ミネルヴァ様が訪星なさっていますので」
「ミネルヴァ様だってっ!?」
俺は洗い物をその場に放置し、俺とニーテの体にさっと浄化をかけてミネルヴァ様のところへと向かった。
黒く長い髪の美女が、洗面器に何かを注いでいる。
「わぁぁぁっ! ミネルヴァ様、ストップストップっ! なになさってるんですか?」
「……洗剤を二種類混ぜたら毒ガスが発生するって知ってる? これで楽に死ねるかしら」
ミネルヴァ様、俺のアイテムバッグから洗剤を勝手に取り出したのか、二種類の洗剤を洗面器の中に入れていた。
しかし……
「あの、同じタイプの洗剤を混ぜても毒ガスは発生しないと思いますよ」
俺も詳しくは知らないが、確か毒ガスが発生するには、塩素系の漂白洗剤を混ぜる必要があったはずだ。
それに、そもそも、仮に毒ガスが発生しても、室外だとあまり危険はない。
俺の心を読んだのか(女神様は本当に読心術ができる)、ミネルヴァ様はすんなり作業をやめた。
「間違えちゃったわ」
いや、間違えてるわけないでしょ。
だって、あんた、薬学の女神じゃないですか。
「あら? 薬学の女神だって失敗くらいするわよ」
……やっぱり心を読まれてた。心を読むのはやめてほしいです。
「プロ野球だって、ホームランを全く打たない四番バッターもいるでしょ? それと同じよ」
その例えもやめてください。心当たりのある野球選手が多すぎます。
「ミネルヴァ様、あちらに紅茶と菓子をご用意しております。どうぞ――」
ピオニアはそう言って、いつの間にか用意されていたログハウス横のテラス席――本当にいつ用意したんだっ!? 今朝までなかったはずだっ!――へとミネルヴァ様を案内した。
紅茶と一緒に用意されていたのはパンケーキだった。
「美味しいわ……私は料理は自分で作らないから、こうして作ってもらうしかないのよね」
作れないじゃなくて作らないのがミネルヴァ様らしいと思った。
ニーテが黙々と紅茶を注ぐ。
さっき、これまでで一番メイド服の似合う仕事をしていると思ったばかりだが、数分のうちに記録を更新してきた。
「このパンケーキは、ピオニアちゃんが作ったの?」
「否定します。このパンケーキはマスターが作りました」
「あら? そうなの、スケくん」
「スケくんっ!? え? あぁ、そうです」
スケくんって呼ばれたのは初めてだな。
水戸のご隠居の付き人みたいな呼ばれ方だ。
「カレーといい、パンケーキといい、スケくんは料理が好きなのね。私専属の料理人にならない?」
「丁重にお断りいたします」
料理失敗するたびに自殺されそうになったら困る――と俺は本来なら栄誉あるのであろうその誘いを断ったのだった。
平成最後です。これまで長い間ありがとうございました。
令和になってもよろしくお願いします。




